解星

先日鉄道連隊により豆満江へ架橋され、大韓の首府たる漢城から元山、清津と日本海側を走り、ウラジオストクまでようやく全通した咸鏡本線。


今や沿海州戦域と満州戦域を結ぶ大動脈となり、皇國陸軍は迅速に兵員装備を両戦域へと展開することが可能になっている。


右手に日本海、左手に白頭山を望んで、列車はひたすらに二本の鉄路を進む。


「物凄い方でしたね…。」


秋山にそう話しかけると、秋山は神妙な面構えで頷く。


「ああ…。わかっている」


そのシリアスそうな表情に、僕も心構える。

きっと、彼も彼なりに感じたものが――


「…いわゆる、『ドS』ってヤツだな?」


「やっぱあんたズレてますよ」


うん、損した。

溜息をついて車窓の外を流れる景色へと目をやる。

相変わらず、日本海は時化ていた。


僕はゆっくりと、秋山へ向き直る。


「貴方をここに呼んだ理由は別にあります」

「なんだ?拉致か?」

「あのさぁ…」


特にここは北部朝鮮だからな、不謹慎も程々にしないと刺されるよ君。


「弩級戦艦の建艦はあとどのぐらいで?」

「進水は先月始めに終わらせたぞ。年内…12月中旬には艤装も落成するし、これで竣工となるな。」

「年内ですね。…よし、タイミングは間に合いましたよ」


僕は、占領したウラジオストク一帯の測量図を机上へ広げる。


「ウラジオストクに、例の弩級戦艦専用の泊地を鋭意整備中です。年内には全成しますので、バルチック艦隊到着までの数ヶ月、ここを拠点にお励みください。」

「なるほど、わからん。」


秋山は秒で思考を停止した。

お前のメモリは8GBか?


