貞操逆転異世界の紳士(変態)勇者伝 ~その男は仮面を被り魔法を超えるマッスルで異世界を救う~

木野二九

誕生! 仮面のマッスル紳士

チュートリアルをありがとう

紳士たれ Be gentleman

【紳士】

 性質や品行が正しく、礼儀に厚く、学徳の高い男性。

 英語のジェントルマン(gentleman)の訳語、淑女レディー(lady)の対語であり、知性や教養が豊かで、礼節や信義をわきまえた人の称。


 紳士たれ(Be gentleman)は、俺の人生の規範でもある。

 真の男とは深い知と愛をもち、自分の良心に従って行動するものだからだ。


 また、インターネットスラングでは「紳士」と書いて「変態」と読むこともある。


 ――アキラ君の俺様辞書より






「奥様、こちらのベントレーはそろそろ車検となりますが」


 その四十歳後半の女性は厚化粧の下のシワをほころばせ、俺の手を握ってくる。

「新しいのに変えようかしら、何かお勧めの車のカタログでも持ってきて」

 

「同じような英国車でしたらジャガーの新型が出ております。あとやはりロールスロイスはお勧めですね」

「任せるわ、そんなことより今晩時間ある?」


「それでしたら今晩いつものホテルのラウンジで…… カタログをお持ちします」

 俺がそう言うと女は嬉しそうに微笑み、痩せたシワだらけの手を離す。



 お屋敷を出て、営業車のBMWに乗り込んでも高級香水の匂いが鼻をつく。

 俺は移り香のするジャケットを助手席に脱ぎ捨て、ウィンドウをいっぱいに下げながら、昼下がりの高級住宅街の道を急いだ。


 今月のセールスはあまり良くない。

 貿易で栄えたこの街の金持ちは、関税引き上げとか輸入規制のあおりをまともに食らっているからだろう。


「彼女も、もうそろそろいい歳だからな。安全装備の充実した車をピックアップしとくか…… 英国車好きだがボルボとかも良いかもしれない」

 ため息をつきながらネクタイを緩めていると、突然目の前の車道に制服姿の少女が飛び出してきた。


 中学生…… いや、今時のJKにしては珍しく地味な姿だが、体格からして多分高校生だ。


 幼い顔立ちに、おかっぱ頭のようなストレートの黒髪と大きな黒縁のメガネ。

 スカートも膝下十センチはある真面目ちゃんスタイルだが、ブレザーを強引に押し上げる凶悪な胸周りが異様に目を引く。


 スマートフォンでも操作ているのか、うなだれた状態で足元もおぼつかない。


「くそっ!」

 ブレーキを底まで踏み込むとABSのショックがガクガクと伝わってきたが、少女との距離が近すぎてどう考えても間に合いそうにない。


 歩道側に人がいないことを確かめて…… 俺は覚悟を決めて、そちらに向かって急ハンドルを切った。


 全く、紳士に生きるのも楽じゃないな。

 俺は高速で迫り来るコンクリートの壁を眺めながら、優雅にため息をついてみた。



  +++  +++  +++



 ガキの頃から自分の顔が嫌いだった。


 親父の顔は見たことがないが、水商売の母は俺の顔を見るたびに、

「お父さんに似てきたわ」

 嬉しそうにそう言った。


 しかし男か女かわからないこの顔つきで、得をしたなんて思ったことは一度もない。中学や高校時代もオタク連中は「リア充だよね」とか言って俺を避けていたし、不良連中はなよなよとした俺を馬鹿にしていた。


 もちろんクラスの人気者たちのグループとは接点すらない。

 なぜか彼らは、腫物でも触るように俺を避けていたしな。


 だから俺はどんなグループにも属さず、教室の片隅で本ばかり読んでいた。


 たまに興味本位でクラスの女子が話しかけてくることがあったが、関係はいつも長続きしない。


「アキラ君って、正論ばかりでなんかつまんないのよね」

 決まってそれが、彼女たちの捨て台詞だった。


 高校卒業を間近に控えると、母が置き手紙一つ残して新しい男と蒸発したが、恨んだりはしていない。

「アキラちゃんが何考えてるのか分からなくって、悪いお母さんでごめんね」

 あまりにも無責任な母だったが、十八歳までこんな俺の面倒を見てくれたのだから、むしろ感謝している。


 生きていくために水商売というのも考えなくはなかった。しかし、母と同じような生き方を選ぶのが嫌だったんだろう。


 数回の転職を経て、今は高級外車のセールスマンしている。


 売っているのは車だが、金持ちマダムたちが上顧客だ。 ――ある意味水商売と変わらない。いや、考えようによってはそれ以下かもしれないが、俺はいつも紳士として生きようと努力していた。


