廻天旅跡録

占冠 愁

第一部 宵明けの帝都〈上〉

プロローグ 逆行

前1話/導 ”八月十五日、正午。”

『正義』とはなにか。


戦記であれば主人公が主人公たりえる根幹であったり、

ミステリーであれば謎を解き明かすこと自体がそれであり、

ラブコメであればその恋が成就すること、その為に行われる物事がそれである。


どのような物語であろうと、そこには様々な『正義』が宿る。

王道的に主人公が兼ね備えていたり、あるときは登場人物として、あるいはテーマそのものとして。


こう言えば、「主人公には悪だっていますよ」とか「悪を描いた作品はどうなんですか」とか、「あなたの意見間違ってますよ」「反論できませんよね?」「ツイ消しはよ」「謝罪しろ」といったような、様々なご意見ご感想が寄せられることだろう。


そこで提示したい。

「悪」と「正義」、一見相反する両者を共存させることは不可能なのか?と。


例えば「悪い主人公」ならば、その主人公にとって「悪」に仕えることが『義』であり、彼にとって『正しき』行いなのではなかろうか。

例えその主人公が自身の行いを「悪」だと自覚していても、「俺だってやりたくてやるわけじゃない」「生きるため」「だからこれは仕方のないことだ」といった風に、「悪」の行為を当化するのならば、その時点で彼にとっての『正義』になる。


さて、しばしばその『正義』は、「十人十色」と評される。

各々がそれぞれの価値観を、正義を持ち、それを幹に生きている。

それはファンタジーでも変わらない。

異世界モノであれば勇者は勇者、魔王は魔王なりのそれを抱えている。


時にはその『正義』同士が対立し合うこともある。だから戦争が起きるのだ。

一般に、よくそうやって説明づけられる。




結局、そんな抽象的で内容の定まらない概念だ。

言葉を濁したまま、長々と「十人十色」だか「人それぞれ」だか聞こえの良い語呂を並べただけ。それでいて納得を強いるような、実にご都合主義的な解釈である。


しこうして我々は理解できない。

つまるところ、『正義』とは何なのだ。









「敵コサック1000余騎、切迫ッ!」


正面に対峙する敵の長槍騎兵が、一気呵成に突撃を開始した。


「側面をぶち抜く。――、機動戦進発。」

「っ、…敵は此方こちらの5倍以上ですよ?」

「所詮は長槍突撃ちょうそうとつげきを主体とした騎兵だ。皇國機甲部隊が勝てないとでも?」


コサックに対峙するは『戦車』。

彼我かれわれの兵術格差は戦略思想の段階で40年以上の開き。

随分と歴史はねじ曲がったものだ。


「待ってください、となると正面は誰が」

「我々本部騎兵中隊が死守する。」

「……まさか」


発動機がけたたましく唸り、次々と装甲車が進発する。

さて、次は僕らの番か。


「総員、騎上白兵戦きじょうはくへいせん用意。」


背の小銃に手を掛けて、前線を睨めつける。


戦車と装甲車の車列は猛烈な弾幕を展開し、騎兵の津波を側面から粉砕する。

濃密な火力の雨を喰らい、『前近代の覇者』は為す術もなく轢きたおされてゆく。


その様を前に、世界各国から集った観戦武官たちは呆然としていた。

たしかにな。列強最先鋒の超大国が、極東の小さな島国を相手にこんなにも脆く砕けてゆくなど、誰が夢見ただろうか。


「刮目せよ、世界。――これが僕らの戦い方だ。」


静かに銃を取って、前線を睨めつける。

カチャリ、と銃剣を取り付けた。


「全騎、突撃梯形とつげきていけい展開」


さぁ、狂騒を始めよう。


「誰もが己の『正義』を盲信し、『正義』のために武器を取る」


卯月、東満州。

流れ続ける血で、雪解けの大地を覆う泥沼はすっかり赤く濁る。


「善悪二元論振りかざして、『正義』のために敵を撃つ」


灰塵舞う亡骸むくろの道を。

這い回る塹壕の海を。


「誰もが『正義』に踊る。『正義』のために命を賭す。」


僕らはこの死地を渡り何を問う。


「さて、『正義』とは何なのだ――?」


此処は地獄。泥血でいけつの極東戦線。


明治38年、即ち1905年。

すべての始まりだったあの「召喚」から17年。


「敢えて言おう――、であると。」


最前線にて”逆行者”は、わらいと共に銃を取る。




―――――――――




・・・・・・

・・・・

・・




「――え?」


バランスを崩し、身体が一直線に線路へ向かって落ちていく。

眼前に迫る列車の前照灯。

瞬時に助からないと悟った。


普通なら絶望するしかないだろう。


しかし。

幸いなことに、僕は鉄道オタクだった。


(…――列車に殺されるなら本望か!)


