青い空と灰色の雲、ボクらのキックベース

長月 有樹

第1話

 キックベース久しぶりにやらない?その言葉で僕は6年離れていた故郷へ戻ってきた。心も身体もボロボロの満身創痍で。


 高木太一28歳、職業は会社員。会社は大手自動車部品メーカーでの工場の事務方のスタッフの管理職。それが三カ月前までの僕を表せた事。けど今はそれは無い。理由は簡単で会社を辞めた。無職だ。


 人生を勝ちか負けかの二つで分ける事を敢えてしなければいけないのなら僕は間違いなく堂々と。これっぽっちの疑いもせず勝ちと言ってた。弱肉強食の捕食する方だ。


 金持ちでは無いけれどもそこそこ裕福な家庭に生まれて。県内じゃナンバーワンの公立高校に合格し、東京の有名私大に合格した。学生時代にやっていたサッカーでは全国大会に出場し、プロ入りの誘いもあったが断った。サッカーでは自分が一番になれないのは分かっていたし僕は兎に角勝ちたかった。


 まぁ強いて言うならあまりモテはしないけれども別にその関係で苦労した事は無いし。それは僕にとって負けでは無いし。そんな事で勝ちや負けを決めるのなんて品性を疑うし。僕はそう言った事に頭が埋め尽くされてる人間はその時点で既に負けていると思っている。


 そんな僕が薄暗いアパートで震えていた。頭がボウッとしていた。考えようとすると押し寄せる不安。社会のレールから外れてしまったというどす黒い恐怖感でただ毛布にくるまって、一人片隅で震える事しか出来なった。


 鬱病になった。ソレが僕の人生で勿論、挫折や失敗してきた事はゼロでは無かったが、初めて負けた負けてしまったと心から敗北をしてしまった。


 何故、僕がそうなってしまうとまぁシンプルというかありきたりだが仕事で潰れてしまった。


 大学を卒業後、僕は大手自動車部品メーカーに就職した。そして工場のスタッフ部門に配属された。三年目に語学に強みがあることや上司に信頼されていることからメキシコの工場で赴任が決まった。


 海外赴任は、仕事やプライベート共に刺激的でありとても良い経験だった。また僕は強くなったと当時は思った。僕に超えられない壁なんかは無い。そんな壁はぶち壊して止まらない。いやもっと加速してもっと速く。僕は勝ち続けてやると。僕なら出来る。なんて言ったて僕は誰よりも輝いてるから。本気でそう信じていた。いや確信していた。


 そして日本に帰ってきた僕は国内で数十年ぶりに設立される新工場の課長へと僕の年齢では

異例の大抜擢の辞令を受けた。震えた。上司も会社も僕に特別な期待を寄せていた。それよりも僕が僕自身に期待をしていた。


 それがあっさりと崩れていった。音をたてるように崩壊してた。と言うわけでは無くポンっと手品のように消えていった。周りの期待も僕の輝いてたこれからの未来も。何もかも。


 自分より10や20近く離れた厄介な年上の部下や毎日潰せばまた別の所から湧き出てくる色々なトラブルに翻弄されて。日に日に会社へ行くこと自体にストレスを感じ頭痛に苦しんだ。言葉通りにストレスで血反吐を吐きながら残業と休日出勤をするが事態は好転する気配を見せない。


 そんな事が続くある日の朝、疲弊しきってしかし休めない。行かなければならないというギリギリ保っている使命感でカップ焼きそばに注ぐためのお湯をT-falの電気ケトルで沸かしながら煙草を吸ってるとコツンと脳裏に言葉がよぎった。


 あれもしかして、自分って思ったより能力低いのか?


 逃げ続け目を逸らし続けていた想いが突然、こちらの都合なんかお構いなく襲いかかってきて、僕の心を鎌鼬みたいに切り裂いた。


 その日から僕はその事で頭に埋め尽くされて。そして会社にに行けなくなった。


 そこからは分かりやすい転落劇で僕は重度の鬱病と診断されて。その事実が更に自分を追い込まれ会社を辞めた。そこからは日に日に荒み汚れるこの薄暗い部屋で大半を過ごした。


 どこかで自分は立ち上がれるのかもしれないとまだ自分を信じていたのか、誰にも両親にも退職した事実を言わず過ごしてきたが、どんどん悪化していった。会社の同僚や友人のLINEにも無視をキメ続けていた。


 けどもう限界だ。


 誰か僕を救ってくれ。お願いだから僕を助けてくてくれ。


 と包まってる毛布を握る手の力を強め震えてるのと同時にポオンとスマホから着信の通知がくる。


 木村伶。キムラレイ。


 高校で僕が進学校に通い始めて疎遠になってしまった。幼なじみ。それまではずーっと僕の隣にいた女の子。


 そして僕の初恋の女の子。初恋だとは後で気づいた初恋の女の子。


 何で彼女からLINEが?何で知ってる?と疑問に思ったが電話番号を登録する設定だと気づく。そして待ち受け画面に映し出される彼女のメッセージを見る。


『久しぶり元気してる?』


 昔と変わらず絵文字も何も無い簡素な文字に懐かしさを覚える。


 何を返そう。どうしようと。画面を開いて戸惑う僕にまたメッセージが来る。


『キックベース久しぶりにやらない?昔みたいに』


 は????キックベース??ん


訳が分からなかった。何で???と戸惑うがこの訳の分からない、突然な突拍子な伶の言葉に相変わらずだなと。懐かしさを感じてしまう自分もいた。そして……


『分かった。する』


 と返信した自分の行動にも訳が分からなかった。



 そして、現在。僕は埼玉の地元に戻ってきた。伶が今住んでいるというアパートへ。


 真夏のピークが過ぎたけれども相変わらず不快な暑さがある地元。真っ青な空に灰色がかった雲が泳いでいる。そして子供の時から知っている僕の実家から少し離れたぼろいアパート。


 階段で二階に上がる。言われた部屋の前で今になって何て話せばいーかと戸惑う。そんな事をしてる間にガチャリとドアが開く。


「ぃよぉう」と扉の向こうの女性が手を上げる。

「ヨッ……ヨォ」それに呼応して僕も手を上げる。


伶だ。上下黒いジャージに少し黒みがかった茶パツ。くわえ煙草と。当時の伶からかけ離れていた姿。けど一目で分かる当時から全然老いが見られない端麗な顔。伶だ。


 と頭の中で久しぶりの再会に思いをはせてる僕に伶が言う。


「とりあえず髭剃ったら?仙人みたいだよ」


 と僕の生やしっぱなしの髭だらけの頬へと触れる。ゾクリと体に感覚が駆けめぐる。


 伶の煙草の煙がふわりと揺れた。相変わらずの美しい笑顔だった。

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