19 決戦②

 魔法拳には弱点がある。


 格闘技の技術を応用しているが、その攻撃の本体は魔術。

 つまり知力と集中力、頭を使うわけだ。


 頭の中で術式を構築して座標を指定して発動。

 もちろん例外はあるが、おおよその魔術はこうやって発動する。

 一真の使う魔術もそうだ。

 そして杖などの補助具や焦点子を使えば楽になる。

 一真の場合はアテルスペスがその役割を担っているのだ。


 が、どうしても限界がある。


 発動の瞬間、一真の頭と魔術の発動位置は相対的に止まっていなければならない。

 爆炎拳の場合、発動位置は拳だ。


 つまり、魔法拳を起動するには腕を止めなければならない。


 距離が空いているなら大丈夫。

 走り回って肉薄するのも大丈夫。

 腕の動きを止めさえすれば、発動できる。


 だが、この弱点はまさに今、牙を剥いているのだ。


 右はアルブスペスの正面からのパンチをを払い勢いを止めずにジャブを打つ。

 左は拳を突き出し払われ直後に襲いくる拳を防ぐために引き寄せる。


 次の瞬間には既に別の攻防が始まる。


 一真は魔法拳を使えない。

 使った次の瞬間、がら空きになった頭を殴られるだろう。


 一真は認めざるを得ない。

 格闘技において、レイギは強い。


 既に一真の体は痛みを訴え始めている。

 何度も防御に失敗し、軽いもののダメージを受けているのだ。


「遅いなあ! お前の、親父は、どんなヌルい、指導よっ!」


 攻撃と防御の隙間を縫いレイギは一真を問い詰めた。


「くっ」


 一真は応えず一歩下がる。

 距離を開けねば。


「させんっ」


 即座に詰められる。


「だったら」


 一真は、諦めることにした。

 技で対抗するのを止めた。


「《はじくかべ》」


 アテルスペスとアルブスペスの間に現れた障壁が白の拳を弾く。


「なっ!?」


 近距離で拳の応酬をしたのは、ちょっとした嫉妬からだ。

 離れた時の破空拳が怖かったのもある。


「《はばむかべ》」


 新たに作り出した障壁を盾に、一真は拳を止めた。


「《鉄甲拳》」


 続けて両拳を障壁で覆う。

 防御と攻撃を両立する魔法拳だ。

 魔力も多めに込めた耐久仕様でもある。


 一真は魔法拳を使う魔法拳士。

 勝たねばならぬ戦いに、拳だけで挑むのは無謀だったのだ。


「本番は、こっからだ!」

「しゃらくせえ!」


 両者の間を阻む障壁が消失した。

 アルブスペスが即座に距離を詰める。

 破空拳はない。


「おお!」


 一真は右拳を繰り出す。

 大ぶりになってしまった右腕をアルブスペスが避けながら肘を取る。

 障壁の及ばない場所を押されたアテルスペスは敵に背を向ける。


「なっ!」

「見え見えなんだよ!」


 後ろからの衝撃。


「うわっ!」


 アテルスペスは前に押し出され倒れかける。

 肩越しに見たアルブスペスは背を一真に向けていた。


 鉄山靠。


 一真は迫る地面を殴った。


 《鉄甲拳》に含まれる弾性障壁がアテルスペスを転倒から逆の動きをさせる。

 起き上がる勢いのままに一真は後ろに裏拳を振った。


「うお!」


 アルブスペスが左腕を後ろに振る。


 双方の裏拳が手首のあたりでクロスした。

 黒の障壁に覆われた腕が白の腕を弾く。


「ちっ」「くっ」


 一真は崩れた体勢のままに追撃しない。

 前に跳びすさりながらアルブスペスに向き直る。


 レイギも同じ動きをしたようだ。


 戦闘開始の時と同じ距離で互いに向き合う。


「《爆炎拳》」


 一真は右の拳先に赤い光球を産みだした。


「テメッ、またそれか!」


 レイギが苛ついた声を出しながらアルブスペスを走らせる。

 間の障壁を左に迂回し、右手を大きく引いた。


 一真は今までの経験から確信している。

 一度爆炎拳がクリーンヒットすれば一撃で倒せるだろう。

 アテルスペスにはライトグリフィンのような増加装甲は無い。

 色以外は全く外見の変わらないアルブスペスも同じだろう。


