19 次の戦いは


 トーナメント表に書かれた国名は6つ。

 片側がゼクセリア、セコンダリア、シードにデカドス。

 もう片側がフィルスタ、フィベズ、シードにウェルプト。


「最初は、セコンダリア……?」


 表を見た一真が誰に言うでもなく声を漏らした。


「む? 君か。君がゼクセリアの奏者、なのだね」


 一真が顔を上げると、隣にいた男が一真を見ていた。

 長く美しい金髪の男だ。

 一真はその顔に見覚えがあった。

 最初にこの部屋に来たときに居た何人かの中にいたはずだ。

 白を基調にし、金糸や宝石で飾った豪奢なローブにも、見覚えがある。


「ああ。俺は」

「いや、自己紹介は戦場でしようじゃないか」


 一真が名前を言おうとすると、男は手のひらをこちらに向けてさえぎった。


「馴れ合う気はないし、手加減はしたくないのでね。

 それなら、全く知らない中の方が楽だろう?」


 口を歪ませ、嫌味な笑みを浮かべる男。

 だが一真には事情を聞いて力を抜いた憶えがあった。男の否定は出来ない。


「そう、だな」


 一真は頷き、同意を示す。


「はは、目の輝きが前より良くなった。

 手強いだろうが、負けないよ」


 男はそれだけ言うと、一真の言葉を待たずに背を向けた。


「楽しみに戦を待つとしよう」


 金髪の男はそのまますたすたとソファの切れ目から歩いて行く。


「どうなるかは見させて貰うさ」


 アジャンが一真の後ろから言った。


「見させて?」


 一真は振り返りながら聞き返す。


「そう。負けたら他の戦儀は見られるんだ。帰るかどうかも選べる」

「そうか、負けたら次の戦儀に影響はしないもんな。あれ、でも」


 アジャンの言葉に一真は疑問を持った。


「それじゃあ負けた人には次に戦う神機の情報を聞けるんじゃ?」

「もちろん聞ける。見れないだけで情報は聞ける。だが、言う奴はいない」


 なんでもないことのように、アジャンは言う。

 その表情は微笑みに近く、いつも通りだった。


「え、なんでさ。別に禁じられてないんだろ?」

「おいおい。ちょっとは考えてくれよ」


 アジャンは表情を崩し、少し真面目な顔になる。

 そして手を広げて、部屋の中を示した。

 部屋の中にはまだ人がいる。


「彼らも、俺も、君も。国の希望なんだぜ?」


 言われて、一真は気付いた。


「情報は流せるさ。

 しかし、勝敗に影響すれば、負けた方の国民は良い気分はしないだろう?」

「ああ、確かにそうだ」


 戦儀の結果が全てであっても、その前に情報が流され、それが勝敗に関われば。

 国同士は文句を言えないだろうが、国民は別だ。各

 国は問題を抱えていて、外交で融通し合っていると聞く。

 それが国民同士の仲違いで流通や交流が止まるとなれば。

 良くないことが起こるのは間違いない。


「だから、ほとんど見た情報を言わないのは暗黙の了解。

 戦儀前の情報収集だって、ギリギリなんだぜ?」

「そ、そうか。気をつける。俺も、聞かないようにするよ」

「それがいい」


 アジャンは大きく頷いて、笑顔を見せてきた。


「さぁって、俺はメシ食って寝る。一真は背中の子を休ませてやんないとな」

「そうするよ」


 言われた一真は背中のヘマを、手近なソファに横たえる。

 医務室に行くことも考えたが、あれは二階だ。

 腰に来るし、落としたら大変なことになる。


「騒がしいのは直ぐにおさまるだろうし、ここで一緒にいるよ」

「そうか。じゃあな」


 一真に頷いて、アジャンは階段のほうに歩いて行った。


 気付けば、この談話室からは人がかなり少なくなっている。

 将軍も、レイギもいない。


 一真とヘマの他にはソファに座り込んだ数人、といった所か。


 静かな寝息を立てているヘマの近くに座ろうとして、一真は近くにいる女性に気付いた。

 ソファに座り、とてもうなだれている。

 頭を抱え、何かをブツブツ言いながらとても陰鬱な空気を一人醸し出していた。

 一真はその特徴的な柄の服装に、見覚えがある。


「えっと、ルアミ、さん?」


 初戦の日に食堂であったイレべーナのルアミだ。


 声に気付いたのか、ルアミは頭を上げて一真を見る。


「あー君は、……あー、名前、聞いてなかった」


 そういえば名乗るだけ名乗って去って行ったなと、一真は思い出した。


「一真です。ゼクセリアの」


 名前だけでは不足かと思い、国を付け足す。


「うん、カズマ、ね。

 かっこつけて戦場で聞くぜーみたいにしてたんだけどね、うん。ごめんね」


 ルアミは軽く微笑み、直ぐに暗い顔になって俯いた。


「えっと」


 一真はちらりと床の表を見る。

 トーナメントではなく、序戦の組み合わせ表だ。

 イレベーナがいる組の表を探しあて、見た一真は気付いた。


「あっ」

「うぅぅぅぅ……」


 ルアミは悲しそうにうめく。


「負けちゃったのぉぉぉぜんぶ……」


 0を示す字が3つ並んでいた。

 つまり、全敗だ。


「あの……」

「分かってる!

 分かってるの!

 でもあんなに自信満々で『ぜんぶ勝ってくるわ!』って家族に言っちゃったの!」


 一真はとてもいたたまれない気分になった。


「皆に合わせる顔、ないの……帰りたくなぁい……」

「あの、その」


 一真は必死に書ける言葉を探すが、見つからない。


「あぁぁ……あ? あなたゼクセリア?」


 泣きそうな顔を上げてルアミは一真の顔を見る。


「ええ、そうですけど」

「……最初は、セコンダリア」


 ルアミはトーナメント表に顔を向け、じっと見た後、一真に声をかけた。


「はい」


 目元を拭い、至極真面目な顔のルアミは一真の顔を見て、口を開く。


「あのね、セコンダリアのグランサビオはね」

「ちょっと!! 何言おうとしてんですか!」


 一真は慌ててルアミの言葉を遮った。

 対戦した相手が持つ情報については先ほどアジャンに忠告されたばかり。


 組み合わせ表をみれば、確かにイレベーナはセコンダリアと同じ組だ。

 つまり、対戦相手の情報を軽々しく漏らそうとしているのだこの人は。


「え、あのムカつく神機の情報、欲しくないの!?」

「欲しいけど要りません」

「いいから言わせなさい。そんであの男に敗北をプレゼントしましょう!」

「何言ってるのこの人!」


 その後、一真は大変苦労しながら、ルアミを宥めたのだった。

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