第23話『花もあなたも美しい。』

 6月29日、土曜日。

 今日は期末試験直前の週末。なので、今日も俺の家で試験対策のための勉強会を開くことになった。

 ただ、今日はこれまでとは違って、麗奈先輩も参加する。昨日の夜に麗奈先輩から期末試験前なので一緒に勉強しないかとメッセージが来たので、俺が誘ったのだ。なので、4人でのグループトークを作り、今日の午後は俺の家で試験勉強をすることに決まった。

 また、俺とひさしぶりに話し、友達になったこともあってか、麗奈先輩は3年前の事件の現場となった花畑を一緒に見たいと言ってきた。なので、花畑で4人と待ち合わせし、俺の家に行くことにした。

 ただ、麗奈先輩は花畑の詳しい場所までは知らないらしいので、俺達が卒業した夕立第一中学校の正門前で待ち合わせして、花畑まで一緒に行くことになった。



 午後1時半。

 俺は母校である夕立市立夕立第一中学校の正門前で、麗奈先輩のことを待っている。先輩との待ち合わせはこの時間だけど、準備に手間取っているのかな。まあ、気長に待つことにしよう。それに、雨が降る心配もないし、そこまで暑くないから。

 土曜日なので、部活に来る生徒が多いかと思ったけど、小雪が来週は期末試験なので部活動が禁止されていると言っていたことを今思い出した。

 生徒達に怯えられることがない変わりに、不審者だと思ったのか出勤していた職員から声をかけられてしまった。女性の友人と待ち合わせをしていて、俺がこの春に卒業した生徒であることも説明したらようやく去ってくれた。面識のない職員だったけれど、今年度になってここで働き始めた人なのかな。


「お待たせ、はやちゃん」


 若干、息を乱した様子で麗奈先輩が俺のところにやってきた。膝丈のスカートに半袖のブラウス姿がよく似合っている。勉強道具を入れているのか大きめのトートバッグを右肩にかけていて。その姿は大学生のようだ。


「ごめんね、遅れちゃって」

「いえいえ、俺もついさっき来たところなので。その服、よく似合っていますね。大人っぽくて素敵です」

「……ありがとう。はやちゃんにそう言ってもらえて嬉しい」


 えへへっ、と麗奈先輩は文字通りの嬉しそうな笑みを見せる。

 卒業した第一中学校でも、今通っている夕立高校でも、麗奈先輩が友達と楽しそうに話しながら歩いている姿は遠くで何度か見たことはあったけれど、こうして俺にとてもいい笑顔を向けてくれる日が来るとは。感慨深い気持ちになるな。


「じゃあ、咲夜と紗衣の待ち合わせ場所の花畑に行きますか」

「う、うん」


 すると、麗奈先輩は俺に右手を差し出してきて、


「は、はぐれちゃうかもしれないし。はやちゃんさえ良ければ、手……繋ごう?」


 俺のことをチラチラと見てくる。何だかこの光景、つい最近見たな。


「じゃあ、花畑まで手を繋いで一緒に歩きますか」

「……うんっ!」


 麗奈先輩は喜んだ様子で俺の左手を掴んでくる。

 あぁ、この手の温もりに嬉しそうな笑顔……先週の咲夜と重なっているんだ。だからか、とても温かい気持ちになる。

 俺は麗奈先輩と一緒に花畑に向かって歩き始める。


「はやちゃんと一緒にこうして歩くことができる日が来るなんて夢みたい。しかも、手を繋いで。こんなところ、うちの高校の生徒に見られたら、咲夜ちゃんのときのように噂が広まっちゃうかもね」

「そうかもしれませんね。お互いに有名人ですし。もし、そうなったら……そのときに対策を考えましょう」

「うん」


 ただ、本当にそうなってしまっても、今度は麗奈先輩だ。先輩が「彼とはお友達として仲良くしています!」って言えば、多くの生徒が信じてくれそうだ。


「……はやちゃん、ごめんね」

「えっ? どうしたんですか、いきなり」


 麗奈先輩、しんみりとした表情で俺のことを見ている。今も3年前のことを気にしているのだろうか。俺が入院しているときに、彼女は何も悪くないのにたくさん謝ってくれた。


「麗奈先輩が――」

「本当は花畑の場所は分かっているの。でも、こうやって2人きりで歩きたかったから嘘を付いちゃった。あと、いい待ち合わせ場所が思いつかなかったから、中学校前にしちゃって……ごめんね」

「ああ、そういうことですか」


 先輩の家がどこにあるのかは分からないけれど、中学校から花畑まで数分もかからない。事件が起こってからしばらくはあの花畑にマスコミ関係者が訪れたそうだし、それを頼りに花畑の場所は特定できるか。


「可愛い嘘ですが、すぐに謝ってくれるのは麗奈先輩らしいですね。気にしないでください。それに、中学校もいじめの遭った舞台ですけど、先生方が良かったですから。意外と悪くないんですよ。それに、今は可愛い俺の妹が通っていますし」


 ただ、俺のことを知らなかったのか、校門前で麗奈先輩を待っている俺を怪しむ教員はいたけれど。


「そうなんだ。ありがとう、はやちゃん。あと、はやちゃんの家の場所も知ってるの」

「……えっ?」

「中学生のとき、はやちゃんに一目惚れしてから、できるだけたくさん姿を見たくて。放課後や休日に1人になれるときは、はやちゃんのことを探して。それで、告白する前にはもうはやちゃんの家や花畑の場所は分かっていたの」

