第39話『あぁ、これで夏休み。』

 7月19日、金曜日。

 今日で高校1年生の1学期も最終日。終業式の後のホームルームで通知表を渡された。


「本当によく頑張ったね、神楽君。この調子で2学期以降も頑張っていきましょう」


 通知表を渡されるとき、深津先生にそんなコメントをいただいた。ということは、なかなかいい評定だったのかな。

 自分の席に戻ってさっそく通知表を開いてみる。


「……あれ?」


 2桁や3桁の数字が書かれているので思わず目を疑ってしまう。

 中学までとは違って、夕立高校では100点満点で成績が付けられるのか。説明を見てみると、各学期の成績を100点満点で付けて、年度末に1年間での評定を5段階で付けるようだ。

 俺の成績は……全教科90点以上か。数学Ⅰや英語表現Ⅰ、家庭科は100点満点。平均点によって付けられた順位も記載されており、クラスでは1位、学年で2位。高順位だったことも嬉しいけれど、これで夏休みは平和に過ごすことができるという安心感の方が強い。深津先生が言ったように2学期以降も勉強を頑張っていこう。


「月原咲夜ちゃん」

「はい」


 おっ、咲夜も通知表が渡された。深津先生が笑顔で何か話していることからみて、結構いい成績だったんじゃないだろうか。

 咲夜は席に戻って通知表を開くと笑みを浮かべていた。近くに座っている女子と見せ合って楽しそうに喋っている。

 また、咲夜は俺に向かって笑顔でピースサインを送ってきた。咲夜は短冊にも赤点がないようにと書くほどなので、少なくとも赤点はなかったのだろう。俺もとりあえず右手でピースサインを送った。こんなにも平和で、ほのぼのとした通知表を渡される時間を過ごしたのは初めてだな。


「はーい、これで全員に通知表が行き渡りましたね。みなさん、これにて1学期の日程は終わります。今年は曜日の関係で、明日から9月1日まで夏休みです。楽しく充実した夏休みを過ごしてくださいね。あっ、赤点科目のある子は特別課題や補習をしっかり取り組んでくださいねー。ケガや病気をせず、9月2日にこの教室でまた会いましょう。では、最後に一本締めをして、1学期最後のホームルームを終わりましょう」


 一本締めって。深津先生の趣味なのだろうか。父さんが仕事関連の呑み会の終わりに一本締めをするとは聞いたことがあるけれど。これには首を傾げたり、「どうして?」と笑ったりする生徒がちらほらといる。ただ、反論する生徒はいなかった。


「それではみなさんお手を拝借。1年4組の1学期はこれにて終わります! いよぉ~!」


 1年4組は一本締めをして、1学期の学校生活を締めくくった。

 ホームルームが終わると、咲夜は嬉しそうな様子で俺のところにやってきた。


「颯人君、1学期お疲れ様」

「お疲れさん。通知表を渡されたときに俺にピースしてくれたけど、満足のいく成績が取れたのか?」

「うん! 苦手な理系科目が赤点じゃなかったの。あと、国語や英語、世界史は90点近く取ることができたし。クラスでは13位だったよ」

「そうだったのか。良かったな」


 赤点じゃないことを最初に言うところからして、本当に赤点は勘弁してほしいという気持ちが伺える。現に、赤点を取ってしまったのか、課題を先生から受け取った生徒ががっかりしているし。


「颯人君はどうだった?」

「まあ……全教科90点以上取れていた。数学と英語、家庭科は100点満点だったな」

「……す、凄いね。家庭科も100点ってところが颯人君らしいかも。ということは、クラス順位は?」

「……1位だった」

「学年の方は? あたしは107位だったんだけど」

「……2位だった」

「……拝むと御利益がありそう」


 すると、咲夜は両手を合わせて俺に向かって拝んでくる。それで学力がアップするとは思わないけれど、勉強へのやる気に繋がれば何よりだ。こんなことしている咲夜だけど、40人近くいるクラスで13位、300人以上いる1年生のうちの107位はなかなかいい成績なんじゃないだろうか。


「颯人、咲夜」


 うちの教室に紗衣が入ってくる。1学期が終わったからか、いつも以上に爽やかな笑みを浮かべているな。そのことで、4組の女子達もかなり大きな黄色い悲鳴を上げている。


「紗衣、お疲れさん」

「お疲れ様、紗衣ちゃん!」

「2人ともお疲れ様。あと、4組の方から一本締めが聞こえたから何事かと思ったよ」

「若菜先生の趣味なのか一本締めをすることになったの。ところで、紗衣ちゃんは成績道だった? あたしはまずまずだったよ! 赤点もないし。ちなみに、クラス13位、学年107位だった」

「咲夜が色々と教えてくれたから、私も教えないとね。私も赤点はなかったよ。クラスでは4位で、学年では27位だったよ」

「……紗衣ちゃんにも拝んだ方がいいね」


 紗衣にも手を合わせて拝んでいる。そのことに紗衣も声に出して笑う。


「そう言うってことは、颯人にも拝んだんだね。そういえば、教室に入ってきたとき、咲夜の後ろ姿が変な感じだったな。それで、颯人はどうだった?」

「……クラスでは1位、学年で2位だった」

「おっ、さすがは颯人」

「どうもありがとう。紗衣もよく頑張ったな」

「……うん」


 紗衣は一度頷き、俺と目が合うと嬉しそうな笑みを浮かべた。夕立高校に入学してから、小さい頃のような笑顔を見せることが多くなった気がする。

 そんな中、周りから「おおおっ」という声が聞こえてくる。


「3人とも、1学期お疲れ様」


 やっぱり、麗奈先輩がやってきたのか。先輩は俺達に笑顔で手を振ってくる。テストが終わった直後から生徒会の仕事が再開したので、終礼が終わってこうして教室にやってくるのはひさしぶりのことだ。


