第二部 第一章 世界を巡る

序幕 出発の時



 夜が明けて少し。

 まだ薄暗い空の彼方に太陽が顔を見せている。


 一真は静かな街を歩いた。

 待ち合わせは朝、鐘の音が聞こえるくらいの時間だ。

 体感的にはもう少し余裕があるだろうと、一真は焦らず道を行く。

 薄明ではあるが街を歩くのには支障は無い。

 道も城から出てメインストリートを真っ直ぐ。

 街の大門を出て直ぐの所だ。

 迷うはずもない。


 訓練中は城の兵士達と何度も行き来した道を、一真は一人歩いた。


 ゼクセリアの街は木造が多い。

 街をぐるりと囲む城壁も、木と石で作られていると言う。

 街並みを見ながら、一真はゼクセリアでの暮らしを思い返した。

 たまに利用していた商店や、飲食店を通り過ぎる。

 ここでの暮らしは然程長い期間ではない。

 なのに、懐かしさと馴染みを一真は感じている。


 このままゼクセリアで暮らすのもいい。

 だが、将来必ず、石化病のような呪いが発生する。

 一真はこれから、呪いを防ぎに行くのだ。


 城門は開いている。

 街側に観音扉、外側が落とし格子の門扉、どちらもだ。

 この世界に人同士の戦争はない。

 城壁も城門も、魔物に備えてのことだと、一真は聞いていた。


 一真は門の手前で立ち止まり、見張りの兵に挨拶をする。

 顔見知りの兵士だ。

 兵は夜番だったからか、疲れが顔に出ていた。


 一真は礼をして城門を通り抜ける。


 巨大なトカゲが、いた。


「なぁっ!」


 馬よりも象よりも、尚巨大なトカゲだ。

 6本の太い足をずんぐりとした体躯の横から出し、乾いた鱗は青緑。

 一真の顔より大きな眠そうな目は、時折瞬膜が瞬きする。

 飼い慣らされているのか、大きな体のあちこちには太い縄が括り付けられている。

 縄をたどれば蜥蜴の後ろには車輪の付いた箱がある。

 いや、箱には扉のような物や窓のようなもの、そして屋根があった。

 車輪付きの、家だ。


「これは……?」


 一真は立ち尽くし、蜥蜴を指差しながら呟いた。


「早かったな。とはいえお前で最後だ英雄殿」


 一真はセレンの声を聞くと、周囲を見回す。

 セレンは車輪付きの家から一真の方に歩いているところだった。


 一真は蜥蜴を指差してセレンに聞く。


「セレン、これは、何?」

「キャリウス。低級なドラゴンの一種とも聞くが、とても見えないよな」


 ドラゴン。

 強靱なウロコと巨大な体躯を持ち、翼で空を飛び、口からは炎を吐く。

 ファンタジー生物のまさに王様だ。


 が、一真はそのドラゴンと目の前のトカゲがイコールで結ぶことが出来ない。

 あまりにもイメージと違うのだ。


「大人しく飼いやすく、餌も体躯にしては少ない。

 見ての通りデカいから積載量も多いし、速度も悪くない。

 人が歩くよりずっと速く歩くんだ。輓獣として優秀だぞ」


 よくよく見れば、背中にも何か箱が乗っている。

 実に力持ちだなと一真は驚愕に埋め尽くされた脳の片隅で思った。


 一真はしげしげと眺める。

 キャリウスにどことなく愛嬌を感じ始めたのだ。


「これから、世話になる」

「ところでソーラとはどうなった」


 キャリウスに声を欠けた一真へ、セレンが藪から棒に言った。


「ハァッ!?」


 跳ねる様に一真はセレンの方を見る。


「なぜそれを」


 涼しい顔をするセレンに、一真は震える声で聞いた。


「あのへそまがりな妹が、寝過ごしてお前を放置するはずがないだろう?」


 セレンはなんてこと無いかのように返す。

 表情の変化は一真には分からない。

 分かるのはただの世間話をしてるかのような、平静さを保っていることだけだ。


「なぜ、そんなことを聞くのですか」

「気になるからだ」


 セレンから平静さが消えた。

 一真がそれに気付くと、セレンが顔を逸らした。


「元はと言えば、ソーラがいろいろと拗らせた原因は私にある」


 一真はセレンの表情をうかがえない。

 どういう意図か、分からず一真は聞き返す。


「どういう、ことですか?」


 重い事情があることを察した一真は冷静さを取り戻した。

 よくよく周りを見れば、キャリウスの上や車輪付きの家の近くに人が何人もいる。

 御者やお付きの人だろうか。その誰もが顔を背けていた。


「私は前回の戦儀で、奏者だった」


 セレンの声に一真は周りを見るのを止める。


「そして私が前世の記憶を思い出したのは2年前。前の神前戦儀、その最中の事だ」


 それからの話はセレン自身も恥じているのか、悔やんでいるのか、長かった。

 途中で止まるのだ。

 首を振り、目をつむり、意を決して続きを話す。

 そんなことが数回続いた。


 纏めてしまえば、セレンの記憶と人格、前世の記憶と人格。

 その2つが統合し、混乱した。

 そしてよりによって戦ってる最中に迷いを生んだ。

 その隙を突かれ、負けた。

 決戦のことだという。


「そして、ソーラと私は母を亡くした。

 勝って母を助けると、約束したのにな。

 ソーラが人を試すようになったのは、それからだ」


 小鳥の鳴き声が聞こえる。

 夜もおおかた明け、周りは明るい。

 一真の後ろ、ゼクセリアの街からは小さいながらも喧噪が聞こえてきた。


「話しすぎた。そろそろ出発しよう」


 セレンが一真に背を向け、歩き始める。


「終わったら結婚します」


 その背に、一真は言った。


「そう約束しました」


 セレンが立ち止まる。


「それまで死ぬなよ」

「あたりまえです」


 二人はキャリウス車のワゴンへと歩いた。

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