「そ、そうだったんですね」


 そこまではさすがに予想できなかったな。つまり、俺への強い好意が原動力になって、俺の自宅や花畑の場所を特定したのか。

 入院しているときに謝りに来てから、つい先日、学校の中で会うまで3年近く話していなかったけれど、その間はきっと学校でもプライベートでも俺のことをたくさん見ていたんだろうな。

 ちなみに、俺は学校では麗奈先輩のことをチラッと見かけることはあったけれど、プライベートでは見たことはない。


「まあ、その……これからは連絡してくれれば、家にも花畑にもいつでも来てくれていいですから」

「ありがとう。あと、今の花畑をはやちゃんと一緒に見たいのは本当だよ!」

「ははっ、そうですか。分かりました」


 麗奈先輩とは友達になったし、3年前の火災事件もよく知っているので、今の花畑を見てもらいたい気持ちはある。既に1人で見ているかもしれないけれど。


「大好きなはやちゃんと手を繋いで歩いているからか、いつも見ている景色が違う雰囲気に感じるよ」

「俺も中学から家に帰るときは1人でしたからね。先輩と手を繋いでいることもあってか、普段と違うっていうのは分かりますね」

「……はやちゃんと同じで嬉しい」


 そのときの麗奈先輩の笑顔は、今まで俺が見た中でも一番といっていいほどの素敵な笑顔だった。彼女が俺に好意を持っていることが分かっているからか、今の彼女を見てキュンとする。

 徒歩数分ということもあってか、あっという間に花畑に到着する。すると、入口には既に私服姿の咲夜と紗衣の姿が。


「おっ、颯人と麗奈会長が来たね。こんにちは」

「こんにちは。……あっ、会長さん、颯人君と手を繋いでる」

「ま、迷子になりやすいからね! 近いけれど、はぐれないように手を繋いでいたの」


 そうだよ、と言いながら麗奈先輩は顔を赤くしながら、慌てて俺から手を離した。本当はただ、俺と手を繋いで2人きりで歩きたかっただけだけど、そのことを話す先輩が可愛かったので言わないでおこう。


「それにしても、咲夜ちゃんも紗衣ちゃんもその服、よく似合っているね! はやちゃんも似合ってるよ!」

「ありがとうございます! 会長さんも可愛いですよ!」

「咲夜の言う通りだね。大学とかにいそう。新入社員さんにも見えますね。もちろん、大人っぽい雰囲気があるからですよ」

「ありがとう、2人とも。これがはやちゃんの花畑なんだね」

「ええ。一応、神楽家の花畑ですけど、俺中心に花の世話をやっていますね。絵を描くことも好きなので、花が咲いたときにはスケッチも描いています。さあ、どうぞ」


 そして、俺達は花畑の中に入っていく。こんなにも多くの同年代の女子を招き入れるのは初めてなので緊張するな。


「あじさいの花が綺麗に咲いているね」

「ありがとうございます。今年も梅雨の時期に咲いてくれました。あじさいの花は先週の週末にスケッチしました」

「へえ。ひまわりの花ももうすぐ咲きそうだね。あと……これは? つぼみの状態だけれど」

「それは月下美人って花です。今年は早い時期に1回目の開花を迎えて。そのときに咲夜と話すようになって」

「そうなんだ」

「あのときから半月近くしか経っていないのに、何だか随分と前のように感じるね」


 ふふっ、と咲夜は優しげな笑みを見せる。月下美人が咲いたあの日の夜に咲夜と話すようになってから、色々なことがあったからな。咲夜の言うように結構前のことのように感じるよ。


「麗奈会長、その月下美人の花の写真を、前に颯人から送ってもらったんです」

「どれどれ。……うわあっ、これが月下美人の花なんだ! 白くて綺麗……」


 紗衣のスマホを見ながら、麗奈先輩はうっとりとした様子で感想を言う。月下美人の花は毎年3、4回くらいしか咲かないし、俺の花畑を知っている先輩も見たことはないのかな。夜に咲くし。実は見たことがあって今のような反応をしているとしたら、相当な役者だと思う。


「確か、颯人君の話だと月下美人の花って、開花時期に数えるほどにしか咲かないんだよね?」

「そうだ。多くて数回で、一夜にして散っちゃうんだ。まだまだ開花時期はこれからなので、今年もまだ見ることのできるチャンスはあると思います」

「そうなんだね。もし咲きそうなら連絡してくれるかな。生で見てみたいから」

「分かりました。じゃあ、そのときが来たら、4人で月下美人の花を見ましょうか」


 自分の育てている花を見るのを楽しみにしてくれている人がいるのはいいもんだな。月下美人の花も麗奈先輩達の想いを汲み取って咲いてくれると嬉しいな。


「……こうして綺麗な花が咲くまでになって良かったよ。3年前、ここで火災があって、はやちゃんも重傷を負って。その前からはやちゃんがいじめを受けていることを知っていたから悩んでいたけれど、火災事件の話を知ったときは凄くショックだった。正直、ずっとその気持ちが心の中に居座っていて。でも、元気なはやちゃん達とこうして綺麗な花畑を見ることができて、気持ちがスッキリしたよ。……ありがとう」


 両眼に涙を浮かべ、しかし、爽やかな笑みを浮かべて麗奈先輩はそう言ってくれた。もしかしたら、先輩は3年前の火災事件について気持ちの整理をしたり、区切りをつけたりしたくて俺達と一緒に花畑を見たいと考えたのかもしれない。

 あじさいの花などを見ながら笑顔を浮かべる咲夜、紗衣、麗奈先輩はとても美しく想えるのであった。

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