それも、重度の。



長い中学の夏休みが始まって早半月が過ぎ。

鉄オタである僕は本日もカメラを片手に駅に繰り出した。

で、運悪く撮影地の位置取りで同業者と揉めていたところ、突き飛ばされてコレだ。



「ふむ」


人生最期の景色が列車。鉄オタの死に方としては最高だ。

悔いはあろうが文句はない、と。静かに目を閉じた。


刹那。



カンッ――――!



視界の流れが止まる。


「………は?」


時間が停止していた。


「と、止まった…??」


当惑していると、眼前の虚空から突如、白髭の不審者が現れる。


「フォッフォッフォッ…。わしは神じゃ。」


(誰だこいつ…?見た感じ入場券も切符もICカードも持ってないぞ…

 ――ッ!さては無賃乗車だな!?)


後光を放つ白髭の誰かを前に、僕は瞬間で場違いなことを考える。


(昨今の鉄道赤字を考えろクソボケ老害め!鉄道営業法第18条及び運輸規程第19条違反だぞ!罰則として運賃3倍だ!!)


その憤慨など知る由もなく、杖をついて老人は話し出す。


「残念ながらお前さんはわしの手違いで死んでしまうようじゃ」


「ファック」


僕はすかさず中指を立てた。


「さっさと改札に戻って駅員様に罪を懺悔して乗車賃をお払いください。」

「はぁ?乗車賃?わし神じゃぞ??」

「神だろうがなんだろうが払いましょう。尊師だって地下鉄へサリン撒きに乗車券は買ったんですから。」


そもそも我が崇拝対象は電車でありそれ以上でもそれ以下でもない。

よって神など信じない。


「はぁ…、転生先を選ばせてやる。お主を手違いで殺してしまったからな。」

「嘘!?自分、列車で死んだんじゃないんすか!!?」


こ、こいつ。僕の死因は鉄道じゃなく、ただの手違いだと宣いやがった。

僕はブチ切れてしまった。

信仰対象への否定行為だ。

アラブ人の前でコーランを燃やすが如き屈辱だ。


「なんですかそれ。異世界転生の安定の序盤展開じゃないですか。手違いでオタク殺す以外の異世界転生方法思いつかないんですか??」

「死んでしまったのじゃぞ、文句を言うな。で、異世界でいいか?」

「嫌ですよ電車走ってないじゃないですか。」

「自分で走らせればいいだろう?魔導鋼でも使ってレールを……」

「レールは鉄だからあの心地よい音を響かせるんですよ!魔法なんて異物混入、バイオテロ…!」


「はぁ……?じゃぁ何がいいんだお主は。魔法のない異世界か?」

「鉄分補給がないと!鉄道必須!」

「中世欧州風で魔法なし鉄道あり……?そんな世界どこに」

「欧州!?駄目ですよあんなレール幅1440mmとか夢も希望もない!」

「じゃぁなんなんだ、一体お主は何を望むんだ!?」

「ローカル線!狭軌!気動車!国鉄風味!でも微妙にJR――」

「あぁああもう面倒臭い!日本の鉄道が好きなら明治にでも転生しろッ!!」


匙を投げるように、老人は杖を大きく振るった。

視界の景色がゆっくりと流れ出す。


「ちょ!まって!」


そこで僕は叫ぶ。


「命より大事な記念切符が家に!それだけは――」

「あーッ!もうわかった!お主の部屋ごと明治に召喚してやる!」


安堵した。きっぷは精神安定剤だからな。


「……鉄ヲタだけは二度と殺さんわい…。」


頭を抑える自称神の姿が霞んでゆくに従って、

時間はゆっくりと加速し、列車が迫る。


同時に頭が冴えてくる。


(…まてよ、転生先?…『明治』?

 明治って、あの近代日本か?)


冷静になって、すっかり忘れていた事実に気づく。


「まずいっ!戦乱の世じゃないか!え、止めて!頼むとめてく――」


瞬間。


キィン!


