21 故郷の懐かしき味



 さんざ喜んで泣き疲れたヘマを置いて行くのはどうだろうか。

 そう一真は思ったが、寝かせる前にあのドレスを脱がせたり、化粧を落としたりとせねばなるまい。

 部屋に送り届けるだけならまだしも、そうした点ではやはり女性の手がよいだろう。


 ルアミにヘマを任せ、一真は控え施設の二階に上がった。


 一真は腹が減っていた。


 何もなくとも腹は減る。戦いを終えた後ならなおさらだ。


 魔術もアテルスペスの操縦も、体力勝負だし精神も酷使する。

 初戦は流れでアジャンの話を聞き、その次は気絶していた。

 故に戦闘後にガッツリ、とは出来なかったのだ。


 が、今この時は違う。

 少し時間は経っているが、戦闘後には違いない。

 とにかくメシが食いたかった。


 逸る気持ちを抑え、慌てず一真は食堂までの道を歩く。


 ドアが開くのを待つのに、歩を止めるのすらもどかしかった。


 食堂の中には一人、いた。

 食料を温める機械の前に立っている。

 入り口には背を向けており、誰かは分からない。


「ん、君か」


 その誰かが振り向いて呟いた。セコンダリアの奏者である金髪の男だ。


「君も食事か」

「え、まぁ、そうだ」


 聞かれ、戸惑いながら一真は答えた。


 男が温める機械に顔を向け、会話が途切れる。

 ちょっとした居づらさを感じながらも、一真は食料を収めた棚に向かった。


 と、ここで一真は動きを止める。

 スクスは食べやすく腹持ちもいい。

 が、食後感としてはおかゆやお茶漬けに近い。

 今の一真はそういった軽いものではなく、ガツンと行きたい気分だった。

 しかしスクス以外の食べ物はどういう物があるのか分からない。

 パッケージは白地に料理名や原材料が印刷されているだけで、見た目も不明だ。

 かといって料理名で推測するのも、異世界から来た希人である一真には難しい。


 どうしようかと一真が迷っていると、チーンという音がした。

 温め完了の合図だ。


「うむ」


 金髪の男は機械の戸を開け、中の物を取り出して機械からほど近いテーブルに座った。

 手にスプーンを持って袋を開ける。


 そんな様子を一真は見ていた。

 見た目で美味しそうなら、どういう物か聞くのも悪くはないなと。

 その直後、男が袋から出した食べ物を見て、猛烈な驚きに囚われた。


 底の深い四角い器に、煮込んだと思われる薄切り肉がこんもりと入っていた。

 器の隅には紅い細切りの漬け物も添えられている。

 一真にはその薄切り肉の下にあるものを夢想した。


 牛丼だ。


 懐かしさがこみ上げる。

 諦めていたあの味が、一真の脳裏を過ぎった。


 男がスプーンでそれをすくう。

 薄切り肉の下にあるのだ、米だ。

 炊いたて、つゆのかかった薄茶の粒粒だ。


「あの……」


 思わず声が出た。


「ん?」


 スプーンですくったものを口に含んだ男が、一真に注意を向ける。

 口をもごもごと動かして咀嚼し、飲み込んだ。


「なんだ?」

「その料理は」

「これか?」


 男は眉をひそめながら、器を軽く持ち上げて示す。

 一真は上下に首を数度振って頷いた。


「これはな我が国に古来より伝わる料理、スカイドだ」


 聞くや否や一真は即座に身を翻して「スカイド」を探そうとする。


「あー、右から二番目の戸の、一番上右から二つ目だ」


 背後から聞こえる声を頼りに、一真はその場所に目を向けた。

 白く無個性なパッケージには目当ての文字列が見える。


 その料理を手に取り、温める機械に入れてボタンを押した。

 カトラリーから箸にしてはやや長い棒を二本取り出す。


 待ち遠しい数十秒の時間を待った。

 機械の戸を開け、中から袋を取りだし、男の向かいに座る。

 男は食事を続けていた。見れば一真にはやはり、牛丼にしか見えない。


 袋を開け、二本の棒を箸のように持ち、器を抱え、一口かっ込んだ。


 つゆの染み込んだご飯がパラリと解け、肉に染みた甘辛いタレが舌を刺激する。

 肉は牛とはやや違うが食感は似て脂が甘い。

 それがタレの塩っ気と辛み、複雑な多幸感を一真にもたらした。

 米は噛むほどに甘く、肉の脂とタレが辛み、さらなる味の複合をもたらした。


 一真の頬を涙がひとしずく伝う。


 記憶とは違うが、懐かしい味だった。


 器の箸にあった紅ショウガ、らしき漬け物を1つとり、同じように肉とコメをかっ込む。


 酸味と特徴的な味は記憶通りの紅ショウガだ。

 口の中を爽やかにし、すっきりとした舌にまた肉とコメの味わいを新鮮に伝える。


「うまい……」


 飲み込んで、ため息を1つ吐いて、一真はしみじみと呟いた。

 記憶の牛丼とは素材が違うためか、差異はある。

 だが、懐かしき日本の味に近い味だ。


「希人か。他の国だったら、誘いを掛けるのだろうな」

「他の?」


 男の呟きに、一真は違和感を覚えた。


「ああ。君は察するに、スカイドの元になった料理がある世界の出身だろう?

 このスカイドも希人が作ったと伝えられている」


 器の中を見つめながら、男は言う。

 口は微笑み、目は半ば伏せられ、寂しさか哀しさを覚えているのかと、一真は感じた。


 男の言葉自体には、どうりで、と一真は思う。

 ここまで違う素材を使いながら牛丼を再現しているのだ。

 日本人が関わっているのは間違いない。

 現代日本人が、過去に来ていることも、そう言うこともあるのだろう。


「だがね、スカイドの作り方も、材料も。

 今のセコンダリアにはない。

 特にこの穀物、コメは、セコンダリアでは栽培出来ないんだ」

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