第2話 移動した世界
「おかしい?」
車は、直径10メートル位の楕円に掃いたような場所に止まっていた。俺は、まるでヘリコプターが着陸時に吹き飛ばしたような跡の真ん中にいるのである。コンクリートの様な床には所々に小岩がある。100メートルほど離れた所には、嘗ては建物だったと思われるガレキが壁のように取り巻いている。
積もった土埃の上に、自分の歩きまわった足跡だけが残されている。大声を出したり、クラクションを鳴らしたりしてみたが風の音が聞こえるだけだ。吹き溜まりなのか、小枝や葉っぱが風に小さく揺れている。
辺りを見廻してもダークグレーのガレキの風景ばかりだと思っていた。見直してみると、辛うじて道と分かる跡がいく筋か、広場から出ている。大きな建物だったのだろう、ガレキの山に歩いて行く。ひときわ大きな建物跡に近づくと、半地下の大き目な窪みに大きな階段あるのが分かった。
(下りてみるか)
ドアの残骸をどかし、小部屋の様な場所に入る。奥の方には半開きのドアがあり部屋が見えている。
部屋の入り口には、土埃がうっすらと積っている。スマホのライトをつけて中を覗いてみるが、この部屋には随分と長く人が入らなかったようだ。
30畳ほどの背の高い部屋には、ひっくり返った机やイスに見慣れない形をした金属製のパネルがある。奥の机の周りには、免許証サイズのカードが散乱していたので取り上げて見てみる。埃を払うとキラキラした鏡の様な面に顔が映る。
(何だろう? 鏡なのか? カードに、奥行きがあるみたいだな。ホログラムカードなのか?)
ジッと見てみた。
(カードが一瞬ピカッと光ったが、太陽でも反射したのかな? ここは陽があたらないし、おかしい事も有るな)
何の気なしに、その一枚をポケットに入れて外に出る事にした。
(ここは事務所という感じじゃないし、何かの管理室? 管制室だったのかな? また後で調べるか。他も見ないとな)
外に戻り、周りを見まわす。太陽がある反対側に月が出ているのが見える。昼間の月にしてはちょっと明るいかもしれない。
(良かった。月は1個のままだ。まだ大丈夫だ。転移物の月は2個というのが多いからな)
「アレー! リングがあるぞー!」
(思わず声を上げてしまった。月のリングは、薄っすらと帯状になってこちらに伸びているように見える。ここは何処なんだ? まさか、本当に転移したのか? エ! これってうかつに動いたら、日本に戻れないかもしれないぞ。岡田君、配達できなくてごめんなー)
落ち着け、自分。山で遭難した時の注意を、思い出すんだ。どうしよう、色々あってどれが良いのか分からん。
(あちこちしないで山頂を目指せとか、降りて水場に行け、 むやみに動くと滑落するぞ。中堅レベルの山では、普通に道を探した方が助かるとか、捜索隊が来るまで動かないのがいいとか。山間部では、沢や谷が多い所は降りるのはダメとか、 どうしよう? ここ日本じゃ無いみたいだし。そもそも地球から見える月に、リングなんて無かったし。無かったよね)
そう言えば、車は道から外れても10メートル位で止まったはず。
(やっぱ、動かずじっとしていた方が良いのかな、でもこれって山の遭難じゃないよな?)
「スマホも通じない。弱ったな……」
(このまま、移動しないようにしていれば元に戻れるかもしれないし。ほんとに、転移したのかな……)
地震なんかじゃなかったと思うが、余震があるようなら海岸や河川の近くには津波の危険もあるし、山地は山崩れや土石流、地滑りの危険があったりするし。急傾斜地じゃ崩壊の危険もあるからな。ここは広場みたいだから関係ないかもしれないが、地割れはあるかも知れないな。
(いかん! 現実逃避している。絶対に月にリングは無い!)