 不良だった連中は社会に出ても「俺たちはクズだ」と言うし、オタク連中は「自分は社会の底辺」だなんて言うが……


 奴らよりクズで底辺な生き方は沢山ある。


 どんな仕事であれ額に汗して働くのは尊いし、たとえ引きこもったとしても、親のすねをかじれるのなら羨ましい限りだ。


 まあ、世の中には俺よりも苦労しているやつがいっぱいいるから、俺も今の状況にそれほど不満があるわけじゃない。


 大変なのは誰だって同じだ。


「紳士たれ」


 記憶の最後に誰かの言葉が聞こえてきた気がしたが、

「うまくいかなかったけど、そうしてきたつもりだ」

 もう一度優雅に微笑んでみた。



 たぶんここが死後の世界とか、三途の川とか、そんな場所だろう。


 上も下もわからない真っ白にぼやけた世界で、二十六年の短い生涯を振り返っていたら、目の前に突然女神を名乗る美しい女性が現れて、

「ごめんなさい巻き込んじゃって、これは私のミスで……」


 派手なピンク色の髪をブンブン振りながら、俺に向かってペコペコと頭を下げてきた。



  +++  +++  +++



 強く頭をぶつけたせいで、変な夢を見ていると信じたい。


 女神のレクチャーが終わると、

「勇者殿、よく来てくれた。魔王を倒すべく我らに力を貸して欲しい」

 中世ヨーロッパの城の一室か、歴史ある教会の大聖堂のような場所で寝転がっていた。


 石畳の床に煉瓦造りの壁。

 天井は高く、ステンドガラスから漏れる光が淡く俺を照らしている。


 周りにはゲームや漫画で描かれる魔法陣のようなものが輝き、ドレスや修道服や騎士のような服を着た美しい女性たちが俺を見下ろしていた。


 髪の色は派手な金色やグリーンで、妙に服の露出度も高く、何だかコスプレ・パーティーみたいだが。


「召喚の儀は成功したのか」

 豪華なドレスを着た女性が、苛立ちながら先ほど話しかけてきた修道服の女性に話しかける。


「はい皇帝陛下、しかし……」

 青い髪に青い瞳の修道服姿の女性が、俺の顔を見て不思議そうに首をひねった。


「ふん、余計なものが混じってきたと」

 豪華なドレスを着た金髪碧眼の気の強そうな女性は、俺と俺の後ろを交互に見る。


 なんとか体勢を変えてドレスの女の目線を追うと、そこには制服姿のおかっぱ少女が倒れていた。


 目は閉じられていたが、呼吸に合わせて例のけしからんサイズの胸が大きく上下している。

 見た感じ怪我もない。


 夢なのか現実なのかはっきりしないが、彼女が生きていたことに安堵すると、

「聖女マリエラ、どうするつもりだ」

「はい…… 余分なものからは、やはり何の魔力も感知できません」

「勇者殿は?」


「問題ありません。魔王を討伐しうる強い魔力と、特殊なスキルが感知できます」

「なら厄介事を招く前に余分なものはこの場で殺すか、どこかに捨てるかだな」



 昔同僚だった下柳が異世界転生モノのラノベやアニメやゲームのファンだった。

 俺も奴から勧められて、そういったゲームをプレイしたりアニメを多少観たりしたが……


 状況はそれに近い。


 どちらも十代後半にしか見えない陛下と呼ばれた女性と聖女との会話が終わると、後ろに控えていた兵士のような服を着た女性たちが剣を抜く。


 たとえ夢でも、せっかく助けた少女が殺されるのは嫌だ。


 それに陛下と呼ばれた女性も聖女と呼ばれた女性もスカートの丈が短すぎて、この位置だとパンツが見えている。


 この状態は紳士としての俺の生き様にも反しているだろう。


 陛下の白いレースのパンツと聖女様の黒いパンツを確りとまぶたに焼き付けた後、力を振り絞り、何とか立ち上がろうとしたら、

「動くな! 余分なもの。抵抗さえせねば、命までは奪わん」

 兵士たちの剣は、全て俺に向いた。


 夢とは信じがたい殺気のようなものが剣先から伝わり、背筋に冷たいものが走る。

「えーっと……」

 俺は両手を上げて降参の意を伝えた。


「やはり男など使い物にならんな」

 陛下と呼ばれた金髪碧眼の女性は、震え上がっている俺をゴミでも見るような目で俺を見下して、ニヤリと笑い。


「タダで放り出しても我が兵が取り扱いに困るだけだろう。烙印でも押して、城下町にでも捨てておけ」

 そう叫ぶと聖女と呼ばれた女性をもう一度睨み、ドレスを翻して去っていった。

 おかげで引き締まったお尻とそれを包む白いレースのパンツがまた見えてしまったが……


