第8話 奴隷の少女を助けよう  ~格闘コンテストで勝ってしまった件~

 外から見たリングの大きさはボクシングやプロレスで見た物と同じだ。

 実際に自分が立ってみると、とても広く感じる。

 床は思ったよりも固い。

 コンクリートのようだ。

 プロレスラーはこんな固い場所に叩きつけられたりするのか。

 少し怖くなってきた。


「さあ、みなさんご注目下さい!

 勇敢な少年があらわれました。

 その名はアルス!

 かの偉大なる魔道士イズンの直弟子です!」


 レフェリー兼主催者であろう男が声高に叫んだ。

 参加費なんて話1つも聞いてなかったが10万デジ取られた。

 勝てば賞金100万デジと別に10万デジも戻ってくるらしい。

 それに賭けも行われているようだ。

 案の定、俺に賭ける者などほぼ居ない。

 あちこちから誹謗中傷が聞こえる。


「おいおい、あんな奴、1分も持たないだろ」

「アイツ。たしかギルドの判定で無職だった奴だぞ」

「かわいそー。誰か止めてあげて」

「アイツ死んだな」


 なんとでも言ってくれ。

 俺は逆にやりすぎないか? それが心配だ。

 商人の奴もニヤニヤとした表情を浮かべて観客に紛れてこちらを見ている。


「アルス! ケガしないでね! 無理しないで!」


 フレイヤが心配そうな顔をして声援を送ってくれた。

 大丈夫見ててくれ。


「ヘイ! ユー! 逃げるなら今のうちだぜ

 オレは女、子供、弱いヤツに手を出し無くないんだぜ」


 マイク・サップが鋭い眼光と共に吐き捨てるように言った。


「大丈夫だ。全力でこい!」


 負けじと俺も威圧するように叫んだ。


「ユーの勇気に免じて一撃で終わらせてやるぜ」


 俺はアンタに敬意を表して2,3発で終わるように調整してみるよ。

 しかし、マイク・サップのRPはいくつなんだ?

 数値がわかれば加減するにしてもわかりやすいんだが。


「両者こちらへ」


 レフェリー兼主催者に促されてリング中央へ寄った。

 

「構えて!」


 マイク・サップは眼の前にすると本当にデカイ。

 なんだかちょっと不安になってきた。

 

「ファイ!」


 宣言通りマイク・サップは右ストレートを俺の顔面に目掛けて打ち下ろしてきた。

 やはりコマ送りのスロー再生のように見える。

 このスピードは一番最初に粉々にしてしまったギンカブトに近い。

 ファイアードレイクよりは相当遅い。


 ここは慎重に。

 カウンターは破壊力が読めないためこのストレートを避けてから軽く右拳で顔面に触れよう。

 目の前でゆっくりとマイク・サップの拳を見送る。

 そして、ゆっくりとマイク・サップの左頬に右拳で触れる。


「ゆっくりと。やさしく、やさしく」


 マイク・サップは2,3メートルほど打ち上がるとマットに叩きつけられた。

 辺りは静まり返っている。

 レフェリー兼主催者も口をあけたまま微動だにしない。


 「あの。俺の勝ちでいいんですよね?」

 「あ、ああ……」


 レフェリー兼主催者も口をあけたまま声だけ発した。


 「うおおおおおおおおおお!」

 「すげええええええええええええ!」


 リング周りの観衆が一斉に叫んだ。

 フレイヤは涙を流している。

 レフェリー兼主催者から賞金100万デジをひったくるとフレイヤの元へ急いだ。


「よかった」


 フレイヤは泣きながら言った。


「だろ? よかっただろ。賞金100万デジゲット!」

「違うの。アルスがケガしなくてよかったの! 本当に心配したんだから!」


 フレイヤが少し興奮気味に言った。

 本当に心配してくれたんだ。

 涙まで流して。


「あの奴隷の少女の所へ行こう!」


 少し抱き寄せたり、お礼を言ったりした方がよかったのかもしれない。

 俺は元々モテない奴だったので照れ隠しに素っ気なく言ってしまった。


「うん。そうだね」


 フレイヤも涙を拭いてついてきた。



---



 奴隷の少女の所へ来ると後から遅れて商人がやってきた。

 