「はぁ…、ですから整備泊地ですよ。諸列強のスパイ共も、まさか皇國最新鋭の兵器が、陸上最前線の街の浦瀬に停泊しているとは思わんでしょう」

「なるほど?隠匿のためか。」

「ええ。ま、逆に言えば隠匿に必要な設備以外は全くありませんけど」

「は?」

「港湾と給炭給水、兵舎だけです。必要最低限ですよ。」


秋山は頭を大回転し始める。


「なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?」

「うるさいですね…」


なんだこの会話。


「ウラジオストクとて最前線です。戦局次第では泊地も使えなくなりますし…、最悪は放棄も視野に入れた判断です。」

「なるほど?文字通りの泊まる地ってだけか」

「そうですね。なにしろ本土の佐世保や長崎、呉さえ、ここふた月で黒装束を纏った異人さんの人気スポットになってしまったようですから」


こんなところで、大英より先の、弩級戦艦の全成を悟られては困る。

何が何でも、大英帝国のメンツをへし折るわけにはいかないのだ。

世界最強にして唯一の同盟国の顔に泥を塗るなど、愚行以外のなにものでもない。


「はぇ〜皇國も人気者になってきたなぁ」

「もしくは恐怖の対象ですね。」


バルバロッサ作戦は――良くも悪くも、世界に与えたインパクトが巨大すぎた。

気がつけば、全世界が敵に回っているなんていう状況も、おかしくない。


「適度に蹂躙しつつも、適度に警戒を買わない。そのためには、大英より早い弩級戦艦の就役など、絶対にバレてはいけない事です」

「………」


秋山は俯いて黙りこくる。


「…くかぁぁぁ」

「寝るんじゃねぇ」


駄目だ、CPUがダウンしてしまった。

仕方ないので席を立ってデッキに赴く。


「だって電車乗ってるなら外見たいもんね!」


オタク君さぁ…。




・・・・・・

・・・・

・・




「――であり、諸君らの奮戦は永久に後世の戦史へと語り継がれるだろう」


秋山をドックに送り届けたのち、僕はその足で、ウラジオストクに留まる戦闘団本部へと向かった。


「本次作戦において、『奔星』は疑いようのない輝かしき勝利を収めた。

 戦術的に、我々は完膚なきまでに露軍を叩き潰したのだ。」


凱旋演説、ここまでならそんな風に聞こえても来るだろう。


「しかし」


旅団戦闘団長である伊地知が言葉を切る。


「皇國は――…勝ち切ることが、出来なかった。」


旅団へ一気に、悔恨の類の緊張が走る。

果たして、戦争を終結させる一撃には成り得なかったのだ。


簡単に勝利を掴ませてはくれないってか。

グダグダ不毛に血の塗り合い、実に火葬戦記らしい。


「これから、一層戦火は激しさを増す。

 恐怖と、流血と、憎悪が連鎖し続ける。

 或いは――その波及し続ける狂気が他国までもを呑み込み、世界が地獄への第一歩を踏み出すかもしれない。」


伊地知は、確固たる意思を含んだ瞳で、


「我々はもう、血塗れの道を先鋒切って歩み出してしまったのだ。」


息を吸い込み。


「――だからこそ、我らは止まるわけにはいかない。」


そこで断たず、


「賽は振りかぶられた。ならば、最後まで投げきるしかなかろう。

 バルバロッサ作戦は、大きな大きなはじめの一歩に過ぎなかっただけだ。」


もう一言。


「我々は土塁代わりの死屍を越え。鉄臭い焼け野原を、灰燼舞う硝煙の道を、這い回る塹壕の海を――…戦争の終わるその日まで、進み続ける。」


そうして、軍刀を突き鳴らす。 


「これから、全満州が火の海と化す。

 灰燼と泥濘に揉まれて、我らは地獄の狂騒に踊るだろう。そうして全てが終わったあと、延々と残される焦土の果てに翻る旗が――、皇旗でさえあればいい。」


この満州平原にせせらぐ清川も、小鳥のさえずりも、和やかな緑も、そこに暮らす人々の営みさえも。


全てが灰色の死地に沈むのだ。


「故に。」


伊地知はガチャリと軍刀へ手を置き。


「皇國は貴官らへ――…、永久の奮戦を期待する。」




旅団に戦慄が走る。


「「「「ハッ!!!」」」」


僕は気づかれない程度に溜息をついた。きっとこれから、誰もが初めて「総力戦」という狂った戦場を、身をもって知るのだろう。

だからもう、英雄譚のような茶番劇は終わりなのだ。


ここからが――本番だ。


そう心に刻んで、副旅団長である僕は壇上に登る。


「以上を解散並びに再編の辞として…、現刻を以て、旅団戦闘団『奔星』はウラジオストクにおいて解散、各個聯隊へと再編する。」


緊張が旅団に張り詰めた。


戦闘団の解散。考えてみればまぁ妥当な話だ。

バルバロッサ作戦の終了と、戦局の変化。

我々に降りかかるのは人海戦術の冬季猛反攻であり、電撃戦の鉄槌、突破力と浸透力の塊である旅団戦闘団をこれ以上組織し続けてもいいことはない。


広大な戦域に渡る大規模攻勢を迎え撃つには、分散して迎撃、各個分断、撃滅と撤退を繰り返すのが適解だ。


「以降、事前通達のとおりに旧旅団は迅速に再編を行い、旧『震天』隷下の自動車部隊は旅順へ順次回送、装甲車部隊は満州平原へ帰還する。」


現在、僕らは沿海州総軍の戦域に留まっている。

次期作戦は最初から満州総軍の展開する松花江ラインが激しい戦火に晒されるため、装甲車部隊は満州総軍の戦域へ戻る形を取る。


なお自動車部隊は、次期作戦の主眼となる撤退戦術において、高度で高速度な撤退を実現するための主力戦力となることが期待されており、まずは補給根幹点の旅順港に回送、そこから必要な撤退戦闘へと臨機応変に派遣されるわけだ。


(自動車部隊の再編は秋山少将の兄上に任せるとして、だ)


史実、皇國騎兵の父と呼ばれた秋山好古だ。あの秋山(海軍)の実兄というのは些か不安要素ではあるものの、バルバロッサではうまくやってくれたし大丈夫だろう。


(装甲車部隊は…1輌の定員でさえ精々4名だし、再編にも時間はかからんだろ)


旅団が解体されたことにより新設された機甲科。聯隊の定員でも1400人弱と、歩兵科のそれとくらべて400人ほどは少ない。


「あまり手間取ることもないか」


__________

機甲科(兵員+士官)

 分隊2輌(8+0)

 ↓4個分隊

 小隊8輌(32+1)

 ↓4個小隊 + 本部/1輌

 中隊33輌(128+5)

 ↓3個中隊 + 本部/1輌

 大隊100輌(384+17)

 ↓3個大隊 + 本部

 聯隊300輌(1300+67)


一個機甲聯隊(1300+67)

└【聯隊本部】(1+5)

| └工兵中隊 排土車/運土車4両(55+1)

| └偵察中隊 騎兵(30+1)

└ 3個機甲大隊 装甲車300輌(1152+56)

└ 砲兵中隊 自動車/牽引砲4門(32+3)

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



しかし、新設の機甲聯隊も随分と火力が充実しているように見える。

一応、バルバロッサ作戦中に敵軍が塹壕を展開してきたときの対策として、歩兵師団にも装甲車を配備していたが、それも防衛戦に臨む今や必要もない。

17個歩兵師団に配備された装甲車を総計900輌ほど統合、装甲車部隊にある既存のと合わせれば1500輌強はある。


「これで4個機甲連隊を作るってわけか、なるほど?総軍司令部も頭がいい」


1200輌ほどを300輌を4個聯隊にわけて、広大な戦域を4個管区に分けて運用する手はずだそうだ。

対装甲装備を持たないロシア軍は、装甲車を迎撃するだけでも相当な消耗を強いられるはずだ。火力の支援が伴えば、強力な突破力でもって混乱する敵部隊をいくらか分断、殲滅することもできなくはないだろう。


こうすれば、一個防衛線も少し延命できるというわけだ。

されども装甲車に損耗を出すのは一番不味い。ここらへんは児玉総軍参謀長あたりがうまくやってくれる…、くれるだろうか?


