第3話 彼女を喜ばせよう ~大いなる力を使った後の件~
「これでわかったでしょ。アナタはとにかく強いの」
イズンは右手に持っているリンゴを食べて回復し俺を連れてギルドに戻ってきた。
回復魔法の応用でRPをアイテムとして具現化しているらしい。
魔獣マウスとの戦闘で死にかけたのが嘘のように注文した料理をモリモリ食べながら話している。
「大いなる力は、その責任をともなうのよ。わかった?」
「はあ、まあ……」
いまいち実感無いが全力でぶん殴って数キロも先の山を消し飛ばすとか相当危ない。
つーか、俺はこんなに強かったのかとワクワクしてきた。
とりあえず当面は魔物という魔物をぶっとばしまくって金を稼ぎたい。
「聞いてるの?」
「師匠だってさっきからモゴモゴ食べながら話してるし、そんなに心配してないでしょ?」
「失ったRPを回復するには食べるしかないのよ」
「大丈夫ですよ。街なかでは大人しくしますし、外で魔物を倒すだけですよ。それに俺にこんな力があるなんて知れたら色々面倒なことも起こりそうだし」
面倒事が起きるから隠すって言うより無職で弱そうな少年が実は最強とか。
憧れてたんだよなぁ。
いよいよ異世界ライフが楽しくなってきたぜ。
「それじゃあさっそく行ってきますね!」
「ちょっと待ちなさい。アナタ一人じゃまだ危ないわよ」
「へーきへーき! それじゃ!」
「ちょっと何アタシの料理取ってるのよ」
イズン師匠の皿から焼いた骨付き鶏肉のような料理を、ひとつ頂くとギルドから小走りで外へ出た。
もう追いかけて来ないだろ腹も減ったしこれ食いながら街の外へ出よう。
けっこういけるなこの鶏肉みたいなの。
うん。うまい。
街の出口へ向かっていると路地に入る小さな影が眼に入った。
「お! あれは!」
路地へ入って、ほとんど肉の無くなった骨を投げてみた。
来た来た。
猫だああああああああ!
目の前でガシガシと骨にかじりついている。
かわいい。
こいつも現実世界から転移してきたんだろうか?
ヒョウのようなレオパード模様にブラウン。
見た目の精悍さとはうってかわって甘えん坊のベンガルだ。
実家で飼っていた猫と似ている。
こいつも勝手に実家の猫と同じ名前で呼ぼう。
「美味しいか? スコグカッテル」
骨にかじりついてるスコグカッテルの背中のあたりをそっとなでた。
かじりつくのをやめてゴロゴロ喉を鳴らしながら近づいてきた。
体を擦り付けてくる。
かわいい。
「あら、フォレスト。こんな所で何してるの?」
背中のあたりをさすってたわむれている後ろから声がした。
やっぱり居るよな飼い主。
フォレストって言うのか。
「すいません。猫好きなもので撫でてました。」
そう言いながら振り向いて驚いた。
愛しのフレイヤちゃんだ!
何度でも言おう。
細身で小柄で色白で黒髪。
まさにピュアを絵に描いたような美少女。
元の現実世界では一度も話たこともなく、この世界に来てからも眺めるだけだった。
こんなことで話出来るなんて。
グッジョブ! スコグカッテル、いや、フォレストか。
「いえいえ、いいんですよ。
元々このあたりをウロウロしてのを名前をつけて食べ物をあげるようになっただけなので。
正式に飼ってるわかじゃないんです。
私は召喚者なので」
召喚者、転生して来た人々をこの街では、そう呼んでいる。
俺は元の世界では氷河期世代負け組のおっさんだし一人だけ転生していたので元々この世界の住人だったことにしている。
「召喚者ですか大変ですね。それで猫の食事の面倒まで看るなんて尊敬します」
「元居た世界のことを思い出せて私にとってもありがたい存在なんです」
「そうですか。僕も猫好きですし一緒に世話をしますよ。フォレストの食料はおまかせください!」
「それはありがたいです。
私もギルドに登録しているのですが神官で一人では外に行けなくて。
パーティーを組む仲間も居ないですし。
申し遅れました私はフレイヤと言います」
俺は知っている。
フレイヤちゃんの本名を「古伊屋」と書いて「ふるいや」、「ふるいやれい」がフルネームだ。
この異世界に合わせて「ふるいや」をフレイヤにしたのだろう。
なんだか涙ぐましい。
フレイヤちゃんを喜ばせるためにさっそく街の外へ出てひと稼ぎだ。
すぐに行くぞ。
「フォレストの事は、おまかせ下さい。
これからちょうど外に稼ぎに行く所だったので、ひと稼ぎしたらまた戻ってきますね」
勢いよく駆け出した後ろから声をかけられた。
「お待ちください! お名前だけでも」
おっといけない、俺はフレイヤちゃん知ってても向こうは知らないんだった。
「アルスです! またすぐ戻って来ますから!」
勢いよく路地を曲がりながら叫んだ。
かわいい。
丁寧だし、やさしいし、フレイヤちゃんパーフェクト。
パーティー組みましょうとか、いきなり言うのも気が引けたし、まずはフォレストの食料代一年分ぐらいは一気に稼いで俺の強さを見せつけてから誘おう。
その方がパーティー組んでくれる可能性も高いはずだ。
イケメン少年に転生して、無職最強だとわかって、愛しの女の子とパーティー組んで、やっぱり異世界生活最高!