「みんな、成績はどうだったかな」

「赤点科目なしでした!」

「私も赤点科目がなくて一安心でした。みんなのおかげでいい成績でした」

「俺もよくできたんじゃないかと思います」

「そっか。じゃあ、みんな夏休みを謳歌できそうね。私もいい成績だったわ」


 やっぱりいい成績だよな。きっと、麗奈先輩なら学年でも一桁は取れているだろう。


「今日は生徒会の仕事もないし、みんなと一緒に遊べるよ。紗衣ちゃんはバイトはあるのかな?」

「きっと遊べると思っていたので、今日は入れないようにしました」

「じゃあ、4人で遊びましょう!」


 咲夜、とても張り切っているな。

 夏休み中も4人で遊ぼうと思えば遊べるだろうけど、今日のような学期最後の日に遊ぶというのは特別な感じがしていいのかも。


「遊ぶことは決まったのはいいとして、まずはお昼だよね。3人はどこか行きたいお店とかってある?」

「期末試験の初日から午前のみの日程が続きましたからね。その間に、色々なお店に行ったり、颯人君やあたしの家でお昼ご飯を作ったりしました」

「そうだね。今日は麗奈会長が一緒ですから、会長オススメのお店がもしあったら行ってみたいです」

「うん、いいよ。駅の近くにある喫茶店なんだけど、そこは紅茶やコーヒーだけじゃなくて、料理も楽しめるお店なの。メニューも豊富で」

「いいですね! 行ってみましょう。喫茶店でお昼を食べながら、どこで遊ぶか決めましょうか」


 俺達は4人で夕立高校を後にして、麗奈先輩オススメの喫茶店へと向かう。

 店名を聞いていなかったけれど、駅の近くにある食事もしっかりと楽しめる喫茶店って、母さんがパートしている喫茶店のような気がしてきた。そういえば、今日も母さんはお昼頃から夕方までパートだった気がする。

 麗奈先輩についていく形で歩いていく。


「ここだよ」


 落ち着いた外観が特徴的で、入口の上に貼られている看板に描かれている店名は『いぶにんぐ』。


「ここ、私、何度か来たことあるよ。確か……」

「紗衣は知っているか。母さんがパートしている喫茶店だよ。しかも、今日はパートのシフトが入ってる日。母さんは基本、ホール担当だから会えると思うよ」

「はやちゃんのお母様がここでパートされているんだ。今まで何度も行ったことがあるけれど、白い髪の女性店員さんとは会わなかったなぁ」

「そういうこともありますよ、会長さん。さっそく入りましょうか」

「そうね」


 会長さんが喫茶店・いぶにんぐの入口の扉を開ける。

 このお店にはひさしぶりに来たけれど、落ち着いた雰囲気は以前と変わらないな。個人的には小学生の頃に家族で食事をしに来た場所というイメージなので、こうして高校生になって友人や従妹と来ると不思議な感覚になる。

 扉を開けたときにカウベルが鳴ったからか、白い髪の女性店員さん……俺の母親が笑顔でこちらにやってきた。


「いらっしゃいませ。……あら、颯人達じゃない。学校が終わったのね」

「ああ。この後4人で遊ぶ予定なんだけど、その前にお昼を食べようってことになって。それで、会長さんがオススメするお店ってことでここに来たんだよ」

「あら、そうなの。とても嬉しいわ。後で店長達に言っておくわね」


 ふふっ、と母さんは上品に笑う。そんな母さんのことを、店内にいる男性客を中心にほのぼのとした様子で見ている。


「陽子さん、その黒い制服姿可愛いです! 颯人君や小雪ちゃんっていうお子さんがいるとは思えません」

「咲夜ちゃんの言うとおりだね。スカートもよく似合ってます。あと、脚きれい……」


 息子から見ても、高校生と中学生の子供がいるとは思えない若々しい見た目だと思う。そういえば、以前に「私がパートを始めてから常連の方が増えたと店長に言われた」という話を聞いたけど、今の姿を見るとそれも納得してしまうな。


「ふふっ、ありがとう。多くのお客様から似合っていると言われて嬉しいけれど、颯人の友達に言われると気持ちが若くなった感じがするわ。真弓お姉ちゃんと一緒に着てみたいな。あっ、真弓お姉ちゃんっていうのは紗衣ちゃんのお母さんのことね」

「あたし、会ったことがあるので分かる気がします。似合いそうです」

「母なら似合うかもしれないですね」

「私は会ったことがないけれど、紗衣ちゃんのお母さんだからきっと美人さんなんだろうなぁ」


 母さんとは違って、紗衣の母親の真弓さんは活発な雰囲気だ。綺麗な方だし、同年代の女性の中では指折りに似合うんじゃないだろうか。


「いつまでも入口の近くで話してはいけないわね。4名様、ご案内いたしします」


 俺達は母さんによって、窓側のテーブル席へと案内される。咲夜達や店員の母さんのおかげか、周りのお客さんに恐がられることはなかったのであった。

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