第8話 ジール


 久しぶりの街だ。

 ルーを連れてここを出たのは、およそ五年前。一見、変わりないように見えるが、街の疲弊は進んでいるようだ。

 長年住んだ街を、マリアとルーの故郷でもある場所ここを捨てたのは、正解だったと思おう。


 ナミに会えたのは幸運だった。

 ルーは覚えていない様だが、マリアが死んだあと、ナミには世話になった。俺が仕事に出掛ける時は、いつも幼いルーをナミに預けて行った。

 村の利便性のため、また発展のため、ナミのような能力のある人物を探さなければ、と思っていたが、ナミ本人に会えるとは。

 是非とも協力を願いたいところだ……。


 俺とフレドは村から運んで来た革や薬草、魔石を金に替えるため、宿を出た。ルーはヨハンに街を案内すると言っていた。

 革や薬草はそこそこで、魔石は想定よりもかなり高く売れた。モンスターが居なくなってしまったので、魔石の価値が高騰しているのだろう。

 必要な物資を買って帰っても、まだまだ余裕のある額だ。だが、村の為に無駄には出来ない。


 ある程度の物資の仕入れをし、フレドには先に宿に帰るよう頼んだ。

 道端で小さな花束を売っていたので一つ買い、教会へ向かった。

 ……おそらくルーもそこに居るだろう。


「ここに居たのか」

「あ、お父さん!」

「ヨハンも墓参りしてくれたのか、ありがとな」

 マリアの墓の前に膝をつき、心の中で話かける。

 ────マリア、久しぶり……暫く来れなくてゴメンな。……ルーは十二になったよ。すっかり生意気になって、嬉しいやら困るやら、だ。お前が育てていれば、もっと……いや、元気に育ってればいいよな?……ルーは必ず俺が守るから、安心してくれ。また来るよ────。


 ルーとヨハンは、黙って俺を待っていた。少し照れ臭くなった。

「さてヨハン、神父に紹介しよう」


 神父にヨハンを会わせ、僧侶修行の許可を貰う。

「そうですか。あなた方がここに来たのも神のお導きによるものです。ヨハン、共に勉強しましょう」

 ヨハンなら必ず、良い神父になる。ルーを助けてくれた時、フレドを助けた時も……。こいつは、自分の事よりも他人ひとを優先する優しさを持っている。戦士には向かない。

 激しく人見知りをするルーが一瞬で心を開いたのは、何かを感じたからだろうと思った。

 出会ったばかりの頃は、どうって事ない少年だったが、今では立派な青年だ。そして回復にかけては相当な才能を持っている。

 偶然、シスター・メリーがやって来た。

「ルルーちゃん、大きくなって……」

 この老シスターは、マリアの出産に立ち会い、ルルーを取り上げてくれた人だ。この街の人間で、彼女に世話になっていない者など居ないだろう。

「ジールさん、こちらは?」

「ヨハンと言います。明日からこちらで、僧侶見習いとしてお世話になります!よろしくお願いします」

 ……ヨハンは礼儀正しい。ルーにも見習わせなければいけないな。

 予定より多めの寄付をして、教会を後にした。


 三人で宿に戻ると、酒場でフレドとナミが待っていた。

 自己紹介も済んでいるようだ。俺達もテーブルに着き、早めの夕飯にする。

「じゃ、乾杯しましょ。私達の再会と、新たな出会いと、ヨハン君の新しい生活に」

 俺達はビールで、ルーとヨハンは甘い果実酒で乾杯した。

「で、ジール。話って何?」

「実は……、俺は今、村長なんだ」

「うんうん、フレドから聞いたわ。大体ね。びっくりよ」

「ナミ、一緒に村に来てくれないか?」

「──ああ、なるほど。そういう事ね?」

「どういう事?」

 ヨハンが聞く。ルーとフレドも解らないようだ。

「ナミはな、補助魔法のプロなんだ。各種補助魔法に精通していて……転移ワープが使える」

「え!凄い!!」

 ワープは高度な魔法だ。かなり修行しても、一生使えない者の方が多いと聞く。ナミが若い時から使えたのは、余程才能があったのだろう。

 俺達の冒険も、ナミが居たお陰でずいぶん助かった。

 ただしワープは、術者本人が行った事のある場所にしか出来ない。

「戻って来よう、と思う場所に、ある種の結界のようなものを作るのよ。私はマーキング、って呼んでるけど」

 つまりナミに一度村まで来て貰って、マーキングして貰えば、ナミは自由に街と村を行き来できるようになる。後は、定期的に村に来て貰えれば……俺達もナミに連れられて街に一瞬でワープ出来る訳だ。

「うん、いいわよ。ただしその村に、私の家も貰える?」

「ああ、もちろんだ!大歓迎だ」

「よし、新しい住民に、もう一度乾杯だ!オヤジ、ビールくれ!」

 本格的に飲み始めた俺達に愛想をつかしたのか、ルーとヨハンは早々に部屋に引き上げていった。


「……サミエルに会った」

「あらぁ、彼、何してる?」

「なぁ、あのサミエルって奴も、昔の仲間なのか?」

「ええ、そうよ。ジールとサミエル、マリア、私でパーティーを組んでたの」

 俺は剣に特化していて近接戦では誰にも負けない自信がある。

 サミエルは剣の腕はそこそこだが、魔法も使える、希少な魔法剣士だった。

 ナミは攻撃魔法は使えないが、補助魔法のエキスパートで、ある程度回復魔法も使える。

 そしてマリアは、攻撃魔法と回復魔法の両方が使える、極めて珍しい能力の持ち主だった。

 ……俺達は、この辺りでは最強だった。誰もが、俺達が魔王を倒すことを期待していた。だが……。


「で、サミエルは何してたの?」

「……どうやら、盗賊の親玉みたいだな」

「はぁ……? 何やってんのよ、アイツ……」

「オレや、さっきの鍛冶屋と一緒かな。仕事がなくてどうしようもなくて」

「ううん、フレド。私達、お金は沢山、持ってるのよ。だってドラゴン級のモンスターを数えない切れないくらい倒したし」

「は……」

「確かにアイツは派手好きだし女好きだけど、数年で使いきれるモンじゃないわ」

「ジールもか? じゃ、何で……」

「……」

 ────俺の金は、マリアの病を治す為に使った。高額な薬草。聖水。高位の司祭を遠くから呼んで診て貰った事もある。延命はしたのだろうが、結局、ルーを産んでから二年後、マリアは息を引き取った。

 マリアの金は手付かずで置いてある。いつかルーが必要とするかもしれない。

「……残りは、少ないが、村の為に使おう」

「いいのか、それで」

「ああ。今、楽しいからな」

「……分かる。オレもだ」


「あ、いたいた。ジールさん!」

 鍛冶屋の兄弟だ。

「俺達も村に行きたい。家族達も賛成してくれた。だが……」

「今、すぐは無理なんだ……。ウチの母ちゃんの、腹がでかくて」

「それに家を処分せねば」

 俺はナミを見た。ナミが得意気にうなずなく。

「問題ない」


 次の日、俺達は食料を買い込んで帰る準備をした。村に必要な物資は最低限だけ詰め込んだ。残りは後でナミに運んで貰える。

 忙しない旅だが、村で皆が待っている。

 鍛冶屋達とヨハンが、街の入り口まで見送りに来た。

 ──ルーが寂しそうにしている。

「……お兄ちゃん、またね」

「ああ、ルルー。気をつけて」

「さあ、村の皆が待ってるぞ。行こう」


 まずは隣村だ。

 ──また、サミエルに会うだろうか。




















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