第4話 外出

 外出。


 読んで字の如く外に出る事だ。


 多くの場合家から外に出る事を指すが、我々警大生にとっての家とは寮である。


 つまり、この監獄からの脱出である。大脱走である。やったね。


 さて、一応首都近郊のベッドタウンの外れの湖畔に所在(つまり田舎だ)するここ警察大学校とは言え、駅名に『警察大学校』と付くレベルで何も無い。(まぁお陰で電車に乗ったことがほぼ無い私でも迷わなかったのだが)


 いや、無いことも無いのだが無人コンビニと某ハトのマークのスーパーマーケット位しか無い。


 そんな我々がどこに行くべきであるかというと駅である。


 正確に言うと駅が接続している鉄道路線。その先にある主要駅なのだがこの際どうでも良いだろう。


 スマホで遊ぶと言ったってその正体はスマホが接続しているインターネット上にある膨大なデーターで、それはプロパイダの先にあるサーバーなのだが、我々利用者にとって(古川のようなヲタクにとっては違うだろうが)大事なのはストローから何が出てくるかであってストローでは無いのである。


 そんな全く以てどうでもいい事は置いておいて、ついに、とうとう、いよいよ、やっと、首都デビューである。


 というのも、上半期の勤勉手当(要するにボーナスだ)が出た為、お金に余裕が出来たのである。


 実家には給料の殆どを入れているが、この前『ボーナス位好きに使ってくれ』と言われた為、お言葉に甘えてついにコンビニと平○堂より先の領域へ進出する事と相成ったのである。


 目標は都心のガンショップ。

クラブ活動用の色んなモノを買いに行く為、古川や浦江と共に活動費(国民の血税だ)を握りしめての進出である。

ガタンゴトンガタンゴトンと湖畔を時速200km程度で走り抜ける新快速の中で、周囲の乗客からの突き刺さるような視線を感じる。


 制服だ。


ずっと学校の中に居ると何とも思わないが、いざ町中に立つとかなり目立つ(これは先程分かった事だが)上、そもそもイベントも何も無い日に警察官っぽい制服(飽くまで警察大学校学生の制服であるため細部が違うのである)を着た者(しかも警棒と携制器で武装している)が3人も固まって電車内に立っていたら何事かとなるのも納得である。


 何人かがスマートフォンでこちらを撮影しているのも感じるが、一々注意してられないのでこれは無視して良いだろう。


 都心に近づくにつれ、段々と町並みの高さが上がっていくのを感じる。


 山を超えるとゴチャゴチャした町並みの向こうに巨大なビルが立ち並ぶ大都市が現れた。


 我が国の首都、中京である。


 やっと大戦の勃発前――1億3千万人程までに回復した人口。その半分近くが集中しているとされるこの都市圏は、この日本で最も人が多く住んでいる都市圏である。


 この街の出身である浦江は懐かしそうな顔で風景を見ていたが、田舎出身で郊外に存在する警大に居住する私から見たら完全に異世界である。


 電車で一時間チョットの場所にこんな都市が存在する実感に圧倒されていると、浦江に肩を引っ叩かれる。


「何ぼーっとしてるの、さっさと歩く!」


 流石この街の出身だけあって、歩くのが早い。


 蜘蛛の巣状の路線図をスルスルと伝って自由自在に移動していく浦江を私と古川が必死になって追いかける。


 地下とは思えない程開放的な地下空間を走る地下鉄に乗り込み、揺られること17分。


 やっと目当ての店、ミリタリー&ポリスショップ中田の前に辿り着いた。


「いらっしゃいませー」


 網膜認証をして店の中に入ると、店主の中年男性(恐らく中田さんだろう)がカウンターの奥から威嚇(恐らくそういった意図は無いのだが来店者に対してこのような挨拶をするのは犯罪抑止の為の威嚇であると習った以上こう表現させて頂く)してきた。