空中に魔法陣らしきものが展開される。

光り輝くそれは直後、回転を始めて――僕を呑み込んだ。


「!!?」


吸い込まれるがままにそこへ突っ込む。

耳がキィインと鳴り、激痛が走る。


次の瞬間。


ゴォオォン――、

ゴォオォン――!


虚空に現れた黄金の時計が、その鐘を2,3度打ち鳴らす。

その3本の針は全て直上、12の文字に揃っていた。

2018年8月15日、


けたたましく鐘が鳴り響く中。


” ――逆行者召喚―― ”


鳴鐘を凌いで、脳裏に直接声が通る。


「ちょッ冗談じゃねぇ――!!」


刹那、光が弾けた。


初冠ういかっぷれい。齢若く15、鉄道廃人。

彼は突然、世界から消失した。

平成最後の8月15日、正午のことである。










「……っはぁ…!」


まだ生々しく残る夢の感触を確かめながら、僕は飛び起きた。

眺め回してみれば、なんの変哲もない。

いつもどおりの自室の光景だった。


「は、夢か……??」


随分とおかしな夢を見た。

目をこすりつつ、ふと、目覚まし時計に目を遣った。


"1888年8月15日 午後0時3分"


「はぁ…?”1888年”だぁ?まさかぶっ壊れたんかこの時計」


ぶつくさ文句を吐きながら、鉄オタは布団をたたむ。


「けどもう午後か…生活リズムそんな崩れてたっけ」


明かりもつけずに着替えて扉へ手を伸ばす。


「まず朝飯を食べないと」


部屋を出ようとドアノブを回して、

ドアを開けたのだ。




実に暑い、夏の昼下がりであった。




「…――?」


見慣れたリビングはそこになく。


絢爛豪華な天井が頭上に輝き、

大理石の洋風大広間が眼前に広がっていた。


「は?」


唖然として、疑問符を漏らす。


「……え、ぇ…」


さて、少なくともここは自宅ではない。

向こうからはスーツ姿の3名が唖然とこちらを見ている。

なんだここは。


「ふむ。」


暫し思考。


「何?なんで自宅に不審者がいるの?」


約3の未確認生命体との邂逅を果たした以上、僕に課される使命は第一にサンプルの回収だが、残念ながら僕はチキンなので最優先で撤退だ。

すまないな、僕に希望を託した全人類よ。俺は逃げる。完。


「あのぉー、一体ここはどこです?アルゼンチン?」


「いっ…、一体…何者だッ、貴様ァ!?」


一喝。恐怖で縮み上がる。


「は、はいぃ!?初冠ういかっぷ れい、15歳!」

「どこから来たッ!?」

「札幌市発寒区鉄北通26条、最寄りは函館線発寒中央駅!」


公用語は日本語。少なくともアルゼンチンではないみたいだ。


「札幌?…開拓民か?」

「開拓民っていつの時代ですか…?ただの中学生ですよ」

「中學?北海道に中學校なんてあったか?」

「はぇ」


間抜けた声を出した。

中学無いとかあのグンマァでも有り得んぞ。


「流石にそれは…札幌、200万都市ですよ?」

「はぁ?200万??不毛の泥炭地たる石狩平野が200万を養えるわけがなかろう」

「ちょっ、もしかして僕の故郷バカにしてます?札幌は凄いんですよ?時計台、藻岩山、定山渓、大通公園…。札幌テレビ塔!地上143m!」

「143m!?帝都一の凌雲閣でさえ52mだぞ、そんなものを人間がつくれるかっ!」


ピシャリと撥ね退けられる。

え、大通公園もテレビ塔もそんなに知名度なかったっけ?


