39.アンドロイド

 テミスは謎の鼻歌を歌いながら軽い足取りで軍事施設へと向かっていた。

それに付き合うのは怜央一人。

 またテミスとか……などと思いながら後について行くのだが、その心境は徐々に開く距離が物語っていた。


「あら、怜央。そんなんじゃいつまで経っても着かないわよ。もっとペースを上げなきゃ」

「へーい。……なんだったらさっきのバスを出してくれてもいいんだぞ? 運転できるならな」

「運転なんてできなくても、剣みたく操れるわ。本当に出してあげましょうか?」

「……冗談だ。真に受けなくていい」

(どうにか行かなくて済む方法はないものかな……っと)


 ちょっとした曲がり角を過ぎてとある高架に差し掛かった時、その下に不穏な人影が目に入った。

妙に白く照らされたコンクリ壁によこたわる1人の女性。

さらにその女性を鉄パイプで殴りつける不良地味た格好の若者2人。

顔に向けて何度も何度も執拗に殴りつける姿はとても正気とは思えない。


 怜央は咄嗟に反応し、テミスを追い抜いて現場へと走った。


「おい、何してる! やめろ!」


 叫ぶ怜央に気を取られた不良は鉄パイプを担ぎ威嚇してきた。


「あ゛? んだテメーは」

「おめーにゃ関係ねぇだろうがよ!?」

「寄って集って人を襲ってるやつ、見過ごせる訳ないだろ!」

「あー? 人だぁ? おいおい、よく見ろよ。こいつは人じゃねぇ。アンドロイドだ」


 怜央は壁に持たれかけて項垂れる人に目を向けると、それは確かに『人』ではなかった。

瞳は人間離れしたオレンジ色で、短く切りそろえた髪も鮮やかなオレンジ色。

よく見れば右腕はげているし、あれだけ殴られて血の一滴も流れちゃいない。

 表皮には焼け焦げたような跡もあり、服もボロボロ。

しかもそれは、服と言うには貧弱すぎてどちらかといえば紙切れと呼ぶに相応しい。

ただ必要最低限に、大事な部分を隠しているに過ぎなかった。


「――確かに人じゃないかもしれない。だからといって殴っていい理由にはならないだろ!」


 不良は鼻で笑うと凄みを利かして睨んだ。


「へっ、あんたは『そっち側』の人間か。ならわかんねぇだろうな……。――俺ら職を奪われた側の気持ちはよ!」

「……職を奪われた?」

「ああそうだよ! こいつら機械は人間様の仕事を奪いやがった! お陰で俺は仕事にも就けずその日暮らしの毎日さ! 俺みたいなやつらは他にも大勢いる! それもこれも全てはアンドロイドこいつらのせいだ!」

「……それについては同情するよ。でも、だからと言ってアンドロイドを壊してもアンタが救われる訳でもないだろ?」

「ああ、そうさ。その通り。たかが一体を潰したところで何も変わりはしない。だが――少なくとも俺の気は晴れるね!」


男はそう言うと鉄パイプを握りしめ、問答無用でアンドロイドの顔目がけて振り切った。

高架下ということもあり、その音は妙に高く響いた。

アンドロイドはその衝撃によってうめき声を上げながらうつ伏せに倒れ込んだ。


「あぅう゛……ぅあっ、ぐっ……」


 不良の突然の一撃に、魔力壁の生成が間に合わなかった怜央は思わず目を背けた。

だが、アンドロイドの発する小さな声を、怜央は聞き漏らさなかった。


「た……けて――」


 蚊の泣くような弱々しい声で助けを求めるアンドロイドと、怜央は目が合った。

そこには希望もない、死にかけの瞳があった。

怜央は先程の攻撃から守ってやれず苦々しい思いをしたが、これで腹が決まった。


「おい、もういいだろ。これ以上やるなら俺も黙って見過ごすことはできない。今ならまだ見逃してやる、さっさと帰れ」


 不良は嘲笑った。


「お前に何が出来るってんだ!?」

「やれるもんならやってみな!」


 不良共は留めだと言わんばかりに渾身の力を込めてアンドロイドに振り下ろした。

大の男が全力を持って何回も叩いていたことを考えると、この一撃で完全に壊れたとしても可笑しくはなかった。

だが、怜央が何もしない訳がなかった。

男らの振るった鉄パイプは、アンドロイドに接すると同時に跳ね返った。


「ぐああっ!」

「なんだっ、手がっ……!?」


 正確に言えばアンドロイドに接すると同時に跳ね返ったように見えただけだ。

2人は魔力壁で跳ね返った衝撃の、全てを吸収した手首を抑えた。

不良共の行いに憤りを感じた怜央は後ろにいたテミスにある物を要求した。


「テミス! あれを寄越せ!」

「楽しいことになってるわね。それっ」


 ウキウキ顔のテミスはメンテ済のベネリを投げ渡した。

怜央は受け取ると同時にコッキングし、銃口を男らに向けた。


「お前らに垂れる慈悲はない。たとえこの場に神がいようと、俺を止めることはしないだろう」

「なんだよそれっ、やめ――」


 青ざめる男に怜央は躊躇なく撃ち込んだ。

1発、また1発と2人に向けて引き金を絞る。

放たれた弾は2つとも腹部に命中した。


「グァ゛ッ……」

「うぅ……」


 2人はあまりの衝撃と痛みにその場にうずくまった。

 例えじゃなくてここにいるんだけど! というテミスの主張は無視して、怜央は男らの前に立った。

そして、ベネリに取り付けたシェルホルダーから新たに2発の弾を抜き取って銃に込めた。


「それはビーンバック弾。人体を貫通しないようできてる弾だ。どんな悪党でも殺したとなれば寝覚めが悪いからな」


怜央はボルトハンドルを引いて弾を薬室チェンバーへと送り込む。


「次は無い。さっさと消えろ……!」


 男達は痛みを堪えて立ち上がると、恨み言も無しにそそくさと逃げていった。


 怜央はベネリのストックを畳むとお礼を述べてテミスに返した。

そして倒れていたアンドロイドを抱き起こす。


「すまない……もう少し早く助けてやれなくて」

「……ぃえ、たす――か……した」

「ねぇ、怜央。彼女どうするの? まさか放置するってわけでもないんでしょ?」

「当たり前だ。……損傷はかなり酷いがあの博士なら少しは直せるかもしれない。持って帰って見てもらおう」


 そう言ってアンドロイドの手を自分の首に回した怜央はおんぶの要領で持ち上げようとした。

アンドロイドは想像を絶して重たく、魔力壁で下から押し上げなんとか持ち上がった。

完璧に立ち上がると後ろの方から金属音がし、振り向くとそこには千切れた足が横たわっていた。


「あー……。 大丈夫、なんとかなるよ。――博士を信じよう」


怜央は落ちていた手と足を回収すると、来た道を引き返した。


「ちょっと、軍の施設に行くんじゃなかったの!?」

「それはまた今度、行けたら行こう」

「それって行かないやつよね……私しってるわよ」


 テミスは後ろ髪引かれながらも、怜央の背負うアンドロイドも面白そうだと考えて、今回は大人しく戻ることにした。

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