第7話 聖女との出会い

 「評判が悪い? 俺が?」




 ベルトは心当たりがなかった。


 現在、ベルトは冒険者でも暗殺者でもない。


 実家の近くに冒険者向けの薬局を開いていた。




 ≪毒製作≫ ≪毒研究≫




 暗殺者として身に着けた技術と薬物の知識を使い、薬を作り販売している。




 「対毒や万能薬は、冒険者たちに評判は良い筈だが?」


 「それはお客さんの評判でしょ」


 「?」


 「貴方、ダンジョン初心者の冒険者相手に万能薬や薬草をただ同然で配ってるそうね」


 「あぁ、初心者は状態異常を軽視する傾向があるからな。対策を怠るのは……」


 「私は、そういう冒険者あるある! とか冒険者ノウハウ! を聞いてるわけじゃないのよ」


 「じゃ、なんだ? 常連も増えてきているし、良い事だと思うが」




 「はぁ」とマリアはため息を1つ。




 「いい? 商売は横の繋がりも重要なのよ? 私が言ってるのは同業者からの評判よ」




 「あぁ、そう言う事か」とベルトは納得した。




 「とりあえず、世間体を気にして自分でも出来る仕事を考えたからな。利益を度外視した赤字経営は、同業者から恨まれて仕方ないってことか……」


 「貴方、私がオーナーなの忘れてない? 意図的な赤字経営とかあり得ないのですけど!」


 「しまった! ついうっかり本音を」


 「貴方ね! ……まぁ良いわ。商人ギルドに手を回して、ある程度はすでに押さえつけているから」




 「そうか、すまないな。迷惑をかけた」とベルトは素直に頭を下げた。




 「……全くよ。ただ、商人ギルトって言っても商人全員が登録しているわけじゃないのよね。流れて来た商人に、はぐれ商人。裏世界の商人。そこら辺は、流石にコネクションがないのよ」


 「ふ~ん、商人貴族も商業の世界で万能ってわけじゃないんだな」




 そんな話をした数時間後。ベルトは冒険者に絡まれていた。


 店と開く前の時間帯。早朝の僅かな時間で森や山を駆け回り、薬作りに使うための素材を取るのがベルトの日課だ。


 背負った篭はいつも通りの満タン。


 村に戻ったベルトの前方には、3人の冒険者。


 ベルトが作った薬の評判を聞いて、尋ねてくる冒険者は多い。


 だが、目前の3人は明らかに不自然。 


 視線は、こちらを向かず仲間たちに。大きな声で笑い合っている。


 だが、体は獲物を捕らえているかのように、ベルトへ真っ直ぐ向いている。




 (演技はしているが、自分たち意思を体から消しきれていない。三流冒険者……良くてCランクか?)




 ベルトの言うとおり、彼らは商人たちの1人が雇った冒険者だ。


 冒険者ギルトを通さない闇依頼。 内容は「生意気な薬屋に怪我を負わせてやれ」といったもの。 




 「おっと、体が滑った!」




 予想通り、冒険者の1人がベルトを狙ってぶつかってくる。


 しかし――――




 「なっ! 消えた?」


 「そんな馬鹿な、確かにアイツは……」


 「兄貴! あそこ!」




 ベルトは、既に冒険者たちから10メートル以上は離れた場所にいた。




 「野郎! 待ちやがれ!」と冒険者たちは駆け出し、ベルトに追いつくと「逃がさねぇ!」と言わんばかりに囲む。




 「てめぇ、ふざけた真似をしやがって……」




 興奮している冒険者たち、しかしベルトは――――




「ん? なんのことだい?」ととぼけて見せた。


 確かに、ベルトは道を歩いていただけだ。 何かしたわけではない。


 第三者が見れば、冒険者たちが急に怒り出して、通行人にいちゃもんをつけているようにしか見えない。


 完全な言いがかりだ。 だが、彼らは端はなから言いがかりをつけて喧嘩を――――正確には怪我を負わせるのが目的なのだ。




 「もう構わねぇ! お前等、やっちまえ!」




 1人がそう叫ぶと残りの2人も呼応して攻撃を開始して――――




 「ま、待ってください!」




 静止する声が飛んだ。




 「3人がかりで通行人に手を出すなんて……冒険者の倫理に反す事です」




 そういったのは少女だった。おそらくは、初心者冒険者。


 もちろん、彼女の気配をベルトは感知していた。


 止めるかどうか悩んでいる様子だったが、勇気を振り絞って静止する事にしたらしい。


 その行為にベルトは好意を持った。


 自分より強い者を相手にしても正義を問う。


 それはベルトが知る、世界で最も勇気がある人と重なっていたからだ。




 「あん、下級冒険者が俺たちに口出しか! まずはてめぇから……」




 それだけ言うと、三流冒険者たちは動きを止めた。


 よく見ると痙攣している。




 ≪毒付加ポイズンエンチャント




 ベルトの攻撃は既に終了していた。


 僅かに指先に付着している水滴に気づく者はいないだろう。


 毒を付加させた水分をデコピンのように指で弾き、冒険者たちの口内へ放り込んでいたのだ。




 「よくわからないが……今のうちに逃げよう」とベルトは初心者冒険者の手を取り駆け出した。

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