MRAF(MOBA+RTS+Action+FPS/Fighting)

秋山機竜

伝説の始まり

第1話(プロローグ) 最強のアマチュアチームが解散した理由

 西暦2020年。ラスベガスのeスポーツアリーナにて。【MRAF】というPCゲームの世界大会が開催されていた。


【MOBA RTS Action FPS/Fighting】の頭文字を繋げればゲームタイトルになる。この名称からわかるように複数のジャンルを内包した対戦ゲームだった。


 そんなゲームの世界最強を決める大会は、三日連続で行われる。初日はリーグ戦方式で行う予選。二日目は予選を勝ち抜いたチームでトーナメント方式を行い、準決勝まで進める。三日目は決勝戦のみだ。


 賞金総額は500万ドル。優勝すると200万ドルで、二位でも100万ドル。三位は二チームが該当して50万ドルずつ。四位以下にも少額ながら賞金が発生する。


 オフライン大会なので会場に国内外のお客さんが詰めかけていて、熱風のような熱気がこもっていた。客層としては比較的若い人が多い。しかし老若男女といっても差し支えないほど幅広い世代が会場入りしていた。


 ネット中継も完備しているため、ユニーク視聴者数で6千万人ものeスポーツファンが観戦していた。時差の問題から真夜中の国もあるが、それでも大好きなチームが試合をするならリアルタイムで応援したいのがファン心理だろう。


 そんな規模の大きな大会に、日本代表チームも出場していた。チーム名は『LM(ライトニングマーフォク)』で、チームのエンブレムは半魚人が雷の矛を担いだものだった。


 このLMだが、他国の代表であるプロチームたちと大きく違う点があった。


 現役の中学生だけで結成したアマチュアチームなのだ。



 十三歳の桐岡俊介(プレイヤーネーム:kirishun)


 十四歳の天坂美桜(プレイヤーネーム:amami)


 十五歳の金元樹(プレイヤーネーム:kingitk)



 この三名が構成メンバーだった。

 

 桐岡俊介はタヌキ顔の少年だ。身長も体重も平凡だが、スタミナに自信があって長距離走が得意だった。父親がPCパーツショップの店員で、母親がPCパーツ関連のライターだ。そんなギークな両親に『英才教育』を受けた結果、競技ゲームで才能を開花した。とくにFPS全般で才能があった。正確にはシューターが得意というより一人称視点のアクションゲーム全般が得意であった。


 天坂美桜は和風美少女だ。容姿端麗、文武両道。腰まで届く黒髪と、切れ長の目は、まるで最上級の黒檀みたいだった。いわゆる旧華族の家柄で、実家の豪邸には由緒正しい剣術道場まであった。現在は都内の有名私立中学に通っていて、すでに大学レベルの学問を学んでいる。得意なジャンルは格闘ゲームとRTS。相反するジャンルだが、インテリの彼女にとっては身近なゲームだった。


 金元樹は見た目も雰囲気も飄々としたキレ者だ。動物に例えるならキツネがもっともふさわしい。両親が人文系の学者であり、樹に多くの専門書を買い与えた。だが樹は天邪鬼なところがあるから、一番愛読したのはライトノベルだった。だからなのか美桜とは違うタイプの賢さを発揮した。相手の意表をついたり、裏をかくプレイが得意なのだ。そんな彼がもっとも得意としているジャンルはMOBAだ。とくに集団戦に長けていた。


 この三名は、日本国内では名の売れた若手注目選手だった。いくつもの大会で敵として激突して、多くのドラマを生み出してきた。


 だがある日、樹が「もしかして僕たち三人でチームを組んだら世界最強になれるんじゃないか?」と興味本位で俊介と美桜を誘った。


 俊介と美桜も世界最強の座に興味があった。なぜなら日本は先進国とは思えないほどeスポーツが弱かったからだ。となれば中学生ぐらいの若者が『アマチュアチームで世界をひっくり返してやろうぜ』と考えるのも自然の流れだろう。


 こうして三人はLMを結成。国内大会を破竹の勢いで勝ち進んで優勝、そのまま日本代表になった。


 南米の有名eスポーツライターによる下馬評だと、日本代表は一勝もできないまま初日で敗退するはずだった。ただでさえ日本のチームは弱いのに、十三歳から十五歳のアマチュアチームではなにもできないだろうと。


 だが蓋を開けてみれば、LMは二日目の準決勝まで勝ち進んだ。本当に世界中がひっくり返った。雷を担いだ半魚人が奇跡を起こしたとSNSで話題になった。


 大いなる番狂わせは人々の好奇心を煽って、気づけばネット中継のユニーク接続数は一億人を越えていた。


 そんな地球規模で注目された準決勝の対戦カードは『日本代表LM VS EU代表F2』である。


 F2の正式名称は『F2イースポーツ』だ。年収十万ドル越えの専業プロゲーマーを大勢抱える正真正銘のプロチームで、数々のゲームタイトルで名を馳せた名門である。今大会でも優勝候補の一つだった。


 準決勝開始前、LMの切り込み隊長である俊介は、ちょっとだけ油断していた。


 準決勝まで勝ち進んだ時点で賞金50万ドルが確定していたからだ。日本円換算で約5000万円。三人で分割しても一人頭約1600万円だ。こんな大金を前にしたら浮かれて当然だろう。十三歳の少年ならなおさらだ。