「大体あんな気候でまともに建築など出来るか!鎮台さえ設営できんのだぞ?」

「……『鎮台』?なんですかそれ??」

「聞いたことがないのか?陸軍の部隊だぞ?」

「陸、…軍?え、第7師団なら知ってますけど…」


そういった瞬間、彼らに衝撃が走った。


「は?し、しだん…??」

「聞きません?陸自の師団がどうたらこうたら〜とか」

「…りく…じ?何だそれは。陸軍のことか?」

「陸軍ならもう戦争に負けて解体されたでしょ…」


僕はここで何をしてるんだと心中嘆く。

何が悲しくて一般常識をオッサンに説かなくちゃならんのだ。


「き、貴様……今、なんと言った…?」

「いや、軍は戦争に負けて解体されて、今は自衛隊だって――」

「無礼者ッ!陸軍を罵倒する気か!?」


突然一人が雄叫びをあげて僕に掴みかかる。

当惑と恐怖で顔を蒼く染めると、すかさず後ろで絶叫が。


「ぎゃぁぁぁ、光った、光ったぞ!??」


怯えながら部屋の奥を指差すホモサピエンス1体。

振り返ってみれば、パソコンが机から傾き、落下しかけていた。


「うわっ!危ねぇ…!」


部屋に飛び戻って、間一髪。

傾いたPCを支え、机に戻す。


「何だそれは!武器か!?」

「パソコンですよ!」

「な、文字が表示してある!こ、これは英字…?」

「まっまさか欧米ではこのような代物が!?」

「いやこれ国産ですよ??」

「嘘を吐け!こんなもの見たことがない!」


「こ、これは……?」


一人が、そこに羅列された数字に目を向ける。


「このアラビア数字は…時刻?」


画面に大きく映された数字が示す時刻――”12:13 2018/8/15”。


目覚まし時計と違って、年月は正確な値を刻んでいた。


「葉月十五日十二時三十三分、確かに現在時刻と一致する」

「仰る通りですが…」

「その前の『2018』?…何を意味するんだ?」

「年号ですよ?平成30年です」

「ヘイセイ?何の暦だ。皇紀とは違うのか?」

「え?元号ですって」

「は、はぁ?ならそのひとつ前の元号は??」

「前は『昭和』ですけど…」

「いい加減にしてくれ!お前は一体どこの世界の話をしているんだ…!?

 和暦がわからないなら、イスラム暦でも仏暦でも、西暦でもいい!」


西暦―――!

知っているなら何故わからないんだろう。


「西暦ですよ西暦!今年は西暦2018年、即ち平成30年!

 今日は、平成最後の8月15日です!」

「―――ッ?!?」


向こうが、声にならない驚嘆をあげる。


「いや、ですから平成です!明治、大正、昭和ときて平成!」

「………『明治』?明治と言ったか…!?」

「ええ、明治と言いましたよ!かつて維新が起こり、近代化の魁となっ」

「待て!……ま、待てッ…。」


すべてを言い終わる前に、正面から肩を掴まれ揺さぶられる。


「馬鹿…、な……」


僕の困惑をよそに彼は押し黙る。


「本日は明治21年、即ち西暦1888年8月15日…だろう?」

「……平成30年、つまり西暦2018年8月15日ですけど?」


眼前の男は半ば震える声で名乗る。


「もしかして……君、私――伊藤博文の名を、聞いたことがあるか?」

「伊藤博文って、あの初代首相の??」

「ッ!やはりか…っ!!」


僕の困惑をよそに男は続ける。


「帝都・東京市、ここは枢密院庁舎2階。

 全く信じられないが、君は……、部屋ごと、130年先の未来から、ここへ召喚された。そういうことだ…。」


「…な」


状況を理解するのに、しばらく時間を要した。


余りに不可解な現象の連続。

食い違う常識。


脳裏をよぎる、あの魔法陣。


「んな……!」


アレは夢じゃなかった、と?

冷や汗も拭かずにパソコンの「時刻再調整」をクリックする。


「……冗談、だよな?」


ロック画面に映る数列が大きく巻き戻り始めた。


時刻はひたすら遡り続け、次に日付が動いたかと思えば、8月から7,6と、2018から、17,16と移ろい、ついには西暦4桁が2000を切った。


「ッ!」


1999…1984…1967…と減り続ける4桁。

見ていられなくなり、眩いほどの日光が差し込む窓に向けて歩み出す。


「何が…、なにが起こってる!?」


窓へ向けて歩む。


(異世界召喚?冗談じゃない、話が違うぞ…!)


そんなわけがない。


(テンプレの召喚者なんて、大抵ぼっちでカッケェ!ゲーム・アニメ・ファンタジー系統のオタクじゃねぇか……、それがどうして!)


窓の向こうには、いつもの街があるはずだ。


(オタクはオタクでも僕は鉄道だぞ――!)


ガタリと、窓を開けた。


「―――、嘘だろ?」


堀を挟んで、地平線の先まで低層の瓦屋根が続く光景。


助けを乞うように振り向けば。

PCの液晶画面に映る数列――、



”12:14 1888/8/15”



愕然と膝をつく。


「っ――は…、ぁ……?」


130年の逆行の末、ここに至るのだった。






明治21年 極東、弧状列島。


奇跡か災厄か――。

この地に、”逆行者”が舞い降りた。

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