 だから、一撃だ。

 そして悪手だ。

 出したままでは警戒されて当たらない。

 一真にも分かっている。


 だが接近しても爆炎拳を作る隙が無い。

 そのまま戦っても地力の、そして技の差で下される。


 なら、爆炎拳は出したまま他の方法で当てる隙を作れば良い。


「破空拳!」


 射線が通ると同時にレイギは気弾を放つ。


 気弾を一真は横に跳ねて避けた。

 この回避は隙だ。

 レイギは逃がさない。

 アルブスペスが距離を詰めた。


「《はばむかべ》」

「がっ!」


 一真が足元に作り出した障壁に、アルブスペスが強くつま先をぶつける。


 アルブスペスの動きが止まった。


「今ッ!」


 跳ねる様に一真はアルブスペスに飛び込んで爆炎拳を叩きつけようと右拳を振る。


「甘い!」


 アルブスペスが横からアテルスペスの腕を取った。

 そのまま一真はパンチを受け流されて押される。

 背中を晒してしまった。


「わっ!」「な!?」


 咄嗟に一真は思い着く。

 離れるのに利用するんだ。


 押された勢いを使って一真は倒れ込む。

 勢いのまま地面に爆炎拳を叩き込み、転がった。


 わざと倒れ込むことでレイギのを虚を突いたのだ。


 レイギが動きを止めたのは一瞬、直後に足を上げる。

 アテルスペスを踏みつけようとして、やめた。


 アルブスペスが後ろへの跳びすさりに遅れて地面に埋まった爆炎拳が爆発する。


 うまく距離を取れた。

 一真は喜び、魔術を起動する。


「《爆炎拳》」

「破空拳」


 一真が爆炎拳を作り出すと同時に目前の爆煙を気弾が貫いた。


「くっ!」


 思わず一真は右手、爆炎拳で気弾を殴り飛ばしてしまう。

 ダメだ、と刹那の思考。


「しまッ!」


 一真は後ろに跳びすさった。

 爆炎が巻き起こる。


 思わず一真は腕をクロスして爆炎から身を守ろうとした。


「貫砕蹴!」


 爆炎の中から現れた足先がクロスした腕の中央に直撃する。


「ぐ!」


 アルブスペスの飛び込み蹴りを直に受けた腕に鋭い痛みが走った。


拔閂撃ばっさんげき!」


 クロスした腕がアルブスペスの逆足に蹴り上げられる。

 蹴りの勢いで一真は両腕を上げてしまった。


「ぜぇいッ!」「《はじくかべ》ッ!」


 がら空きになった胸にアルブスペスの手刀が打ち付けられる。

 直前産み出された弾力のある魔力障壁が手刀を跳ね返した。


 アルブスペスが跳ね返しを利用して後ろに跳びすさる。


 一真はそれを逃がさないと、腕を振り下ろすがアルブスペスには当たらない。


 強い、一真は思った。だが、それ以上に一真は気になることがある。


「蹴り、だって!?」


 金城流格闘術は蹴りを捨てている。


 それは一真の父・剛史が世界を旅する過程で作り出した物だからだ。

 蹴りによって体勢を崩しては、隙になる。

 もし倒れれば地面には何があるか分からない。


 だから、蹴りは無い。

 ただ大地を踏みしめ全身の力でもって拳打を打ち込む。

 そういう格闘術だ。


「はっ! 破空拳だけかと思ったか!? 他にもあるに決まってんだろ!」


 アルブスペスだ。

 アルブスペスの技術伝達。

 アテルスペスにもあるそれを、レイギは万全に受けている。


 驕っていた。

 この世界に来てから努力していたからと、一真は驕っていた。

 だから、魔術の分だけ勝ち目があると。


 違う、違うのだ。

 レイギも同じだ。

 金城流と異世界の技術を持って、勝ち上がってきた。


 だが。


「その程度」


 静かに。

 一真の口から音が出た。

 決意の言葉だ。


「なんだって!?」

「その程度で、諦めるわけにはいかないさ!」


 レイギの聞き返しに、一真は大きく宣言した。


「ちっ」


 軽い舌打ちはレイギからだ。


「俺だって、負けるわけにはいかねえかんな!」


 まだ、戦いは終わらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る