8話 十六夜の島 8/10

 三人と一匹が食事を終えるころ、海榮かいえいがやって来た。


 「ハイサイ。ゆーべー、にんだりーてぃー?」

 そういいながら、三人と向き合う形で、一段下がった縁側に腰を下ろした。


 慌ててチルーが座布団を差し出すが、「よいよい」と言ってにっこりとした。


 チルーは海榮が縁側の板張りに座っているのに、畳の上に居ることもできないので、縁側に下り、海栄の斜め後ろに腰を下ろした。

海榮はよいよいと言ったままのニコニコを崩すこと無く、三人の顔を見渡した。


 余程、三人の頭の上にクエスチョンマークが出ていたと見えて、一人で「あぁ」と納得するとガハガハと笑い出した。


 「いやー、すまない。自分はこういう見てくれなもので、怖がられないように声をかけようと思ったのだが、親しみがある方がいいと思い、島の言葉で話しかけたが、それではダメだったな。」

 といって、いかにも愉快そうに自分の膝を叩いた。


 「今のは、昨晩はよく寝られたか聞いたのだ。」

 確かに見た目は大柄の男性で顔もパーツが大きく迫力があり、強面と言えばそうなのだが、ニコニコしているとしても親しみやすいおじさん、といった感じだ。

 昨晩は甲冑を着ていたが、今日は着物だった。



 「おはようございます。昨晩は、部屋を用意してくださったおかげで、こんな時間までぐっすりでした。」


 「そうかそうか。それは良かった。……お?チャルカ殿は、ジージキはお嫌いかな?」

 チャルカのお膳の上に唯一、漬物が残されている事を見つけた。


 「……うん。ごめんなさい。」

 「そうか。自分のイキガングヮも……息子も、ジージキは好かんから、仕方がない。」

 そういうとまたニコニコ。


 ニコニコはしているものの、やはり顔面にそれなりの迫力があり、チャルカが漬物を残してしまっている後ろめたさも相まって、じわじわと口元が泣き出しそうに歪みだした。


 それをいち早く察知したウッジが、慌てて話題をふる。


 「海榮さんには、息子さんがいらっしゃるんですね!」

 海榮のまじまじとチャルカに注がれていた視線が、ウッジへと移される。


 「愚息が一人な。ヤナワラバー……悪ガキで困ったものだ。そうだなぁ、チャルカ殿よりも少しばかり年上かのぉ。あと娘もおるぞ。姉と弟の二人だ。」

 「チャルカと同じくらいだって。お友達になれるかもしれないね。」


 ウッジが必死にチャルカの気を紛らわせようと、声をかけるのだが、海榮から視線が戻ってくると、とうとうダムが決壊した様に泣き出してしまった。

 慌ててメリーがチャルカの肩に上り、チャルカに頬ずりをした。


 「おぉ、すまん……。やはり自分はわらばーに好かれんなぁ。」

 急に海榮が寂しそうにシュンと小さくなった。今まで豪快で快活なイメージの海榮の意外な変貌に、ストローがくすっと笑った。


 「海榮さんって、最初は怖い人なのかと思ったんですけど、かわいらしい方なんですね。」

 ストローが何気なく言った言葉だったが、その瞬間にチルーがハッとした顔をしたのち、顔が青ざめるのが視界に入り、ストローはやってしまった……と慌てて繕おうとした。


 「いや、かわいいというか……親しみやすいというか……」


 「はははっ!よいよい!良いのじゃ!自分がかわいらしいか!初めていわれたのぉ。あははははっ!」

 あまりの、豪快な海榮の笑いに、その場の全員があっけにとられた。


 「海榮……さん?」


 「はぁーー、ストロー殿はウィーリキーさぁ!」

 「……はぁ……。」


 「あぁ、すまんすまん。ストロー殿は面白い事を言う。そんな事を自分に言った女性いなぐは初めてさぁ。よし!気に入った。自分が貴殿らのこの島での身分を保障しよう。自由に行動すると良い。困ったことがあれば、何でも自分に相談すると良い。」


 「えぇ?今の会話のどこに、オラたちを信用する要素が……」

 とストローが口を開くが即座にウッジがそれを遮った。


 「ちょっと、ストロー!信用してくれるって言うんだから、ありがたい話じゃない!」

 「……そりゃそうだけど、」


 「いやいや、今のを気に入ったのはもちろん嘘ではないが、それだけではないのだよ。同じ空間にいて言動を見ていたら自ずとわかる。貴殿らは、いつも本当の事を話してくれている。ほれ、今のストロー殿の自分の言葉に対しても、ホイホイと都合のいい事だけを 頂戴するような、そんな性分ではないのは明らかだ。……自分もそこそこ身分のある身でな。人を見る目くらい持っておるつもりなのだよ。」


 先ほどまで海榮の後ろで目を白黒させていたチルーが小さく息を吐き、呼吸を整えると三つ指を揃えて頭を垂れた。


 「海榮さまは、この赤星島あかぶしじま親軍おやいくささま……この島で天加那志ティンヂャナシの次席でございます。」


 「「……てぃん? 」」

 またもや、ストローとウッジの頭の上に、クエスチョンマークがポポポと並んだ。


 「ティン加那志ヂャナシ。異国でいうところの国王様という意味かのぉ……」

 海榮が合っているかのぉ……と斜め上を見ながら、ポリポリと頬を掻いた。


 「「えーーーーーーーーーーー! 」」

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