東? あの太陽が南にあるとして、東の方の少し先に崩れた塔があるようだ。西方には大きな壁が、回り込むように続いているようにだな。高い所から視て見るのも良いかもしれない。
日が沈むまで2時間あるかな? スマホの時計を見ながら考えた。もっとも地球でなければ時計が役に立つのか疑問だが? ここが地球じゃないとしたら、1日は何時間なんだろう? 同じっていう事はないよな。
そこら中がガレキだらけで車での移動は無理そうだ。移動してもキャンプする場所を見つけられるかな。テントはあるけどテント張って寝るのは怖いし、車の中にいるべきだな。ひょっとしたら、このまま元に戻れるかもしれないし。
陽のあるうちに少しだけ辺りを回ってみるか? でも何か変な物がいたりするかもしれんし、やっぱり車でジッとしているか? 車の中の荷物が邪魔になるが、外に放り出す訳にはいかないな。
「まぁ、まずは落ち着く事だな。今日は、様子見しよう。我慢、我慢」
(こんな時には、声に出すと精神的に良いんだっけ? やっぱ、転移なんだろうか? 明日になってもこのままなら、廻りの安全確認をしないとな。そして持ち物チェックだ。周辺で危険な生き物・物や建物がないか目と耳で確かめよう。アァーそんな事、自分に出来るかなー。落ち着け!
取り敢えず、これからはあまり目立たないようにしていこう。さっき叫んだり、クラクション鳴らしたりしたのは良かったのか拙かったのか? 今晩は車中泊で決まりだな。やっぱり薄いとはいえ鉄板とガラスで守られていると気になるし、ロックも出来る。車ごと転移できて良かったー)
「暗くなる前に、食事を済ませておかないと。色々考えなくちゃ。まず、水と食料が一番必要だよな。10箱ずつあるが、いつまでももつ訳じゃ無いし。何処かで見つけないと厳しいな」
(人や場所も見つけ出したいが、ここは生きている人の気配もないし、もし砂漠だとしたら川や井戸も探さないと。優先して水を探さないと干からびてしまうぞ。雨は随分と長く降っていない感じだし。待て待て、考えてみろ。災害備蓄用品と保存水がダンボール箱各10個あるんだ。普通、車ごと転移なんて有るはず無いんだ。イヤ、普通の転移って?)
「食糧あるし、水もある。車もキャンプ用品だってある」
(ホント、岡田君ありがとう。持つべきものは友と災害備蓄だよなー。ここまで都合のいい転移物は読んだ事が無いよ)
(夜はキャンプ用ランタンや懐中電灯があるから照明は使える。まぁ暗いと、なんとなく恐いし。見通しが悪いと転倒や転落するかもしれないし。こうなるとむやみに出歩くは危険だな。
今まで転移なんて小説だけだと思っていたが、今晩は車の中でじっとしていよう。そう、道路と一緒だ。あわてて飛び出すと怪我をしたり、トラックに撥ねられたりする危険もあるからな。「布団の外は危険だらけだ」と言うのは真理だな。
もう一度、スマホの電波が無い事を確認して電源を切ろう。充電機能付手回しライトがあるしソラーチャジャーもあるけどバッテリーも経たるからな)
(トラックに撥ねられた覚えはない。女神様にも、会った記憶がない。目が覚めて夢だったのという展開もなさそうだ。これは本当に転移したのかな? 王女様も出てこないので、勇者になれと召喚された訳でもないみたいだ。だとすると、大変だ! チートやスキルもボーナスなしという事になるかもしれない! ウェブ小説には、スマホが使えてネットでラッキーというのもあったんだが、残念ながらここでは電波が立ってない)
「ネットは無理なのか」
(生きているだけでもラッキーという事かな。ゼロじゃないし、色々あるから直ぐには死なないだろうだろうが)
「ウー。お願いだから、お約束の言語位は附けてよね―」
(どこなんだろう? 小説のように壁の向こうのは草原だったりして? 盗賊なら人間だろうから言葉が通じるかもしれないけど、角を生やしたウサギ・定番の猪・魔物のゴブリンなんてのも、いるかもしれない。ここは、古い遺跡みたいな感じの場所だからスケルトンやレイスも居るかもしれない。勇者召喚されてならチートもらって魔物と戦ったりしてもOKかもしれないけど、でもチートを貰った覚えもないし。アー、考えるんじゃなかった。ちゃんと万能と言われる、スコップを手元に置いてかなければ)
異世界かな? と思うとなかなか寝られない。頭の中を、おかしな考えがグルグル廻る。
車の中で、簡易トイレなんて使うつもりもないので外に出る。誰も見てないし。陽もとっくに暮れて、月明かりが僅かに物の形を教えてくれる。見上げる夜空に星々が輝き流星が流れる。
「うん、お空の流星多くない……か?」
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