8.11同時多発テロ事件編

第17話 8.11同時多発テロ事件

「五十川明だがね、今日まで我々の網に掛かってないんだが……勿論、君が記録を改ざんした訳では無いんだな?」


 何度目か忘れた取り調べ。

 あの件が公安の担当になってから首と指先に『ウソ発見器』なるモノを付けられて行われているが、嘘をついている訳では無いので一度も仕事をする事は無かった。


「違います。ログを調べてもらっても構いません」

「もう調べてるよ」


 いつもの調子で返すと、担当官は首を竦め、少しおどけたように言った。

 しかし、今回はいつもと少し様子が違う。


「――君は事対隊の所属だったな」

「はい」


 少し息を吸い、吐いた後、その公安官はいつもの調子を取り戻した。


「いや、この話はよそう。じきに分かるさ」

「……そう言われると余計に気になるのですが」


 そう言うなら始めからそんな事言うなよ――と思いつつ、記録員が端末を畳んだのを見て立ち上がる。


「すまんね、以上だ。手間かけたな」

「コレ、いつまで続くんです?」


「……じきに分かる」


 私は当初、この公安官が私をただ、からかっているのだと思った。

 しかし、本当にソレが『じきに分かる』事となるとは夢にも思わず、そのままその日の当直警らに出掛けた。




〈新中央駅前PB?新中央駅前PB?〉


 珍しく基幹無線系がPBを直接呼び出したが、返事が無い。


ハコ交番の連中、飯食ってんのかねぇ」「かねぇ」


 まぁ、良くある事だ。

 偶々全員が飯を食っていて無線に出られないとか、急訴に対応して無線に対応出来ないとか。


〈国警から中央、調査方110番。中央区1丁目5番1号、PB感ありませんので近い移動お願いします。新中央の駅事務所からの通報、破裂音がして何人か倒れている旨――


「これ行った方が良さそうね」


 注意喚起音の後、通信指令員が読み上げる通報内容に、心拍が跳ね上がる。

 車載無線のマイクを取り上げ、現場へ急行する旨を宣言しようと思い、PTTボタンを押下した直後。


〈至急至急、新実4から国警〉

〈至急至急、新実4どうぞ〉


 自分らのすぐ近く、地図を見ると新実駅前。

 状況によってはこちらに向かう。唾を飲み、耳を傾ける。


〈新実駅前、交通事故状況、トラックが群衆に突っ込んだ模様、至急――

〈国警から新実4?〉

〈国警から新実4?〉


 しかし、肝心の内容は何故かブチ切れてしまい、分からない。


「交通事故……?」


 おかしい。

 乗用車なら兎も角、今時自動運転が標準であるトラックが群衆に突っ込むなんて事故が発生する訳が無い。


〈続いて110番入電。新実PS管内、新実駅前の通行人からの通報。トラックが歩道に突っ込み、降りてきた不審者が銃を乱射し、倒れている人が複数――


 そんな違和感を精査する時間も無いまま飛び込んできた通報内容に、我々はヘルメット越しに頭を殴られたかのような衝撃を受ける。


「行くぞ」


 震える手を訓練で培った精神力を以て抑え、緊急走行の為に赤色灯を上げ、水素エンジンをフル回転させ、水蒸気を派手に撒き散らしつつ、爆音でサイレンを鳴らして新実駅前に急行する。


〈347事案、新中央駅前、男複数名が銃を乱射。怪我人複数有り、新中央駅前PBにあっては爆破、負傷者多数。至急マル援――


 あちこちから発せられた至急報と、悲鳴のような応援要請が飛び交う〈基幹系無線〉への通報を諦め、発信を《部隊内通信系COM》に切り替える。


『2号、新実駅、現場へ転進』

《事対了解ぃ――事対から各局。事対から各局。現在新中央駅前、新実駅前その他一方面管内で、銃器、爆発物使用の同時多発ゲリラ、テロ事案が発生していると思われる。現在詳細不明なるも、管内に於いて相応の被害が発生し……


 現場は近い、フロントガラスに見える煙を頼りに、車線の中央をかっ飛ばして現場へ急行する。何故、どうして等を考える余裕は最早無い。


「アレか」

「見えた……ッ゛」


 男。女。子供。老人。

 それだったモノが折り重なり、潰され、斃れ、流れ出た血の小川が広場設計者の意図通り、排水口に向かって流れる。

 その中を人々が逃げ、地下鉄の出入り口に向かって人が殺到する中。

 複数名が銃を乱射し、その中の一人が我々が乗るPCパトカーを指差した。


 こみ上げるモノは無かった。

 訓練通り、訓練通りと暗示しつつ、PTTボタンを押下して、訓練通り、出来る限りハキハキとした声で語りかける。


「至急至急、事対2から国警」

〈至急至急、事対2、どうぞ〉

「新実駅前にあっても、トラックが群衆の中に突っ込み、複数名が銃を乱射するような状況あり、尚爆発物についても使用がある。更に群衆の騒擾状態有り、よって現在時マル援願いたい」