 俺は兵たち囲まれて、罪人のように引きずられる。

 横目で倒れていた少女を確認すると、聖女と呼ばれていた女性が介抱するように近づいて行った。


 と、なると。

 彼女が勇者で、俺が余分なものなんだろう。


 随分と理不尽な夢だなあと、その時俺はまだのんびりと構えていた。




「陛下の慈悲だ、殺されなかっただけ幸せだと思え」

 美しい女性兵たちに身ぐるみ剥がされ、家畜のように焼き印を首筋に押され、ボロ布一枚で門の外に蹴り出される。


 俺がそっちの趣味だったら、いくら払えばいいかわからないぐらいのプレイだった。


 皆スタイルも良く、緑や赤や黄色の派手な髪や瞳の色で、コスプレ・エロ同人のような魅惑? の戦闘服を着て、


「なかなかいい体つきね」

 いやらしい目つきで、乱暴に服を脱がされる俺の体をじろじろ見たり。


「ねーこいつ、ヤッちゃダメ?」「バレなきゃいいんじゃない?」

 ワイワイ騒ぎながら、素っ裸になった俺をエロ親父のような視線で眺めたり。


「ふふっ、良い顔。しばらくおオカズに困らないわ」

 焼き印を押すために押さえつけてきた巨乳の女性兵が、苦痛に歪む俺の顔を覗き込み、可愛らしい垂れ目を愉悦に歪めたりした。


 魔法? のせいか、皆力が強くて抵抗できなかったし……

 やたら俺の身体を触ってきたり、自分の胸や太ももを擦りつけてきたことが気になった。


「まあ、若い美女・美少女に囲まれてちやほやされたと思えば役得か」


 何とか俺は立ち上がって言われた通り街に向かって歩き出し、なかなか覚めない夢と折り合いをつけようと周囲を観察する。


 空腹や烙印を押された傷が痛み、その辺りはやたらリアリティがあったが、街や人々の姿はでたらめそのものだ。


 基本中世ヨーロッパの建築様式だったが、近世に至らないとないんじゃないかと思うような物や、どう見ても現代にしかないんじゃないかと思うような物も溢れている。


 屋台を覗くと漫画でしかお目にかかれないようなでかい肉をコンロで焼いていたが、どう見てもガス・バーナー式にしか見えなかったし、飲み物もビールサーバーのようなものから注がれていた。


 絶対あれは良く冷えている。


 客は女性ばかりで、給仕をしているのが男。

 店内には海岸でうまそうにビールのようなものを飲む、男の水着のポスターまで貼ってある。


 大通りを歩く人々も女性が多く、やはりエロ同人のようなコスプレをしていた。

 男も見かけないことはなかったが、隅の方をコソコソと歩いているか女性たちの後で荷物持ちしているかぐらいだ。


「俺が知ってる異世界系のゲームやアニメとも、なんか違うような気が……」

 疲れすぎてて妄想が行っちゃいけない方向性にトリップしてるんだろうか?


「あっちの趣味はなかったはずだけどな」

 マゾでもないし、恥辱趣味もなかったはずだ。


 こんな夢を見ている時点で、深層心理ってやつで何かが疼いているのかもしれないが…… まあでもここがゲーム的世界だったら、そろそろ美少女を助けてフラグが立つようなイベントが発生するのだろう。


 説明好きの下柳から、こういったゲームやアニメの「テンプレ」というのを聞いていたから、多少の知識はある。


 俺がやれやれとばかりに首を振りながらため息をついていると、

「兄さんどうしたんだい、暇ならあたし達が遊んであげようか?」

 突然3人組の少女に声をかけられた。


 ゲームなんかでよく見た冒険者をイメージしたコスプレ衣装を着て、三人とも腰から剣をぶら下げていて、歳はどうみても十代の半ば。


 声をかけてきた少女はオレンジ色のウェーブがかかったロングヘアに、大きなツリ目が印象的だった。


 三人ともスタイルも良く、引き締まった肢体を惜しげもなくさらしている。


「この辺りのことを知らなくてね、案内してもらえると嬉しい」

 着ているものはボロだが、俺は紳士らしくそう答えた。


 高校生なら、学年トップを争うほどの可愛らし娘ばかり。そんな娘たちが逆ナンってこともないだろうし、剣を持っていても相手は年端もない少女。何が起きるのかちょっと興味が湧いたのも事実だ。


「へへっ、じゃあ任せて」


 するとちょっとエロい笑顔を浮かべ……

 オレンジ色の髪の少女は俺の手を強引に握りながら、路地裏に向かった。

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