26話 魚釣島の清明 16/16

 「で、話はどこまで言ったさぁ?」

 「えーっと……、神降島カミウリジマとここで結界を……」


 「おお、ヤサヤー。」

 メイシアはもう一度、ナギィが説明するために作ってくれた黒砂糖のジオラマを見た。


 「……この結界、ものすごい大きさですよね……」

 「そうなんじゃ。それも、昼夜問わずじゃ。魚釣ユイチャー神降カミウリを結ぶ直線を、少し北に湾曲させたこの辺り。ここに結界を張っておる。この結界より北の地が山原ヤンバル。トイフェルがおる土地じゃ。」


 「メイシアは、ここに来るときに、大きな岩を見ていたでしょ。あれが祈りの場所。御嶽ウタキだよ。」

 ナギィに言われて思い出した。

 船から見えた山中腹、緑の中にある二枚の巨石。


 「その御嶽で、今も清明シーミーが祈りを捧げているさぁ。祈りは交代なんじゃ。ワシは力が強いから、他の清明が夜に休めるように一人で夜の番をしてるさぁ。」

 「え!夜に一人で?」


 メイシアには、元気とはいえ年老いたこのカマディが、深夜に一人で島を守っている事に驚きを隠せなかった。


 「ずっと続けていることさぁ。」

 「でも、おばあちゃん一人なんて……」


 「メイシアは、ずいぶん優しいワラビさぁ。……大丈夫。ワシは、それだけ力があるのさ。今、六人ほどが御嶽に出向いておるが、私はそれ以上の力で結界を張れる。そういう役目なんじゃよ。」


 「……おばあちゃん、私に何かできることはあるかな?」


 「嬉しいさぁ。……でもメイシアは、まず、自分ドゥーの事をやりなさい。ワシはその手伝いをするために、ヤーと出会わされたんじゃ。」

 「……誰にですか?」


 「それは、大きな力さぁ。」


 「……大きな力、」

 カマディが優しい目を細めて、うんうんと頷いた。


 「その大きな力に、十三夜にメイシアが現れると……なーんとなく、感じたんじゃ。」

 「え?オバア、何となくだったの?」


 「そうじゃよ。でも、ちゃーんとメイシアは現れたじゃろ?」

 「……それは、そうだけどさぁ、」



 「さ、というわけでワシの話はおしまい。……メイシアはワシに何を聞きにやって来たんじゃ?友達の事か?」


 「そうです……!やっぱり、おばあちゃんは何でもわかるんですね。すごい……」


 「老いぼれをあんまり買い被っちゃいけないさぁ。ワシがわかるのは、人々が分かる事より、すこーし多いだけ。それだけさぁ。さっきもいったじゃろ。あと数日、ここで待つと良い。ウチャクが来る。……いや、待つさぁ、」


 そう言って、カマディが合わせた手を額に当て目を瞑り、しばし黙り込んだ。

 風がまた居間を吹き抜けた。

 少し胸騒ぎがする熱波だった。


 カマディが目を開き、胸に吊るした勾玉を少し震えた手でぎゅっと握った。


 「オバア、どうしたの?」


 「……何でもないさぁ。」

 「でも、オバア、なんか顔色が悪いさぁ?」

 ナギィがカマディの様子が明らかに変わったので、いつもより食い下がる。

 

 「なぁに、デージなことじゃないよ。もうすぐ、次の扉が開くみたいさぁ。」

 「次の扉……?」


 カマディが二人の手を、両の手で握った。

 今までとは全く違う、決意の手だ。その手は、しわくちゃだが、強い人だけが持っている温かさがあった。


 「……いいかい。ナギィ、メイシア。何があっても、自分ドゥーを信じるんだよ。そして、ワシは何があってもお前たちの味方じゃ。ワシはお前たちを守る。だから、どんなことがあっても、ワシを信じるんじゃ。」


 「おばあちゃん……一体何が起こるの?」

 「そうさぁ。ワーがオバアの事を信じないわけがないさぁ。」

 二人は不安で、押しつぶされそうな感覚に襲われた。

 ぎゅっと、カマディの手を握り返す。


 「なんくるないさぁ。ははは。オバアの話なんてテーゲーにチチュンさぁ。……さー、今日からちょっと忙しくなるよ。まず、御嶽からみんなが帰ってくる前に、夕食ユーバンの準備をするさぁ。」


 今日のユーバンは何にするかねぇ、などと言いながら、立ち上がり土間に向かったカマディを二人は、不安な気持ちのまま見つめた。



 「オバア……! 夕食の準備もだけど、昼飯アサバンも食べてないさぁ! 」

 「え? ナギィ、朝ごはんは、ナギィがおにぎり作ってくれて、食べたよ? 」


 「あー、紛らわしいよね、アサバンって、お昼ご飯の事なんだ……」

 「へぇ~。」


 「おぉ、そうじゃったな。ワシもまだ食べておらん。アサバンは何がいいかのぉ。そろそろ、森榮もお腹を空かせてかえってくるさぁ。」

 明らかに何かに動揺しているように見えるカマディだったが、二人はそれ以上は聞けなかった。


 カマディが信じろと言ったから、そうするより選択肢は無いように思えたからだった。




────


ナンクルナイサ / なんとかなるよ

デージ / すごい

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