「…やべぇ心配になってきた」


まぁ、流石に同意はとりつけたのだから、消耗抑制という基本方針を粉砕するような運用はするまい。大丈夫だと信じよう。


「僕らが戻った後の総軍戦力はこんなもんか」


ペラリと通達書をめくる。



__________

満州総軍

◎中央即応集団

◎第3軍

 ・第一装甲旅団

  └第一機甲聯隊

  └第二機甲聯隊

 ・東京鎮台

 ・広島鎮台

 ・北海鎮台

 ・第九師団

 ・第十二師団

◎第4軍

 ・第二装甲旅団

  └第三機甲聯隊

  └第四機甲聯隊

 ・熊本鎮台

 ・名古屋鎮台

 ・第八師団

 ・第十師団

 ・第十三師団

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



目にとまるのは、隷下部隊の一番上に記された、ひときわ目立つ部隊。

まぁそんなのはどうでもいい、輝かしそうなのは似合わないしな。


「さて…、と。僕に下った辞令は…。」


"陸軍中佐昇進 / 中央即応集団 総長"


「は?」


なるほど、わからん。


「中央…即応集団???」


余りに淡々とした一文で告げられた、衝撃の昇進先。

とてもじゃないが、安全そうではなさそうだ。


「待て、一体どういう部隊だ」


読み進めていくと、どうやら戦線全域、場合によっては満州総軍の戦域さえもを出て、戦争最前線を動き回って戦局全体を突き動かす、遊撃集団であるとのことだ。


「えぇ」


つまり、戦略レベルでの戦闘が可能な集団ということか。

よくもそんな大役を僕なんかに押し付ける気になったものだ。


どの軍集団からも独立した、満州総軍直属の部隊。

いわば、旧『奔星』をふたまわりほど小さくした戦闘団といったところだろうか。


「戦略的戦闘を期待するなら…、然るべき戦力は付随してるんだろうな?」


これで一個聯隊以下の戦力だったら奉天に直接殴り込んでやろうと思いつつ、次へと一枚めくる。



__________

「陸軍編成令第500号」

カッコ内は定員(兵卒/下士官+将校)


中央即応集団(1390+70)

└【司令部】- 指揮本部(10+3)

| └突撃直衛中隊 迫撃砲24門(49+1)

| └工兵中隊 排土車/運土車4両(45+1)

| └偵察中隊 自動二輪20両(30+1)

| └<第一空挺団>

|  ◎歩兵科/4個小隊(120+5)

└<第501機甲大隊>

| ◎機甲科/3個中隊 - 装甲車100輌(384+17)

└<第502特殊歩兵大隊>

| ◎歩兵科/3個中隊 - 輸送車36輌(538+22)

└増強砲兵隊 機動砲24門(192+20)

|└<第503砲兵大隊>

|└<第504砲兵大隊>

└直掩航空隊 爆撃船8隻(24)

__________



「…見なかったことにしよう」


閉じた。


まさか、まさか。

流石に見間違えだろう、そう自分に言い聞かせつつ、もう一度辞令を開く。


「嘘だろ???」


どういうことだ、定員およそ1400名だと?

歩兵大隊2個分の戦力を、僕に?


わけが分からなすぎてぶったまげる。


「は、はぁ…?」


僕は、直接指揮の経験があるだけでも一個騎兵中隊までに留まる。

それを、一個大隊を超えて、二個歩兵大隊に匹敵する戦力を与えると?

しかも、しかもだ。


「機甲大隊に、自動車化歩兵、砲兵部隊まで!?」


こりゃ完全にイカれた戦闘団だ。

さらに続く衝撃に、もはや愕然としつつ読み上げる。


「突撃直衛、直掩航空隊、第一空挺団…。」


航空戦力、あまつさえ空挺部隊まで付けてきた。

ここまでの貫通力を持った鉄槌、動き次第では満州戦域どころか本戦争の趨勢さえひっくり返しうる威力だ。僕に何を期待しているというのだ。


総軍司令部あいつら、即応集団を特殊部隊の掃き溜め場とでも勘違いしてんじゃねぇだろうな……??」


望めば火炎放射器までもを手配してくれるそうだ。ここまで来るとゲームバランス崩壊しちゃうでしょ、絶対こんなのやっちゃ駄目だろ。


古くは突撃直衛隊から、空挺団、航空隊、火炎放射、そして装甲、機械化部隊。


「これじゃ…、もはや僕の履歴書じゃねぇか…。」


脳死で全部ぶっこんだようなそれに、さすがの僕もドン引きした。

とんでもないことをしやがる総軍司令部だ。


愕然としながら、通達書の末尾に記された一文へと目をうつす。


『同集団の召集は奉天の総軍司令部とする。疾く来たれ。

 発・総軍参謀長 児玉 宛・初冠陸軍中佐』


「てめぇ児玉源太郎この野郎ォォォ―――!!!」


結局僕は、奉天に殴り込むことを決めた。

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