 だがF2との試合で俊介が痛い目をみるのは、油断のせいではなく実力差が原因だった。


 試合開始直後から、見たこともなければ想像したこともない作戦がLMに突き刺さった。EU代表らしい緻密な作戦による波状攻撃。それが十三歳から十五歳のアマチュア選手たちを翻弄した。


「なんで、俺は負けてるんだ……?」


 俊介の頭は真っ白になっていた。これまでのeスポーツ人生において、どんな大舞台でも緊張しなかったし、どんな有名な選手と会っても委縮しなかった。だがF2のクレバーな連携攻撃が、俊介の未熟なメンタルを削っていた。


 メンタルが不調になれば、普段通りの動きなんて絶対に無理だ。作戦とは関係ない普通の一騎打ちでこてんぱんに負けてしまった。


 俊介は泣きそうになった。もっとも自信のある個人技で敗北したことで、完全に心が折れてしまったのだ。


 一度でも心が折れてしまえば、頭の中では情けない言葉が躍っていた。


 準決勝まではうまくいったのに、どうしてEU代表にはワンサイドゲームで負けているんだろうか。彼らと同じく優勝候補だったアメリカ代表と南米代表にだって勝ったのに、どうしてこの力がEU代表には通じないんだろうか。


 俊介が涙を我慢してグスっと鼻をすすったら、隣の美桜が叱責した。


「泣いている場合か俊介。お前が足を引っ張っているというのに」


 この発言は不正確だ。たしかに俊介は足を引っ張っているが、美桜もミスプレイを連発していた。本人は気丈に振る舞っているつもりだが、余裕がないことは仲間だけではなく敵チームにもバレていた。


 だからこそ俊介の心に活性化したマグマみたいな反発が生まれた。


「そもそも美桜の指示がめちゃくちゃなんだよ。明らかに作戦で負けてるじゃないか」


 俊介は咄嗟に言い返してしまった。本来この手の場面において適切な対処方法は『まずは自分が落ち着いて、それから相手をなだめること』だった。


 だが心が折れて泣きそうになっている十三歳の男の子に、適切な対処方法なんて実行できるはずがなかった。


 それは十四歳の女の子である美桜にも共通していた。


「私の作戦は完璧だ!」


 美桜も大声で言い返してしまった。きっと彼女だって試合中にチームメイトを責めても逆効果だとわかっているはずだ。だが自分自身が追いつめられているときに、致命的なミスを連発する仲間を励ますなんて心理的に難しいのだ。


 俊介と美桜の雰囲気が険悪になると、もう一人の仲間である樹は冷静に仲裁した。


「落ち着くんだ二人とも。仲間と喧嘩したら、勝てる戦いだって勝てなくなることは統計でも証明されてるだろう?」


 そんなことは俊介にも美桜にもわかっていた。でなければ世界大会で準決勝まで勝ち進めない。だが規模の大きな国際大会の経験が少なすぎることが、チームとしての理想よりも自己弁護という逃避を選んでしまった。


 もはや勝ち筋は消えていた。あとは流れ作業で負け続けるだけだった。


 ● ● ● ● ● ●


 LMは圧倒的大差で敗北した。会場のお客さんも興ざめしていたし、ネット配信の視聴者なんて俊介たちを執拗に叩いていた。


 ただし十三歳から十五歳のアマチュアチームということも考慮して、同情的な声も多かった。むしろ将来に期待するリアクションのほうが多かったぐらいだ。


 だがLMの内部事情は最悪になっていた。試合後の控室で口論に発展していたのだ。


「俊介、お前は私の作戦を無視したな」


 美桜は俊介の肩を鷲づかみにした。彼女の切れ長の目は、刀を構えた武士のように殺気がこもっていた。もし舞台が戦国時代なら本当に斬りかかっていたかもしれない。それほど美桜の怒りは煮えたぎっていた。


「俺はお前の便利な駒じゃない」


 俊介は美桜の手を冷たく打ち払った。準決勝で負けたことより、美桜と志が違っていたことに愕然としていた。


 俊介と美桜は、ある意味で幼馴染だった。子供のころからあらゆるゲームで対戦してきた。家庭用ゲーム機でも、ボードゲームでも、カードゲームでも、将棋や囲碁でも、そしてeスポーツでも。


 すべてのゲームで仲間になったことなんて一度もなかった。永遠のライバルだったからだ。


 だが世界最強になることを夢見て【MRAF】ではチームを組むことにした。


 世界最強の頂はすぐそこまで迫っていた。だが頂点を目指すまでの道筋が異なっていた。


 美桜は賢い。都内の私立中学に通うインテリだ。だからその優れた頭脳を使って自分の思うがままにチームメイトを動かせば勝てると思っているらしい。


 そこに選手の意志はあるのか? そこに選手の自主性はあるのか? そんなやり方で勝利したとして本当に嬉しいのか?


 こんな疑問が一度でも浮かんでしまえば、俊介は彼女と袂を分かつしかなかった。


 いつもは仲裁を買って出る樹ですら匙を投げたらしく、どでーんっと地面に寝転がった。


「はー、これでLMもおしまいか。もっとオレたちはうまくやれると思ってたんだけど、まぁ仕方ないさ。それぞれの道があるんだから」


 この日、LM(ライトニングマーフォク)は解散した。だからこそ【MRAF】ファンの間では伝説になった。もし俊介と美桜が仲違いせずに一年みっちりと練習を続けたら、来年には世界を制していたのではないかと。

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