3月

2020年3月02日 「目があった」


数日前に別れた彼女と目があったのは仕事帰りの電車の中だった。通過する駅がたしか彼女の最寄りだったと顔をあげたとき、彼女と目があった。赤色を引きながら彼女は視界の外へと消えた。電車が急ブレーキをかけた。




2020年3月08日 「血塗れの少女」


手も服も大量の血で真っ赤に染まっていた。誰が呼んだのか、曲がり角の向こうから救急車がやってくる。タイミングを見計らい飛び出す。衝撃。血塗れの包丁が落ち、跳ねる。甲高いブレーキ音。彼の元へは行かせない。




2020年3月16日 「足」


「もしもし、今度の旅行の件だけどさ。ごめん、事故っちゃって足無くなっちゃったから行けないや。そう、対向車とぶつかってさ、車ぺったんこ。即廃車だったよ。電車?いや、無理だと思う。足無くなったんだって、俺の足」




2020年3月23日 「生ごみの臭い」


玄関を出たところで生ゴミの腐ったような臭いが鼻を突いた。隣の家からだ。いやね、お爺さんったら燃えるゴミを出し忘れたのかしら。そういえばここ数日見てないけど旅行かしら。あら、随分と新聞が溜まってるわね。




2020年3月31日 「愛」


「愛してる」毎夜囁かれるその言葉が、まるで蜘蛛の巣のように絡みつく。私は逃げる術を持たず、ただ貪られるばかり。優しく頭を撫でる手に、薄闇の中で叶わぬ夢を見る。あぁ、私は他の愛が欲しかったよ、お父さん。

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