「ヒャッホウ!!!!!!!!!!!」
思わず叫んでしまった。
街を出てもう辺りは草原になっている。誰も居ない。
思いっきり叫んでやるぜ!
「異世界ライフ最高!!!! ヒャッホウ!!!!!!!!!!!」
---
街を出て適当な魔物を倒しながら数キロは走ってきただろうか。
まったく疲れないしダメージも無い。
自分のRPがいくつなのか、わからないが底なしに感じる。
しかし、雑魚をいくら倒してもカネメの物は手に入らない。
元いた世界と物価は同じで通貨の単位が「エン」ではなく『デジ』という違いだけだ。
1円が1デジでエールという名のビールが木のジョッキいっぱいで500デジ。
卵は10個で200デジ。
草原に出る動物系の魔物を倒してもデジなんて持ってるはずもなく、肉を持って返って売っても一体数千デジにしかならない。
持ち帰るにしても毎回街に売りに戻るのは効率が悪いので持っていけない。
そもそも、力の加減がわからず殴った魔物は砕け散ってしまうので持ち帰る物が無いのだが。
人型の魔物はデジを所有しているらしいが少なくともこんな草原には出ない。
どうしたものか……。
そう言えばこの辺り見覚えがある。
魔獣マウスの出現した場所だ。
魔獣の甲冑や何かしら所有しているアイテムなら高く売れるかもしれない。
この辺りを探索してみよう。
時間もかからず怪しげな場所が見つかった。
如何にも何かを封印しているような黒い祠が二つ並んでいる。
大きさは二階建てほどの一軒家ぐらいあり前面いっぱいに扉ついている。
そして1つは扉が開いていて中から何かが飛び出たような跡がある。
これは魔獣マウスが封印されていたんじゃないだろうか?
と、すると、もう1つの祠にも魔獣クラスの何かが封印されているんじゃないだろうか?
とりあえず封印しているような文字の書かれた扉をあけてみよう。
どれだけ弱く殴るか? に気を使ってるぐらいだし魔獣マウスも一撃だった。
何とでもなるだろう。
扉をひっぱるとあっさりと開いた。
俺が尋常じゃない力を持ってるのか、それとも元々開きやすかったのかはわからないが、
スーッと自動ドアのように音も無く扉は開いた。
強烈な咆哮と共に砂煙が舞い。
ドアの中から黒い3体の何かが飛び出した。
砂煙が少しづつ晴れてくると畏怖と威圧を迫るような様相が現れた。
「ブラックドラゴンだあああああああ!」
しかも、3体同時出現。
自分の生命の危機に関わるのであれば、ションベンちびって逃げ出す所だが無敵の俺にとってゲームで見るグラフィックと何らかわりない。
リアルの方が何万倍もリアルでカッコいい。
今にも1体襲って来そうだが、今回は粉々にしたり遥か彼方にぶっとばしてはいけない。
力を可能な限り弱くしよう。
ゆっくり弱くだ。
「今だ!」
ブラックドラゴンの顔面を殴ると30メートルほどブラックドラゴンがぶっとんだ。
地面に2回バウンドして墜落した。
「やったか?」
地面から起き上がったブラックドラゴンは甲高い雄叫びをあげると遠くへ逃げていった。
弱すぎた。
さすがにブラックドラゴンともなると強いらしい。
大丈夫、あと2体いる。
逃げられる前に先制攻撃だ。
さっきの力の倍ぐらいでやってみよう。
もう一体のブラックドラゴンはあっけなく砕け散ってしまった。
「ヤ、ヤバい……あと1体」
さすがブラックドラゴン逃げる様子は無い。
次は最初の弱い力の1.1倍ぐらいだ。
雄叫びと共にブラックドラゴンが特攻してくる。
そぉっとだ。
「オラァ!」
掛け声はデカく、力は弱く。
ブラックドラゴンはその場に墜落した。
地面に落ちてピクリとも動かない。
「やったあああ!」
近寄ってもピクリとも動かない。
うまい具合に倒せた。
さて、ドラゴンと言えばツメやキバだ。
ツメとキバを1つずつ折って持って帰ろう。
ツメとキバを取り出すのに少し苦労した。
鶏肉から骨を抜くような、なんとも気持ち悪いぶにゅっとした感触でなかなか取れず苦戦した。
力を入れすぎていくつか砕いてダメにしてしまったが最終的に綺麗に一本ずつ取り外せた。
本当はもっと持って帰りたいが、重さはともかく大きさ的に両脇にかかえるだけで精一杯。
無限に物が入る便利な道具とか魔法が必要だな。
この異世界は無駄に色々とリアルなので困る。
しっかし、いくらの値がつくかな? このツメとキバ。
猫のフォレストの1年分の食べ物に住処まで用意して、それでも余裕あったら愛しのフレイヤちゃんにアクセサリーでも買っちゃおうかな。
この世界なら実用的な装備やアイテムの方が喜ばれるかな?
