6月 6日火曜日 物理化学準備室 三顧の礼
加美洋子
中に入ると窓を開けて肩ほどまで髪を伸ばしてポニーテールにしている背の高い女子生徒が眼を細めながら外を眺めていた。古城先輩だった。
「私が古城ミフユです。本当はこちらが三顧の礼を取るべきだけど選挙運動前でまだ情報は伏せておきたいからここに来てもらっちゃったけどごめんね」
私は試してみた。
「日向先輩のたっての願いでしたからそれは気にしてません。でも私は古城先輩に何の義理もないですよね」
「そうだね。だから私に機会を与えた事に感謝してる。ありがとう」
古城先輩は大きな机の周りに置かれた椅子に腰掛けるようにすすめられ、二人で向かい合って座った。
「率直な所を聞きたいのですけど、古城先輩は会長になって何を目指したいのですか?」
古城先輩は明るく答えた。
「不条理さ,不合理さを減らす事かな」
「不条理ですか?」
「そう。生徒自治会長になる事で学校での不条理さや不合理さを減らす機会を得られると思う。ただ、みんなの意思がどこになるのか。話を聞いて意見をまとめて合意形成をやらないといけないから出来る事は限られるでしょうけどね」
「はあ」
「とりあえずなんとかしたい不条理の一つが制服かな。女子がスカート指定というのはおかしくない?って思った。スラックスであったとして誰も困らない。制服の発想自体は否定しないけどバリエーションが認められてもいいはず」
意外に地道な話だった。ただ今時の保守的な公立校ではこれですら過激だろう。少し焚きつけてみる事にした。
「もっと大きな問題はやらないんですか?制服廃止でもいいはずです」
「立候補の公約には制服の標準服化、私服着用の自由も入れていて提案はするけど、最低限、女子の冬制服のスラックスの規定追加と男女夏制服の上衣ポロシャツ追加は実現したいって所。これは利害調整と合意形成の問題だから。学校に保護者、地域住民や卒業生に対しても勝手な主張を言っている訳ではなく選択肢の問題なんだってアピールしていく必要があるし。最後は落としどころの問題になると思うよ」
そして逆に古城先輩に聞かれた。
「私は絶対守るべき原則、例えば個人の権利とかだよね、以外については原則主義は取らない。利害調整、合意形成の中で決めていくべきだし、そのガイド役がリーダーの役割だと思ってます。加美さんだったら、この件はどのようにして取り組む?」
これは中学時代に考えてきた事だった。
「成果を得る事が大事だし、その成果とは合意形成で初めて明確になる事だとも思います」
古城先輩の方針は私も納得できる。同じ考え方の持ち主だと分かった。
そしてもう一つ質問を突きつけられた。
「加美さんにとって不条理、不合理を減らす事は生徒自治会、つまり生徒全体にとって重要なテーマだと思える?」
これは私と組めるかどうかを試す質問だ。
「私は日向先輩から強権上等な危ない奴ぐらいに見られてるのは知ってますが、それもこれも私自身が不条理さ、不合理さは大嫌いだからです。それで中学の時は生徒会の御用聞きっぷりに呆れて会長になって色々と変えてきました。この点では古城先輩とは気が合いそうです」
私は古城先輩に聞いた。
「先輩。私は日向先輩を中学校の生徒会長に担ぎ出そうとして逃げられてそれ以来避けられてきました。中学で生徒会活動に顔を突っ込んで気がついたんですけど私ってとっても利害のあり方を調べる事が大好きなんです。そしてその利害を調整していく役割にとても興味がありますし、その力のある人と一緒に取り組みたいって思ってました。中学時代実際にそう振る舞った事があって、その時のことから日向先輩は私を嫌ってるんだと思ってます。そんな日向先輩が無理をして私を誘ってきたようにも思えるのですが大丈夫なんですか?」
古城先輩はなるほどと一言漏らした。そして少し考え込んだかと思うと両腕をパッと広げてみせた。
「加美さん。日向くんはあなた個人の能力はとっても評価している。むしろ評価し過ぎてるぐらいだと思うよ。あなたの思っている通り中学時代の生徒会長選の時の事があって苦手だとは思ってたみたいだけど、あなたの事を認めていて推薦してきたのも彼だから。あなたがチームに入ってくれたらとっても力強いって思ったから日向くんは私にあなたの事を紹介してこうして会う機会まで作ってくれた。その点は大丈夫だと思うよ」
古城先輩は私に明日結果を教えてくれたらいいからと言われた。私は立ち上がると椅子の音が微かに響いた。
「わかりました。また明日の放課後にこちらに来てどうするかお伝えしますね」
彼女は微笑むと右手を差し出してきた。
「いい返事、待ってるから」
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