「あっ」


 こちらの姿を見て何かを察したのか、カウンターから出てきた。


「もしかして警大の……」


「ええ、そうです。クラブで必要なモノを買いに」


 やはりこういった店の店主はヲタクというか、そっちの気があるのか、我々を『警察官』では無く『警大』と識別した。

 まだ設立されて一年も経っていないのに知っているとは、我々からしたら感激モノである。


「ご来店ありがとうございます……何かお探しですか?」


「えっと……色々あるんですけど……」


 浦江が差し出したメモを中田さんに見せる。


「……5万円以上から送料無料となっております」


 ニンマリと笑って発したその言葉に内心安堵しつつ、ワクワクしながら店主の案内に従う。

 古川はパワーソースとヘッドギア(流石ヲタクと言うべきか)を、浦江はバトラー(被弾判定装置)と構造物を見に行ったので、自分が店主と共に銃器類を見る事になった。


「えーと、インドアフィールドでの活動を想定されてるんですよね?」


「ええ、一応警察ですから」


 他に客は居ない上、どうせ網膜認証で身元が割れてる以上、与えられる情報は与えていくことにした。


「あぁLE系ですか……でしたら……」


 と言ってディスプレイの中から見覚えのある銃器を取り出す。


「お巡りさんならコレご存知でしょう」


「シンナンブですね」


 この前の印象深い授業の後、何回か模擬銃を腰に吊るして想定訓練を行ったので、最早親しみと呼ぶべき感情さえ湧いてくる我ら警察官の頼れる友人だ。


「CAPP-270――最近西カクさんから出た新しい奴です」


 西カクとは、サバイバルゲーム用品で最も重要と言える、ダミーガンの最大手メーカーである。

 高い品質と信頼性、ヘッドギアやバトラーと連携したリアルな感触で評判が高く、国防省や警察ウチにも模擬銃を納品しているメーカーである。


「やっぱカッコいいですよねー、これ」


 わかる。

 すごく良くわかる。


「後は……警察で使ってると言われてるのはコレですが……」


 と言って取り出した短機関銃は、確かに警備部で使っているモノであった。


「CAMP-330オートナンブ……まぁ普通のお巡りさんはコレ持つ機会あんまり無いと思いますが……」


「そうですね~」


 最近は割と持つようになったのだが、中田さんの体感治安を下げる訳にはいかないので適当に相槌を打つ。


「じゃあ、撃ってみます?」

「是非」


 そう言って案内されたシューティングレンジに入り、ヘッドギアを付けて銃を受け取る。


 普段学校で使っている模擬銃と殆ど一緒である事に今更気付いて感心する。


 シンナンブに弾倉を入れ、スライドを引き、安全装置を解除する。


 衝撃と音が伝わり、体が一瞬ビクッと硬直したが、銃口から発射された模擬銃弾(不可視レーザーなので実体は無い)は正確に的を射抜いた事を示していた。


 この衝撃と音は、銃本体とヘッドギアによって擬似的に再現されたモノである。


 それでも反射的に体が硬直してしまうのだから、現代技術は凄まじい。


「昔は音が鳴ってBB弾が出るだけだったんですけどね~」


 中田さんが昔を懐かしむように呟く。


「それ、売れたんですか?」


「ウチでは売れなかったですね~……」


 悪い記憶を呼び覚ましてしまったかもしれないと、シンナンブに安全装置を掛けてオートナンブを手に取る。


 弾倉を差し入れ、槓桿を操作し、切り替えセレクター単射セミオートに切り替える。


 シンナンブよりも軽く、抜けるような衝撃が伝わってくる。


 連射に切り替え、タララララッ!と弾をばら撒いたが、殆ど狙い通りに弾が飛んでいく。


 成程、これは凄い。


「お気に召されましたか?」


 横から見守っていた中田さんが、ニンマリと笑って語りかける。


「ええ」


 まだ現物を見て買いたいモノがあるので、レンジから売り場に戻る。


 今度は装具だ。

 ……と、軽い足取りで売り場を歩いていると、何か衝撃音がした。


 その方向を見ると、構造物コーナーにチョットした竜巻が通過したかのような惨事が広がっていた。


 更に悪い事にその中心に居たのは浦江だったのである。


 何をどうやったらああなるのかは分からないが、これで当分の活動費が飛ぶのは確定しただろう。


 やってしまった事は仕方が無い。だが一つ言わせて欲しい。


 どうしてそうなった?

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