本選準決勝(全国大会を賭けた戦い) 東源高校 VS 花崎高校

第65話 準決勝に向けて練習開始

 次の準決勝で勝利すれば、全国大会出場確定ということもあり、東源高校eスポーツ部の部室を見学する生徒が増えていた。


 ただの冷やかしではなく、あきらかに熱のこもった視線で俊介たちを眺めているのだ。


 ファンないし選手志望だろう。


 もしかしたら、あの中に新たな入部希望者がいるかもしれない。部員の誰もが、そう思いながら、準決勝に向けて、綿密な練習を開始した。


 俊介は、なにげなく、ぼそっとつぶやいた。


「全国大会って言葉から、青春の響きを感じますね」


 俊介としては、本当になにげない言葉だったのだが、お笑い生徒会長の未柳が激しく反応した。


「飛び散る汗、白球を通してぶつかる魂、応援スタンドの黄色い歓声……あぁ黄金色の青春って感じ!」


 ヴィジュアル系の加奈子が、ぎゅいーんっとエレキギターを鳴らしながら、ちょっと冷めた反応をした。


「それ、野球漫画のイメージじゃないの?」


「どのイメージでもいいんだってば。大事なことは、あたしにモテ期がくるってことだから」


「失恋したばかりのくせに」


「むきー! それは言わない約束でしょ!」


「根拠のない自信は未柳のお家芸」


「なんで加奈子って、あたしにだけ当たりが強いわけ⁉」


「未柳の妄言を黙って聞いてたら、ノイローゼになっちゃうから」


「妄言!? このたぐいまれな美貌によって、男子を誘惑する美人生徒会長のあたしが!?」


「なんでそんな自信満々になってるの……?」


「部室を見学する男子たちの目線を見てみなさいな。あたし目当てって感じ」


 だがしかし、他でもない部室を見学する男子たちが「生徒会長は目当てじゃないです。kirishunの個人技をこの目で見たいだけです」と、きっぱりお断りした。


 未柳は「なんでよぉおおおお! いくらあたしが背が高いだけでチャームポイントのない女の子でも、一度ぐらいモテ期がきてもいいじゃーん!」と絶叫した。


 そんな未柳の慌てふためくさまに、加奈子は失笑した。


「やっぱり未柳って、一度も売れなかった自称アイドル歌手みたいに哀れな存在」


「きぃいいい! いつもならわからないはずの加奈子の謎比喩が、なぜか今回だけ理解できるの本当にムカツク!」


 未柳と加奈子が、あーだこーだと言い争いをはじめると、部長の尾長がやんわりと仲裁した。


「落ち着きたまえ、二人とも。今は練習中ではないか。まぁ、はしゃぎたくなる気持ちもわかるがね」


 尾長は、青いフレームの眼鏡を外すと、まるで神様に捧げるみたいに太陽にかざした。


 その動作に、俊介は興味を持った。


「なにか思い入れがあるんですか、その眼鏡に」


「これはね、小生の先輩たちからの贈り物なんだ。eスポーツ部の立ち上げに協力してくれた、恩人たちの」


「悲願ですか、全国大会出場は」


「ああ。ずっと、この日を夢見ていた。膝をケガしてバスケ部を引退してから、ずっとね」


 しみじみと言った尾長に対して、俊介はこう思った。


 三年生は、この夏の大会がラストだ。しかも尾長は高校卒業後は就職コースだから、学生としてもラストの大会になる。


 未柳の言葉を借りれば、黄金色に輝く青春における、最後の発光期間である。


 ならば大人になって光を失う前に、なんとかして尾長を全国大会へ送り届けてやりたい。


 というように、俊介だけではなく、尾長や加奈子や未柳が、勝利の美酒に二日酔いしていた。


 だがファッション部にも所属する薫だけは、二日酔いしていなかった。


「まだ全国が確定したわけじゃないんだから、練習中にふわふわしてると、花崎の高度な作戦に足元からすくわれちゃうよ」


 まっとうな正論なのだが、どうやら言った本人は少々照れ臭かったらしく、メイド服のスソで鼻のあたりをこすっていた。


 薫の羞恥心の閾値はともかく、きっと彼はノイナール学院との戦いを通して、人生の足場を固められたのだろう。


 だから俊介も、タオルで顔を拭いて、気持ちを切り替えた。


 ちょっとでも油断すれば、吉奈率いる花崎高校に敗北することになる。それではプロリーグが遠ざかるだけだ。


 だから俊介は決意をあらたにした。なにがなんでも全国大会に出場して、尾長に恩を返そうと。

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