2章8話 27日20時 イヴ、ベッドの上で不安を打ち明ける。(2)



「それで……イヴはどうしたい?」


 と、ロイは慎重に、言葉を選んでイヴに訊く。

 意図的に、七星団とか、入団とか、そういう言葉を使わなかったのだ。


 対して、イヴは無言。

 ゆえに少し待ってから、これ以上待ってもイヴは言葉を出せない、と、そう判断したロイはやはり、なるべく言葉を選んで、彼女の意思を尊重するように彼女に言う。


「もちろん、ボクはイヴに戦場に立ってほしくない。イヴは大切な妹だから。でも、ボクがそれを言うのが間違っている、っていうのも自覚している。なんたって、イヴにとってボクは兄さんなのに、戦場に立って、しかも一度は本当に死んでいるからね。なのにボクがよくてイヴはダメ、って主張したんじゃ、矛盾しちゃうよ」


「うん……」

「だからボクはイヴの意思を尊重するけれど、1つだけ言えることがあるなら、怖いならやめておいた方がいい」


「結局は戦えないから? 周りに迷惑をかけちゃうから?」

「もちろんそれも否定できないけど……精神が、心が擦り減って結局、イヴが一番損をするからだよ」


 その言葉には子どもの発言とは思えない、常軌を逸した重みがあった。

 流石はロイと言ったところだろう。まだ中等教育の上位の生徒とはいえ、実際に敵を殺して、最初から死んでいるとはいえ、グールに限って言えば100体以上を斬り伏せて、死に物狂いで戦場を駆けて、そして最終的には本当に死んで……それは実際の戦争、人殺しを経験しないと出すことが不可能な凄みだった。


 彼の実体験が全てを語っている。

 要は、心が擦り減ったら、すぐに死んじゃうよ、と。


「でね、イヴ?」


「……うん。なに、お兄ちゃん?」

「正直に言うと、ボクだって七星団に在籍しているけれど、四六時中、心が平穏ってわけじゃないんだ。当たり前だよね。ボクは騎士――言い方を変えれば、人殺しなんだから」


「なら……」

「それでもボクが不安に押し潰されていないのは、心を犠牲にしてでも、守りたい誰かがいるからなんだ」


「――――」

「当然、イヴもね」


「――わたしも?」

「うん。だからイヴも、もし、自分の意思で戦うことを選ぶのならば、戦う理由だけはキチンとしておいた方がいい。ありきたりだけど、戦闘経験者が口を揃えてその重要性を何回も語るから、それはありきたりなんだ」


 すると、イヴは無自覚に表情かおに陰りを落とした。

 セシリアが口にした2つの提案。センサーの件は即答できたのに、なぜ、入団の件は即答できなかったのだろう? と、イヴは自問自答する。


 センサーの件に即答できた理由は簡単だ。

 大好きなお兄ちゃんの役に立ちたかった、と、イヴは答えを自分の中に持っていたし、事実、セシリアにもそれを説明している。


 一方で、入団の件の方だが……イヴはなんとなく、ロイの話を聞いて、その答えを得たような気がした。

 言葉遊びのようではあるが、即答する理由がなかったのではない。即答できない理由があったのだ。


 その言葉遊びに気付いた瞬間、イヴはゆっくり、そして彼女にしては珍しく、落ち着いた声音で語り始める。


「……、……、……お兄ちゃん、お姉ちゃん。わたしはね? さっきも言ったけれど、自分でも知らなうちに、突然強力な魔術を覚えていたことが怖いんじゃないんだよ。厳密には、そのチカラが大きさの方が、よっぽど不安なんだよ」


 大きなチカラには責任が付きまとうとは、よく言ったものだ。

 恐らく、イヴは子どもながらも、なんとなくそのことに気付いているのだろう。


「そして考えてみたんだよ。それを怖いと思ってしまう理由を」


「答えは見つかった?」

「うん……、たぶん、チカラの大きさが重要なんじゃなくて、チカラの使い方がわからなくて不安なんだと思ったんだよ。持て余しているんだよね、結局」


「チカラの使い方?」

「確かに、わたしの持っている才能は光属性のモノだけれど、光属性だからって、人を守るためのモノばかりじゃないんだよ。【絶光七色】のように、簡単に人を殺せる魔術だってあるんだよ」


「それは……そうだね。少なくともボクには否定できない」

「だから、一歩でも間違えたら、人を傷付けちゃいそうで、不幸にしちゃいそうで、それが……、その……、不安なんだよ……」


 すると、今まで黙っていて、ロイに成り行きを任せていたマリアが、唐突、今まで隣に座っていたイヴのことを抱きしめた。


 イヴの顔がマリアの女性らしい豊満な胸にうずまる。

 イヴの身体がマリアの女性らしい丸みを帯びた身体に包まる。


「大丈夫、イヴちゃんはチカラの使い方を間違えたりはしませんからね?」


「お姉ちゃん……?」

「人を傷付けちゃいそうで不安、不幸にしてしまいそうで不安。それはイヴちゃんが優しい女の子っていう証明ですからね? 優しくなければ、そんな不安なんて抱けませんからね」


「確かに、そうかもしれないけれど……」

「だから、大丈夫です。最後まで優しい心を持っていれば、自然と使い方も優しいモノになっていきます。逆に、チカラを得て舞い上がっている人こそ、他人を傷付ける使い方をしている傾向にあると思いませんか?」


「――――」

「無論、今は比較的落ち着いているとはいえ、戦時中ですからね。七星団に入団したら、敵を倒すこともあると思います。けれど、その根源にあるのが、国や大切な人を守りたいという想いなら、それは正しいチカラの使い方です」


「――――」

「だから、大丈夫です」


 言い終えると、マリアはイヴの頭を優しく撫でてあげた。

 で、イヴの頭を撫でながら、ふと、マリアはロイの方に視線を向けて、彼に可愛らしくウィンクしてみせる。


「ハァ……、いいところを姉さんに全部持っていかれちゃったな」

「ゴメンなさいね? どうしても、言っておくべきだ、伝えておくべきだ、って突き動かされてしまったもので」

「まぁ、ボクと姉さんはイヴの意思を尊重するとしても、あとは父さんと母さんの許可が必要かな? 王都に滞在している時に訊いておければよかったけれど、後悔、先に立たずか」


 と、ここで、マリアの腕の中でイヴが身をよじって――、


「お兄ちゃん、お姉ちゃん」


「ん?」

「はい」


「話、聞いてくれてありがと! セシリアさんの提案を受けるか否か、もう少し考えてみるよ!」


 そして、そのまま、この日の夜は3人で寝ることになった。

 イヴが真ん中で、右にはロイ、左にはマリアという、イヴを挟むような形で。


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