第43話 黄泉比良坂 VS 汐留高校

 選手が入場する間に、実況解説コンビが、今年の黄泉比良坂について語っていく。


 まずは実況の佐高から。


『さっそく黄泉比良坂について触れていきましょう。まずは今年のロースターですが、美桜選手、凪選手、純也選手、真冬選手、一郎選手。この五名です』


 続いて解説の山崎。


『続いて、この五名の役割について、触れておきましょう。


 美桜 ユーティリティ/指揮官


 凪 アタッカー


 純也 タンク


 真冬 ユーティリティ


 一郎 サポート


 標準的な構成で、ユーティリティ二枚に、あとは各ポジションに一名ずつですね。とてもバランスが取れていて、どんなパッチでも柔軟に対応できます。ただし、各選手の連携が、うまく機能していればですが』


『去年もロースターに入っていた、美桜、凪の両選手に関しては、安定して良い結果を出すでしょうね。問題は他の三名ですよ』


『そもそも、この五人で公式大会に出てくるのは、今日が初ですから、どこまでチームとしての連携を煮詰めてあるか、未知数ですよ』


『それでも、この大会に関しては、普通に決勝まで勝ち進めるんじゃないですか』


『そうなると思います。【MRAF】における強豪校が、すべて反対側のAブロックに集まったんですよ。黄泉比良坂のいるBブロックには、実績のない学校ばかり集まりました。予選の動画を確認しても、それといった特徴が見当たらないので、順当に黄泉比良坂が残るでしょうね』


『一発勝負のトーナメント方式って、本当に怖いですね。せっかく予選を勝ち上がったのに、初戦から黄泉比良坂が相手だなんて』


『クジ運による不公平さを緩和するために、予選は実質のダブル・エリミネーション方式で開催したわけです。あとは実力勝負ですよ』


 実況解説コンビは、紙の資料をめくって、次の台本に進んだ。


 黄泉比良坂のページは終わって、汐留高校のページが姿を現した。


 いつものように、実況の佐高から、新しいページに触れていく。


『では続いて、私立汐留高校について触れていきましょう。学校名からわかるように、某テレビ局でも有名な汐留に建てられた新しい学校です。このあたりは埋め立て地なんですが、その埋め立てをやったのが江戸時代というのが驚きですね』


『土地そのものには歴史があるんですが、この学校の歴史は、まだ始まったばかりですね。開校して、ちょうど十年目ですから』


 解説の山崎が語った【この学校の歴史は始まったばかり】には裏の意味があった。


 どんな意味が込められているかといえば、汐留高校が円陣を組む光景を見れば、なんとなく伝わるだろう。


「黄泉比良坂だけには、絶対勝つ!」「勝つったら勝つよ!」「学力の差がナンボのもんじゃい!」「ゲームは学歴じゃなくて、ゲーム力で戦うのよ」「うぉおおおお勝つぞおおおおおお」


 汐留高校は、気合十分というより、猪突猛進であった。別の言い方をすれば、不効率なバカである。だが、ただ不効率なだけでは、解説の山崎は意味深なことを言わないだろう。


 実は、対戦カードが【黄泉比良坂 VS 汐留高校】であることに意味があった。

 

 この両校には、共通した特徴がある。


 金持ちの子息が集まる学校だ。


 ただし学力は正反対だった。


 そう、汐留高校とは、いわゆる『金持ちの家に生まれた、バカな子供たち』が入る学校なのである。


 この一点だけでも、彼らが黄泉比良坂にコンプレックスを抱く理由になるだろう。


 だが実際には、もっとクリティカルな理由があった。それは汐留高校が開校した経緯にある。


『うちの子供も、安全安心な黄泉比良坂に入れたいんだけど、あんな難しい入試を通過するなんて絶対に無理。だから黄泉比良坂と同じ設備の、安全安心な学校を作って、そこにうちのバカだけど可愛い子を入れようじゃないか』


 嫉妬、羨望、安心と安全。資産家の親たちの願望を実現する形で、汐留高校は誕生した。


 この経緯に触れてから、もう一度だけ解説の山崎の言葉を引用しよう。


【この学校の歴史は、始まったばかり】


 ● ● ● ● ● ●


 歴史も浅ければ、底も浅い。そんな生き恥みたいな学校に、半強制的に通わされている子供たちにしてみれば、なにか新鮮な目標がなければ窒息死してしまう。


 だから汐留高校では、学校単位でeスポーツ部が盛り上がった。部員数も多いし、部員以外の観客だって多かった。


「黄泉比良坂、今年こそ、うちが勝つ!」「学歴がすべてじゃないんだよ」「大事なことはハートだよ、ハート」


 汐留高校の観客席は、まるで大地が鳴動するように、盛り上がっていた。


 そんな暑苦しい雰囲気を背負って、一人の大男が声を張り上げた。


「汐留高校!!!! 気合入れていくぞぉおおおおおおお!!!!」


 彼は、昭和の化石みたいな、番長キャラだった。制帽をかぶっているし、口に葉っぱをくわえているし、学ランはビリビリに破けていた。もちろん筋肉ムキムキだし、やけに顔は老けている。


 彼の名前は、樽岡権蔵である。樽岡水産という大手水産加工業者の子息であり、将来は漁師の元締めになる男だ。


 いくら金持ちのおぼっちゃまといえど、関連業者が海の男たちである。ちょっとでも舐められたら商売が成り立たないため、いつも気合が入っていた。


 もちろんeスポーツ部を率いるときも、迫力満点であった。


 権蔵は、コンクリートブロックを正拳突きでぶっ壊すと、雄たけびをあげながら宣戦布告した。


「天坂美桜! うちの猛攻で、お前らのチームをぶっ倒してやる!」


 黄泉比良坂の部長である美桜は、涼しい顔で返した。


「お手柔らかに」


 たった一言である。だがこの余裕しゃくしゃくな対応に、権蔵は激怒した。


「うぉおおおん! またインテリにバカにされた! この屈辱は、試合でお返ししてやるからなぁあああ!」


 権蔵は、汐留高校の仲間たちと熱いハイタッチを交わしながら、試合席に入った。


「みんなで力をあわせて、あのいけ好かないインテリエリートどもに、一泡吹かせてやろうぜぇえええ!!!」


「っしゃぁおらああ!」「いくわよ、みんな!」「なぁにが黄泉比良坂じゃい」「気持ちじゃ負けないよ、気持ちじゃ」

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