うま過ぎる話はだいたい嘘
「何にもない部屋ね」
聖女様はローブを脱ぐと、少し悩んでからベッドにちょこんと腰かけた。
俺は受け取ったローブをハンガーにかけ、
「飲み物はいかがなさいますか?」
そう問いかけながら、カーテンのかかった窓を見た。
今日は風のないキレイな月夜だったが、窓の外からコトリと音が聞こえた気がしたからだ。
ここは二階で、この館に住んで三カ月たつがネズミ一匹見たこともない。
俺は聖女様から見えないように、クローゼットにしまっておいた拳銃を胸ポケットにしまった。
振り返ると、聖女様は人差し指をアゴにあてて困ったように首をひねる。
その姿は無邪気な少女にしか見えなかったが、うまく表現できない違和感を覚えた。
「ではお勧めのモノを」
俺は壁の受話器を取って、
「モンタの白、ボトルで」
店で一番高いワインを注文する。
しばらくするといつものウエイターではなく、エリック座長が山盛りの氷が入ったアイスペールとグラスを運んできた。
「お部屋を最上階に変えることもできますが」
「いえ結構よ」
座長のことばに聖女様はそう答えると、もう一度ゆっくりと部屋を見回す。
「気をつけな」
帰り際偶然を装ってエリック座長が俺に近づき、ぽつりとそう呟いた。
二人っきりになると聖女様がグラスを手に取って微笑んだので、俺がワインを注ぐと、
「そんなに緊張しなくても」
そう言って小さなため息をついた。
俺は緊張しているのだろうか?
苦笑いしながら小さく深呼吸して腹の下側にある『
柔術やヨガにも伝わる、気を落ち着つけて集中力を上げる呼吸法だ。
賭けはあまり得意じゃないが、状況がそれを許してくれそうにない。
そしてもう一度確認のため自分の部屋をぐるりと見回して……
「それでいったい何の話でしょう」
覚悟を決めて、探りを入れてみる。
「まずは謝りたくて…… あの時は陛下がいたから、ああするしかなかったの。それから、烙印の呪いを解いておこうと思って」
「烙印の呪い?」
「ええそうよ、あの烙印は陛下の命令で特殊な呪いがかけてあるの」
俺は自分の首筋を触りながら、城であったことを思い出す。
家畜のように焼きごてを首筋に当てられたが、しばらくすると痛みと共に魔法陣のような模様も消えていた。
「それは『悪魔の加護』と呼ばれる呪いで、術者は対象の能力を一時的に奪ったり増幅できたりするの。それに位置を把握したり、罰を与えたりすることもできるわ。今消えているのなら、もう身体に順応してるのね」
能力を制限して罰を与えたりできる。それじゃあまるで、孫悟空にかけられた頭のわっかみたいだ。
話を聞く限りではそれより応用性が高そうだが。
「そんな便利なものなら、解く必要などないでしょう」
俺が疑問に思ってそう聞くと、
「術者は陛下なの。正確に言うと、その術の存在を知る皇族の『能力者』だけが使用できるのよ。教会には何のメリットもない」
聖女様はしれっとそう言ってワインを一口飲んだ。
それでは帝国と教会が反目しあっているのを認めるようなものだが……
「これでもあたしは初めからあなたを認めてるのよ。召喚の門をくぐった以上、女神から何らかの加護は受けてるはずだし。それに紛い物とはいえ、選ばれし者であることも確かなのだから」
勇者として召喚された者は、前世で何らかの実績を残した者ばかりだという。
格闘技や武術に秀でた者や、科学や医療の高度な知識を持つ者。
あるいは有名ゲーマーや
真美ちゃんもネットの『戦略ゲーム』では知る人ぞ知る有名人らしい。
「買いかぶりすぎですよ、見ての通り何の変哲もないただの男です」
俺が降参とばかりに両手を上げると、
「さあどうかしら。今代の勇者が随分とご執心のようだし、あなたを取り合ってたのはエリザベータ・トゥ・マルセス…… 元公爵家で皇族の血を引く娘だし、もう一人はもっと面白そうな人物だったわね。ねえ、知ってる? 人の価値って言うのは自分が決めるものじゃなくて、勝手に周囲が決めつけるものなのよ」
教徒を諭すように、そう言って微笑む。
その笑顔は優しく吸い込まれるような魅力があったが……
窓がやけにガタガタ揺れたし、その度に部屋の気温がどんどん下がってゆくような気がして、あまり話に集中できなかった。
「それで呪いを解く代わりに俺に何をしろと」
腹の探り合いでは到底勝てる気がしなかったから直球を投げてみると、
「簡単な事よ、あなたに勇者になってほしいの」
楽しそうに微笑みながら……
聖女は優雅にグラスのワインを飲みほした。
+++ +++ +++
真美ちゃんは初めてこの店に来たとき、
「戦争に勝つにはぶちゃけ最新技術と物量なのよ。確かに戦略も重要だし、運とかも左右するけど」
そう言って、自分のチート『アンリミテッド・ウェポンズメーカー』の説明をした。
「同じ剣と魔法の世界の枠内にあるチートを選ぶなんて、あたしに言わせればただのバカよ。たとえ個人がどれだけ強くてもスポーツじゃないのだから魔王は倒せない。それに、聞けば相手は軍勢じゃない、ならまず同じ土俵に乗らないことが基本なの。チートって、本来そう言うものよ」
