第11回
公園にもサイクリングコースはあるが、ひまわりは自転車を入り口付近の駐輪場に停めた。籠からそれぞれの荷物を出し、並んで歩く。夕闇はまだ訪れない。園内の照明がともされるのもしばらく先だろう。
「目立つところでふたり乗りはまずい」
とひまわりは真っ当なことを言った。
「目立たなければいい?」
「よくはないけど、絶対にやっちゃいけないほどの悪事でもない、ぐらい。お酒も飲んだことあるし。向こうでバーベキューとかやるじゃんか。お酒もがんがん出てくるの」
「そういうイメージあるよね。おいしかった?」
「正直言うと、あんまり。コーラのほうが普通においしい。肉はぱくぱく食べたけどね」
小さな売店でホットドッグを買った。カラオケ店で立て替えてもらっていたぶんを、私がひまわりに奢ることで相殺しようという話になった。大きなソーセージとたっぷりのキャベツが挟まった、思いのほかヴォリュームのあるものが出てきたので、少し驚いた。飲み物はコーラと烏龍茶。
それらを抱えて、食べる場所を探す。手近なベンチは軒並み埋まっていた。階段に座り込んでいる人もいる。相変わらずと言っていいものか、恋人たちの姿ばかりが目に付く。散歩中の犬や、ボール遊びをしている子供だっていないわけではないのだが。
「あそこにしようか。最初に会ったときの。だいたい空いてるから」
「超地味なベンチね。というか最初じゃないじゃん。四月頭から同じクラスだったんだし」
「そうだね。じゃあお互いを――認識したときの?」
ひまわりはこちらに視線を寄越し、
「私は最初から認識してたよ」
「そうなの? なんで?」
「なんでって――気になったから?」
「どこらへんが?」
クラスでも相当に目立たないほうだという自覚があったので、単純に疑問だった。ピアノに関する経歴が明らかになり、かつ合唱コンクールの伴奏者という立場になった今ならともかく、入学当初の時点では注目される要素などなにひとつなかったはずだ。
答えを聞く前に、私たちは例のベンチに至った。案の定、空席になっている。揃って腰を下ろそうとしたタイミングで、ひまわりがはたと身を固くした。
「どうしたの?」
ポケットから抜き出したスマートフォンがこちらに向けられた。点滅と振動。画面に表示された名前は、徳永莉々。
「もしもし。莉々ちゃん?」
ひまわりは私に背を向けた。背中を丸めるようにして、短く応答している。うん、うん、という幾度かの相槌のあと、
「やったあ」
叫んで、ミュージカルの俳優のような優雅さで振り返った。親指を突き上げている。
「よかったね。ほんとに――ううん、私はなんにもしてないよ。莉々ちゃんが勇気出したからだよ。ちょっと待って。夏凛にも朗報を」
「上手くいったんだね」
ひまわりは強く頷き、
「夏凛からも莉々ちゃんに一言」
スマートフォンを受け取った。端末越しにも熱っぽさが伝播してくるような気がした。稲澤さん? という震えた第一声を耳にした瞬間、私まで泣き出してしまいそうになった。
「徳永さん、おめでとう。その――なんて言っていいのか分からないけど、幸せになってね」
「ありがとう。今日初めて喋ったような奴らが、なに勝手に盛り上がってんだって感じかもしれないけど、ひまちゃんと稲澤さんのこと、ほんとに恩人と思ってる。ありがとね」
「相談に乗ったのも、今日のことを提案したのもひまわりだから、私こそ本当になんにも。でもよかったら、改めてお祝いさせて」
「うん。今度、また四人で遊ぼう。稲澤さんとひまちゃんにも、これからいっぱい、いいことがあるよ。素敵なことが起こるよ」
徳永さんは本当に泣きはじめ、ややあって楢本くんが電話に出てきた。声を聞いた限りの印象だが、彼のほうは意外に平然としていた。ごめんね、と繰り返し私に謝った。
「ちょっと興奮してる。落ち着いてから報告すればいいだろって言ったんだけど、聞かなくて。そういう奴なんだよ」
莉々は、と楢本くんは付け足した。それが唯一、淡々とした態度を保ちつづけてきた彼が少年っぽいはにかみを覗かせた瞬間だったように思う。じゃあまたね、と言って彼は通話を切った。
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