「いやー。驚きましたよ。まさか勝っちゃうなんてね。約束通り100万デジでお渡しします」


 相変わらず表情はニヤニヤしていた。

 もっと悔しがるかと思ったのに全然だ。

 まあ、100万デジの売上も入るわけだし当然か。

 100万デジを商人に渡すとオリから奴隷の少女を出した。


「ありがとうニャ。お姉ちゃん。お兄ちゃん」

「私はフレイヤ。そしてこっちのお兄ちゃんがアルス」

「ありがとうニャ。フレイヤお姉ちゃん。アルスお兄ちゃん」

「アルスでいいよ」


 お兄ちゃんなんて言われるのはなんともムズがゆい。


「私はフレイヤでいいわよ。お名前は?」

「ノルフェージャン・フォレストキャットですニャ」

「うーん。それは猫の種類の名前な気がする。なんて呼ばれてたの?」


 『ノルフェージャン・フォレストキャット』と言うのは現実世界でも存在した猫の種類だったはずだ。


「にゃーとか、にゃーにゃーとかで、みんな呼びあってるニャ」

「猫族っていうのは固有の名前が無いのかな?」

「アルス。そしたらアナタが名前をつけてあげて」

「うーん。ノルフェージャン・フォレストキャットを略して『ノル』!」


 我ながら安直すぎる名前だ。


「ノルにゃ! ノルにゃ! ノルにゃ!」


 ノルは、あたりを喜び尻尾を振りながら走り回っている。

 まあ、喜んでるからいっか。



---



 フレイヤと分かれると俺とノルはイズン師匠の家へと向かった。

 フレイヤの宿泊先には獣人族が泊まれるかわからないし、元々俺が勝ち取った賞金で引き取ったので俺の宿泊先、つまりイズン師匠の家に連れてくることになった。

 あれだけ広大な場所に城の一軒家。

 俺の今使ってる部屋でも十分一緒に住める。


 イズン師匠も文句は言わないだろう。

 何よりノルのやつはペチャパイだ。

 イズン師匠はペチャパイには寛容なはずだ。

 しかしロリっこ二人と同性なんて俺が世間に変態だと思われないか心配だ。

 無職で変態ロリ趣味なんて最悪だ。


「ニャニャ、ニャー! ニャニャ、ニャー! ニャニャ、ニャー!」


 ノルのやつは、ニコニコしながらスキップしてついてくる。

 お気楽な奴だ。

 こいつは俺がロリ好き変態で性奴隷にされるとかの危機感は無いのだろうか?


「ノル。ちょっとは警戒しろよ。俺だって悪い奴かもしれないんだしさ」

「大丈夫ニャ! アルス良い人!」


 ニコニコしながら言われると俺も返す言葉が無い。


「あと少しあの森を抜けたらお家だからな」


 イズン師匠の家は街のはじの方にあり歩くと遠い。

 なんだか不気味で人気の無い森も通らないといけないし本当に商売やる気あるんだろうか。


「おい! ノルどうした?」


 急にノルが立ち止まると尻尾をピンと立てた。

 毛まで逆だっている。


「敵ニャ!」


 後ろから魔物が数体表れた。

 オオカミにクマと商人が売っていたやつらだ。


「久しぶりですよ。私が出ることになるなんて。まあ、いずれにしろ私が負けることは無いんですが」


 オオカミとクマの後ろからニヤニヤと下品な笑みをうかべて商人が表れた。

 

「ほら、あなたも手伝いなさい」


 商人が手招きすると、マイク・サップとレフェリーも表れた。


「お、お前ら! グルだったのか!」


 ノルを救おうとする人達をコンテストに参加させて参加費を稼いでたんだ。


「ほう。察しがいいですね。

 あなたも商人の才能がありますよ。

 どうです。私と組みませんか?

 あなたになら勝てそうだと思う連中が次から次へと表れてガッポガッポ儲けられますよ」

「ふざけるな! 金のために他人の人生をなんだと思ってるんだ!」


 現実世界で氷河期の運命にさらされてきた俺は金儲けのために他人の人生を踏みにじる奴が許せなかった。



---



 オオカミやクマの魔物は粉々に砕き、他の3人はケガをしない程度に殴りつけた。


「もう二度と俺にもこのノルにもかかわるな!」

「は、はい!」


 3人共、オオカミやクマを粉微塵にした俺を見て震え上がっていた。

 一目散に街の方へと逃げていった。

 二度と近づいてこないだろう。


「あ、ありがとうニャ! やっぱりアルスは良い人ニャ!」


 ノルが抱きついてきた。

 尻尾を振って、すりすり頬や腰をなすりつけてくる。

 昔飼ってた猫も同じだったな。

 なんだか、懐かしい。


「お、おい。こら、くっつくな。」

「愛情表現ニャ!」


 すりすり、すりすり、ノルのやつの尻尾や耳は猫のそれと触り心地が一緒で気持ちいい。

 こんな場面、誰かに見られたら変態王子の称号を得そうだ。


「ねえ! 何やってんのさ」


 振り向くとイズン師匠が居た。

 イズン師匠のジト目が俺につきささる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る