これがきっかけで最終的に俺の嫁的な展開も。
夢が広がるうぅぅぅ。
「街へ戻るぞおおおおおおおお!」
---
街の近くへ戻ると入口の門のあたりが倒壊していた。
付近の2,30軒ほどの建物がグシャグシャに潰れている様子もわかる。
ブラックドラゴンのツメとキバを放り出して街の中へと急いだ。
「一体何があったんだ?」
城壁で囲まれ魔法陣で上空からの魔物の侵入も防ぐこの安全な街に何があったんだ。
道の至るところでケガ人が回復魔法などの手当を受けている。
イズン師匠は回復効果のあるリンゴを次々に生み出して街の人に配っている。
「師匠! 一体何があったんですか?」
「ブラックドラゴンよ。
なんでまたあんな魔物が出てきたのか。
しかも手負いで錯乱状態
アタシでも追い払うのに苦労したわよ」
「ブ、ブラックドラゴンですか……」
「ん? どうかしたの?」
俺だ。
調子にのっていてすっかり忘れていた。
俺が取り逃したというか、こんなことになるなんて想像もしなかった。
「し、死者は居るんですか?」
頭のてっぺんから背中にかけて寒気を感じ、汗がしたたり落ちる。
冷や汗だ。
どうか死者は居ませんように。
「今の所居ないね。
ほれ、あんたもこのリンゴ持って街なかでケガしてる人にわたしてやりな。
チンタラやってたら本当に死人がでるよ」
「わ、わかりました!」
無我夢中で師匠のリンゴを受け取っては配り繰り返した。
もう二度とこんな思いはしたくない。
師匠の言葉「大いなる力は、その責任を伴う」を何度も何度も繰り返した。
道を歩いているだけなら人を殺すことはまず無い。
だが、自転車ではどうだ? 人を殺す可能性が多少ある。
車になったらどうだろう?
大きな力は、その力を制御出来る者しか扱ってはダメなんだ。
俺は、自分が強くなったことで浮かれているだけだった。
幸い死者は出なかったようだ。
師匠には落ち着いたら本当の事を話そう。
ブラックドラゴンのツメとキバを今取りに行くことは出来ない。
結局、成果なし。
猫のフォレストの様子でも見に行こう。
フレイヤちゃんも居るかもしれないし念の為安否も確認したい。
路地は入口から離れているしブラックドラゴンもそこまでは侵入していないので大丈夫だろう。
---
猫のフォレストの居る路地へ入るとフレイヤちゃんがしゃがんで居る後ろ姿が見えた。
フォレストにご飯でもあげてるのかな?
何て呼びかけよう。
心の中でフレイヤちゃんといつも呼んでいるが、実際に呼びかけたことはない。
フレイヤと呼び捨ては失礼かな?
フレイヤさんってのもよそよそしいし。
フレイヤ様は変態だと思われそうだ。
よし、フレイヤと呼び捨てで行こう。見た目もイケメンだし多少強引なぐらい許されるだろう。
「フレイ……」
呼びかける前に気配で気づいたのかフレイヤがこちらを振り返った。
涙で顔はグシャグシャになっている。
必死に抱きかかえる塊は猫のフォレストだ。
「ご、ごめんなさい。
死んじゃったの。
アナタが戻ってくるのを待とうと思って街の門の近くに連れて行ってしまったの」
「し、死んだ……」
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