そこで現代の兵器を好きなだけ『召喚』し、それを『複写』できる能力を女神に求めた。
そして『アンリミテッド・ウェポンズメーカー』は戦争シュミレーション・ゲームのように自分の作成した武器を持つ軍勢を『統括指示』できる能力もある。
「これなら直接あたしが戦わなくても魔王軍に勝てるわ。織田信長もジュリアス・シーザーも戦略家だけど、火縄銃やローマの土木建築技術がなかったら勝てなかったはずよ。だからあたしの戦略論と現代最新兵器でこの戦争は終わるの」
その話を聞いて、俺は素直に感心したが……
信長もシーザーも部下に暗殺された。
――それは決して偶然じゃない。
最新技術で勝ち取った天下は、いつだって横からさらわれる。
それは歴史が証明していた。
真美ちゃんが台頭すればするほど、すぐ近くで明智光秀やブルータスが微笑んでいるはず……
俺は明智光秀やブルータスにしては色っぽ過ぎる青髪の女性を眺め、
「なぜ?」
素直にそう聞いてみた。
「民権運動の話は知ってる?」
聖女様は体にフィットしたミニスカ・シスター服からこぼれる美しい足を組み替え、大きな胸をボインと揺らした。
そのエロっぽい足の組み替え方に、確信が深まる。
「噂程度には」
歴代の勇者が伝えたのは文明技術だけではなく政治的思想もあったようで、民主化運動も活発になり始めている。
そしてその活動を教会がバックアップしているという話は有名だ。
「まあだいたい噂のとおりよ。で、帝国に対抗する
「それを帝国が認めるとは思えませんが」
俺をこの世界のジャンヌダルクにでもしたいのだろうか。
「話し合いで解決できる時期は過ぎちゃったの。それに今代の勇者ちゃんのチートは決定打だったしね」
そう言いながら、青く澄んだ髪をかき上げた。
同時にピリピリと空気が震撼する。
「じゃあ彼女の命は……」
「あなたが求めるなら教会が保護してもいいわよ、このままじゃ帝国に使い捨てされるのは見えてるのだから、悪い取引じゃないでしょ」
そして聖女はゆっくりとシスター服の背のボタンを外すと、見せつけるように肩まで脱ぐ。そして、改めてその姿を見て俺は驚く。
前の世界の感覚なら十代後半ぐらいの年齢だと思ってたが、大きなタレ目のせいで目測を誤っていた。
あれはどう見ても前の世界なら二十代半ば以上の顔だ、大人ロリってやつだ。
なんて危険な…… 俺の好みの一つじゃないか。
「それから教会での地位と高額な報酬を約束するわ。あなたは勇者と同じ世界にいたのだから、男女の価値観が違うのでしょう…… 求めるならこんな場所で働くより良い女をたくさん抱かせてあげる。教会の若い女の子たちはキレイで飢えた獣のように精力旺盛よ、何なら…… あたしもお相手してあげていいし」
そして体の前で腕を組み、服越しに大きな胸を持ち上げた。
俺は深い谷間から見えた黒いブラジャーを確認して確りと目に焼き付けると、今日もパンツは黒だろうと予測した。
「前の世界で学んだことがあります」
そして深々と頭を下げる。
「なにかしら」
その声を聴きながら、胸ポケットにしまっておいた拳銃を取り出して顔を上げた。
「うま過ぎる話はだいたい嘘です」
「あら、そんなものがあたしに通用すると思ってるの?」
聖女は驚きもせず、楽しそうに笑いながら足を組みかえた。
「スカウトはダメ元ぐらいの感覚でしょう、どう考えたって俺を殺した方が早い。それに、ここまで話したってことは…… 断れば俺の命はないのでは?」
俺がそう言うと、また部屋の温度が下がる。
この感覚は昨夜味わった。
間違いなく何らかの魔法がこの部屋に張り巡らされたのだろう。
「そうだったけど考えが変わったわ、頭のキレる男は嫌いじゃない。ねえ本気で考えてみない?」
「これが交渉でしたらもっと誠意を見せなくては、信用なんてできませんよ」
初めから自分の手の内を隠して、美味しい事ばかり話すのは安い詐欺師の手口だ。支配人の忠告がふと頭をよぎったが……
俺は拳銃の引き金に指をかけ、窓に向かって立て続けに三発発射する。
「あら残念ね。逃げようとしても無駄よ、その程度じゃああたしの閉鎖魔法や遮断魔法はびくともしないわよ」
銃弾は三発ともカーテンを揺らして部屋の中にポトリと落ちた。
聖女の薄い唇が愉悦に歪んだが、
「しかし、振動は外に漏れたでしょう」
余裕の態度の聖女にそう告げる。
閉鎖魔法や遮断魔法にも穴はある。
今まで真美ちゃんが躍るたびに、振動が外に漏れてる話は聞いていた。
「少し振動が漏れたぐらいで何か起きるの?」
「今日は風もないキレイな月夜でしたし、この館にはネズミ一匹いない」
だからいるとしたら覗きの好きな女性だろう。
真美ちゃんかニーナさんか、そこは賭けだと思っていたが……
「あたしに当たったら、どうするつもりだったの!」
窓を蹴破って入ってきたのは、鬼の形相の金髪美少女だった。
――やはり俺には、賭けは向いていない。
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