 通報を終了した直後、フロントガラスに銃弾がパパパッ!と命中し、砕けたガラスに光が乱反射して視界が真っ白になった。

 しかし、このPCパトカーは特別防弾仕様だ。ガラスは砕けたが、弾は絶対に抜けない。


「……降りるぞ」「了解!」


 相勤と息を合わせ、ドアを開放する。


 瞬間、悲鳴やうめき声がグチャグチャになって結合したモノが耳の中に流れ込んでくる。


 耳を塞ぎたくなるが、私は無力では無い。


 無力な彼ら彼女らの運命は、我々が握っている。


 助けなければ。


 オートナンブのグリップを握り締め、少し息を吐いた後、安全セーフから制限射バーストへ一気に切り替え軸セレクタを動かし、槓桿を引いて薬室へ弾を送り込む。

 悲鳴やうめき声、サイレンが鳴り響く中で、何故か切り替え軸セレクタのカチリという音と、槓桿を操作するシャキンというだけが静かに響いた。


 認識拡張を起動してPCパトカーから飛び出し、照準窓とガイドを最も近いマル被に合わせ、引き金二回、二制限射、四発の6mm執行弾を放つ。

 重力に抗う力を失い、地面に倒れ込んだのを確認した後、相勤と死角をカバーし合いつつ、ゆっくりと時が流れるの中を、血と肉を踏みしめながら、暴力の塊をマル被とぶつけ合う。その激しさたるや――


『撃つまで撃たれる、撃った後には撃たれない』


 こんな言葉が脳裏によぎる程であった。


 直後、『キャァ――――』という悲鳴が上がった、見ると、地下鉄の入り口に向かって人が吸い込まれ、消えた。


 その原因、車の影からライフル銃を乱射している男を射撃し、頭を下げさせた直後に駆け寄り、叫んだ。


「警察だ!動くな!」


 ゆったりとした白い服を着た男は一瞬間固まったが、諦めたように銃を捨てた。


「うつ伏せになれ!」

「動くなよ!」


 手錠を取り出し、銃刀法違反の疑いで男の手に嵌めた後、周囲の脅威が制圧された事を確認した後、地下鉄の入り口を覗き込み、絶句した。


 山。


 圧死体の山!

 つい先程まで、悲鳴を上げ、逃げ惑っていた市民たちが、今や物言わぬ屍山と――いや。


 その山の上、女が髪を振りかざし、包丁を振るい、狂ったような速さで、まだ息がある人を滅多刺しに――


「動くな゛ぁ゛!゛」


 こちらの警告を受け、その女は充血した目をひん剥き、階段を凄まじい速度で駆け上がってきた。


 咄嗟にオートナンブを上げ、照準窓をマル被に合わせたが、駄目だ。流れ弾が市民に当たる。

 携制器は――駄目だ。ストッピングパワーが弱すぎる。

 相勤の援護は間に合いそうに無い。


 大丈夫、落ち着けと自分を暗示しつつ、警棒を左腰の警棒吊りから取り出し鋭く振り出すと、遠心力を受けた警棒がシャキン!という威圧的な金属音と共に引き出される。

 コレを見、聞いて抵抗を止めるマル被も居るが、包丁を構えた女は、尚も真赤な眼をギラつかせ、口からは涎を垂らしながら、獣のような咆哮を上げて突っ込んでくる。


「う゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!゛?゛」


 そんな女の肩甲骨に警棒を当て、よろめいた隙を見て更に上腕部、腿部を打撃する!

 死なない程度に加減しているとは言え、警察用義体を適用され、訓練を受けた者が高度強化合金で出来た65cmの金属棒を用いて行う打撃だ。

 発狂しているとは言え、物理的に人体が耐えられるモノでは無い。


「銃刀法違反の疑いで現行犯逮捕!手錠!」


 予備として携帯している樹脂繊維製手錠を展開し、力なく垂れ下がる彼女の腕に通して引っ張った後、事態制圧を宣言する為に車両へと戻る。


〈事対2から国警〉


〈事対2、どうぞ〉


〈新実駅、状況制圧しましたが、人が将棋倒しになって複数倒れ、複数名意識呼吸無し、これよりトリアージ、至急現場に救急隊、マル援願います〉


 永遠とも思える時間が過ぎたと思ったが、我々がこの地獄現場に到着してから30分も無いという時報。その事実にハイドレーションを吸いながら少し驚いたが、その驚きも吹き飛ばす事態を直後告げられる。


〈国警了解ぃ――再度現場展開中の各局へ。爆発物は有毒薬品使用のものと思慮される。現場で活動中の各PMにあっては、保護具が到着するまで、液体、爆発物の破片等を発見しても素手で触る事無く、風通しの良い場所、風通しの良い場所に留まるように願いたい〉


《事対から各局。事対から各局。既報の通り、現在発生中のG事案につき、新中央駅前に於いて神経剤――TSガス検知状況有り、よって現場展開中の各移動にあっては、ガス検知管を用い、速やかに現場の状況を確認せよ、以上》


 車、銃、爆弾、毒ガス。

 ここまでのモノを揃えるテロリストの目的は一体何なのか、今は思考を巡らす余裕が少しばかりあったが、青ざめた相勤が車両に向け駆け寄って来たのを見、一瞬芽を出した余裕も轢き潰されてしまった。


「至急至急、事対2から国警――新実駅前に於いてもガス検知状況有り、化学剤の種類にあっては同様にTS。これより避難誘導着手する。どうぞ」


 国警国家中央警察始まって以来一番長い日は、まだ始まったばかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る