10 VSデカドス:ドーラ


 一真/アテルスペスは空を疾走する。

 一握りの安堵と喜びを抱えて。

 

「《はばむかべ》《はばむかべ》《はばむかべ》!」


 賭けだった。

 幻影の魔法で姿を消し、一気に上空まで行く。

 そして、魔術障壁を足場に、走る。

 直上にいけば、流石に大砲は向けられまい。


 賭けは、成功したのだ。


 足元の透明な壁である障壁に多量の鉄杭が突き刺さった。


「うお! は、《はばむかべ》!」


 堅めの障壁でよかったと、一真は内心安堵し、次の障壁を作る。

 強度は高いが数瞬で消える障壁だ。

 駆け抜けるならこれで十分と言う判断は正解だった。


 アテルスペスが一瞬前に踏み切って駆けた障壁を砲弾が貫く。


「ッ! 《はばむかべ》」


 放たれたのは一本だけだった。

 当たりはしなかったが、障壁を貫き天にそのまま飛んでいったのだ。

 一真は冷や汗を掻きながら次の障壁を出す。


 爆発する砲弾。杭。散弾。化学反応弾。

 続けて撃たれたその全ては障壁に阻まれるか外れた。


 一真はバルドの焦りを感じ、口元を歪める。

 そして自分に油断してはならぬと言い聞かせた。


 たしかにバルドが焦っていることは狙いの甘さと砲撃の間隔で分かる。

 だからといって、勝ちが確定したわけではないのだ。


 砲火の中を駆け、一真はついに敵機を視認した。


 脚のキャタピラを接地し、大きく上体を傾けて砲を上げている。

 砲口が光れば障壁に着弾と遅れて轟音。


 え、背中?


 一真は不思議に思いながらも足場を作る魔術を絶やさない。

 まだ距離がある。


 敵神機は左腕をなにやら脚と背中を行き来させていた。

 背中に動かす度に砲火が炸裂する。


 装填みたいだ、と一真は思った。


 やがて敵神機の角度が上がらなくなる。

 仰角の限界だ。


「《はばむかべ》!」


 しめた、と一真は巨大な障壁を作り出す。

 厚みと堅さはそのままに、大きさだけを敵機直上まで届くほど長くに。


「うおああああああ!!」


 脚に力を込め、天を駆ける。

 障壁に細かい銃弾が幾つも当たっては弾かれていった。

 敵機が右腕に持っていた銃による攻撃だ。


 距離を詰めるにつれ、一真は敵神機の銃撃に違和感を抱く。

 なぜ、その場にいるのか。

 ただ障壁に弾かれるだけの銃を撃ち続けるのか。


 遙か下方、障壁の向こうをすかし見る。

 一真は敵神機の脚周辺に何か人工物が刺さっていることに気付いた。

 人工物は半ば地面に刺さり固着し、反対側からワイヤーが伸びている。


 アンカーだ。


 アンカーを刺して砲撃で自分が動かないようにしていたのだろう。

 そう結論付け、一真は同時に今は違うことにも気付いた。

 ワイヤーは神機とは繋がっていない。

 いつでも動ける状態だ。


「そうか」


 一真は思った。

 誘っている。

 ただアテルスペスが近づくのを誘っている。


「なら、乗ってやる!」


 逃げない。

 むしろ接近する。

 元よりアテルスペスが攻撃するには肉薄する必要があるのだ。

 バルドが何をしようとしているのかなど、関係がない。

 ただ、対処すればいい。


 一真は脚を早め、障壁の切れ目でジャンプする。


「《はじくかべ》!」


 頭上に弾力のある障壁を作り出し、無事な左腕で殴った。

 弾力と殴った反動で下方向への加速を得て、敵神機に真っ直ぐ向かう。


「《はばむかべ》!」


 右足を伸ばし、右つま先の先から円錐状にした硬い障壁を形成した。

 出したばかりの障壁が敵が撃ち続ける銃弾を弾く。


 敵のキャタピラが動いた


「《はばむかべ》!」


 させない、と一真は敵の背後に障壁を作り出した。

 敵が障壁にぶつかり、キャタピラを空転させる。


「なっ!」


 バルドの焦る声。

 いつのまにか、会話出来る距離にいたのだ。


「くらえええ! 《幻影》脚!」


 敵は逃げようとキャタピラを逆に回す。

 迫るアテルスペスの下をくぐろうとしたのかしかし間に合わない。


 一真が作り出した円錐の障壁が敵の胴体に付いた大砲をへし折る。

 そのまま円錐の障壁は左右キャタピラ脚の間にある地面に突き刺さった。


「ここまでだ」


「我が神機ゲティンドーラを、舐めるな!」


 一真の宣言に、バルドは叫んだ。

 同時にゲティンドーラの脚部装甲が開いた。


「《爆炎拳》!」


 アテルスペスの左拳先に赤い光球。

 一真が信頼する、必殺の合成魔術。


「全弾薬散弾炸薬形成!」


 ゲティンドーラ脚部装甲の中身は全てのっぺりした薄緑色の物質だった。

 それらの表面がうごめき、銀色の小さな球体が密集した物になる。

 万能ナノ物質、その組成変更はゲティンドーラが触れている限り、どこでも可能だ。

 弾薬庫の中でも、だ。


 一真はゲティンドーラの脚に現れたそれに、驚愕と、安堵する。

 そして、アテルスペスをゲティンドーラの大きな頭に着地させた。


「な、んだと!? レーダー!」


 幻影だ。


 一真はゲティンドーラの砲身を折ると同時に円錐の障壁を蹴って飛び上がった。

 アテルスペスの幻影を残し、自分は宙に残ったのだ。

 ただ砲身を折っただけでは倒せないという確信があった。


「き、貴様!」


 ゲティンドーラは左腕の銃を頭上のアテルスペスに向ける。


「《はばむかべ》」


 魔術障壁がゲティンドーラの銃を包み込んだ。


「本来のあなたは戦士だったと思う。けど、戦儀では別だ」

「何!?」

「今のあなたは戦士ではない。ただ神機の一パーツだったんだ」


 左腕を振りかぶり、一真は言った。

 拳先には赤い光球がその内に破壊の力を貯めている。


「これで、終わりだ」


 一真は左腕の爆炎拳を足元――ゲティンドーラの頭部に叩き込んだ。




 神前戦儀、決戦第三戦。

 勝者、ゼクセリア。


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