転生したらタピオカだった件
おぎおぎそ
第1話 死因:うんこ
ふがいない人生だ。
金無し、職無し、学歴無し。家賃七千円の田舎のオンボロアパートで、特売で買い込んだカップ麺をすするだけの日々。親からの仕送りも途絶え、貯金も底をつきそうになっていた。
こうなってしまっては仕方ない。
俺は明日からの食い扶持を手に入れるために、意を決してハローワークに向かうことにした。
玄関から一歩足を踏み出せば、真夏でもないのに、刺すような日差しが痛い世界が広がっていた。蛍光灯の光しか知らない引きこもりには、空の青さは眩しすぎる。
そんなことを思いながら頭上を見上げていた、そのときのことだ。
突然、意識が途切れた。
「じゃからの、お主が死んだのは手違いなのじゃよ」
目の前にいる神らしき人物は、こう繰り返した。
「いや、手違いで人殺さんでくださいよ……」
思わずため息をつく。
ハローワークへの道すがら、俺は頭上から降ってきたカラスの糞に当たって死んだ……らしい。一瞬でブレーカーを落とされたような感覚だったから、自分では何が原因でこうなったのか分からなかったのだが、このジジイの供述によると、どうやら俺の死因は野鳥の排泄物のようだった。いや、どういう手違いだよ。
「ちょっとした、ミスというか、なんというか……
「遊んでいた?」
この神は遊びで人を殺したんか? ……あと親友みたいなノリで他の神を引き合いに出すな。
「あぁ、まあその、な? あるじゃろ? ちょっといたずらしたい時。そういう気分だったのじゃよ、今日は」
「ねぇけどな? そんな気分の時ねぇけどな? まあいい。百歩譲って心がいたずら一色に染まっているときがあるとしよう。それで? あんた一体何をしたんだ?」
ジジイがしょんぼりしているので仕方なく話をきいてやることにする。
「カラスの糞のな」
「ああ」
「糞の……噴出速度を、な」
「……ああ」
「マッハ5にしてみた」
「…………頭沸いてんのか?」
「いやだって! 面白いじゃろ! 超音速う〇こ‼」
「面白くねぇよ‼ 今どき小学生だって喜ばんわそんなもん‼」
馬鹿じゃねえのか、こいつ。なんだよウルトラマンばりのスピードで降りかかって来るう〇こって。んなもん直撃したら死んで当然だわ。
「あ、ちなみに製造元のカラスも、作用反作用の関係で音速を超えていたぞ? くくっ、面白いのぉ」
「面白くないし要らんわそんな残酷追加情報」
俺の不運も大概だが、そのカラスも可哀想なこった。超音速で飛ばされたら空気との摩擦でまず間違いなく火だるまだろう。わぁ~火の鳥ってこんなところにいたんだね~ってか。やかましいわ。
というか俺はこんな奴のくだらん遊びのために死んだのか? 呆れを通り越して馬鹿馬鹿しくなってきたぞ……。
「まあこう見えても、ワシだって一応反省はしておるのじゃぞ……?」
しおしおとしょぼくれながら、自称神は真っ白なあごひげをいじっている。
「反省?」
「うむ。マッハ5じゃ物足りなかったなーって……」
「何か言ったか?」
「いえなんでもないですすいません調子にのりました苦しいです苦しいです首絞めはやめてワシそういう性癖持ってないから……」
ふざけたことをぬかしたジジイに、つい手が出てしまった。顔がゆでだこみたいになってきたので、仕方なく解放してやる。
「ケホッ! ケホッ! カァ――――――ッ‼ ペッ‼ ったく何するんじゃ。ちゃんと謝っておるのに」
「ちゃんと謝れてねぇからだよ! 謝罪童貞か? お前」
あとついでみたいに痰吐いてんじゃねぇよ。汚ぇな。
「とにかく! お主が死んでしまったのは紛れもなくこちら側のミスじゃ。それに関しては本当に申し訳なく思っておるし、補償もちゃんとする! それでかまわんじゃろ⁉」
「お前本当に謝んの下手くそだな。誠意のせの字も感じられないんだけど」
なんなら「s」の音すら聞こえないレベル。
「まあいいや。どうせ何言っても元には戻れないわけだし。それより、補償ってなんだよ」
「うむ。お主をもう一度全く別の存在として生き返らせてやろう。いわゆる『転生』という奴じゃな。今流行の」
「お、おぉ……!」
何やらワクワクするフレーズが聞こえてきたぞ。
「お主の望むもの、何にでも転生させてやるぞ! しかも前世の記憶つきじゃ! どうじゃ? 悪い話ではないじゃろう?」
神がニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。
確かに、前世のあのふがいなさを思えば、ここで新たに生まれ変わり人生をやり直すというのは魅力的な選択肢だ。理不尽に奪われた命と照らし合わせて考えてみても、もし本当に自分の望むものに転生できるというのなら、トータルで見ればおつりが来るくらいだろう。
「……本当にちゃんと転生させてくれるんだろうな?」
「ああ、勿論じゃ。ワシを誰だと思っておる? 神じゃぞ、神」
「今までの言動が神じゃなくてゴミのそれだったからな。一応確認したまでだ」
まあ、こんなことを言ってはみたが、実際、腹の内はもう決まっていた。
オトコノコだったらこんなに胸が高鳴る話、ほっとくわけないだろ?
「乗った。あんたの提案通り転生させてもらうことにするよ。それで今回の件はチャラってことで」
「おお! お主話が分かる奴じゃの! ワシ一度やってみたかったんじゃよ、転生ってやつ! いや~初めてじゃからドキドキするの~!」
おい待て。ちょっと待て。お前転生も童貞かよ。前言撤回。先ほどまでの胸の高鳴りが徐々に不安感による動悸に変わっていくのを如実に感じる。
「そんで? 何にする? 何にする? 勇者、魔王、天使、賢者、楽天、騎士、仙人、錬金術師‼ なんでもござれ! さあさあ早く選べ選べ‼」
大のジジイがそんなキラキラした目をするなよ……。ドン引きだよ……。あと楽天ってなんだよ……。ちょっと気になるじゃん。
急かすように距離を詰めてくる白鬚爺をのけ反りながら躱しつつ、俺は一つ大きなため息をついた。ええいままよ。こうなりゃ乗り掛かった舟だ。甲板でじたばたしてても沈没のリスクを高めるだけだからな。
俺は覚悟を決め、口を開いた。
「俺を、『女子高生にチヤホヤされる存在』にしてくれ‼」
俺の長年の夢。ついに叶う時が来た。それがまさか死後になろうとは思わなかったが、結果オーライだ。灰色の青春だった生前の記憶を、虹のパレットで塗り替えるチャンスがようやく巡ってきたのだから。
「ふむ……JKにチヤホヤされたいんじゃな……。りょーかーい」
神は少しの間、何かを考えるように唸った後、非常に軽いノリで頷き、指を一度パチンと鳴らした。
刹那、俺のブレーカーは再び落とされた。
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