⑥かばん(2ver)
ドメスティックバイオレンス
拝啓
サーバルちゃん、元気にしていますか。
島のみんなはどうでしょうか?
私があなたの反対を押し切って、ゴコクで出会った彼と東京で暮らし初めてから、一年が経ちます。時の流れは早いものです。時折、あなたの顔が夢に出てきます。
あの頃は、とても幸せでした。
手紙にそう字を書き綴った所で、涙が込み上げてきた。
紙を折った後に、涙を拭いた。
こんな手紙なんて書いたって、届きはしない。
時計の針はもうすぐ日付を跨ごうとしていた。
ガチャッと、扉の開く音が聞こえた。
彼が帰って来た。
だが、この時間に帰って来る事はあまり嬉しいものではない。
「お、おかえ...」
「おい!!酒ぇ持ってこいよ...!!」
覚束ない足取りでソファーに乱暴に座った。
彼は酒癖が悪い。
入ってくるなり早々に怒鳴られた。
「....」
黙って、缶ビールを渡す。
以前出会った時の面影はほぼ失われていた。
時と共に冷める。こういうものなのかな。
人を理解したつもりだったが、全く理解していなかった。
僕の中には新しい命がある。
だからこそ、彼には協力してもらいたい。
だけど、最近は毎晩遅く帰ってくるし、
どこかで飲んでくれば悪態を付く。
私は働こうと思っても、身が身なので働けない。
もう、別れたい。
一人でパークに戻って暮らしてもいいかもしれないが、戻ったら戻ったで、自分の信念を貫き通すためにサーバルとも口論したし、合わせる顔がない。
彼女なら笑顔で受け入れてくれそうな気もしなくはないが、あまり気持ちのよい再会とは言えない。
帰りたいのに帰れない。私はその狭間で葛藤していた。
そんな、ある日。
彼がまた泥酔して帰ってきてすぐに熟睡してしまった。
私は、ふと彼の携帯を覗いた。
パスワードは「tf@y」
パソコンのキーボードを見れば簡単にわかる。
メッセンジャーアプリを開く。
私も一応携帯は持っているが、新婚の時と比べ彼とメッセージをやり取りする事は激減した。
「これ...」
今日は、休日で彼は家にいた。
もう、我慢ならない。
「ねえ」
「んー?」
「私と別れて」
「は?」
「...別の人がいるんでしょ。
その人にも子供がいるんでしょ...?」
私は真実を述べた。
彼は、驚きの応答をしたのだ。
「...だから?」
「...へっ?」
「なに?
お前も浮気とかそういうの気にすんのか?
人間と変わらねえじゃねえか」
つまらなそうに言った。
「な...、なに言ってるの?」
「それはこっちのセリフだよ。
フレンズと人間は違うんだろ?価値観とかも違うと思ってたのによ」
「で、でも!私には子供もいるし...」
「もういいよ、全部話すわ」
彼はコップの水を一口飲んでから話した。
「正直さあ、フレンズの子供だろ?無いだろうけどさあ、変なやつ産まれてきたらどうすんの?獣耳生えてなくても、このご時世色んな病気とか、障害とか持って生まれたらどうすんの?金出すのは俺なんだぜ?」
「...何が言いたいの?」
「あんま妊娠してほしくなかったなって」
「それはあなたの責任でしょう!!」
感情を逆撫でされた私は彼に怒鳴った。
「うるせえ!!怒鳴んな!殺すぞ!!」
ソファーから立ち上がり早足で私に迫り、
パチンッ、と平手打ちした。
「お前がやりたいっていうからやったんだ。産みたきゃ産めばいい。俺はもう一人の面倒を見るよ」
「何でっ.....」
「お前が俺と彼女の子供を受け入れて、お前は家政婦で働いて生きていけばすむ話なんだよ。
俺はお前を奥さんだとは思ってねえよ。気の利くペットとしか思ってねえよ。お前そもそもさ、髪の毛なんだろ?あの何つったっけ?白い博士とか言う奴から聞いたけど笑わせるよ、全く」
「じゃあもうパークに...!」
「お前帰れるのかよ?友達と喧嘩別れしたんだろ?気まずいよな」
そう言う彼に、無性に腹が立った。
「何でそんなことばかり言うのッ!!!
私だって必死に必死にこの世界に慣れようとしたのに!!ずっと心から支えてくれてるって!!」
「自意識過剰だバカ!騒ぐな、黙ってろ!」
彼に手の平で口を塞がれた次の瞬間、
膝で腹部を蹴られた。
「ん゛っ゛ぅ....」
目を閉じて、額に冷や汗が流れる感覚が伝わった。
「お前に帰る場所はねえんだよ、現実を見ろよ」
私はそのまま、床に崩れ落ちた。
信頼した彼への失望、そして、子供のこと。
目から流れた大粒の涙が、床に垂れた。
「はぁ....っ....、はぁ.....」
何もかも、辛くなった。
あの時、サーバルに言われたことを信じていれば...。
『嫌だ嫌だ!とうきょうなんて行かないでよ!そもそもあの子と一緒は!!』
『どうして...?優しい人だよ?』
ただの嫉妬、あの時はそう思っていた。
『だって...、あの人、私を見た瞬間ちょっとイヤな顔したもん』
『気のせいじゃない?』
『...なんか私っ、あの人がかばんちゃんに
悪いことしそうだなって思うの!』
『あの子の事を悪く言わないでよ!
これは僕の人生なんだよ...?自分の人生くらい、自分で決めさせてよ!僕はあの人が好きなんだよ!』
語気を強めて彼女に言ってしまった。
『...ごめんね』
彼女は寂しそうに言った。
あの時、素直に謝ればよかった。
一方的に怒鳴り付けて...。
自分勝手な理屈を押し付けた。
…まるで、彼じゃないか。
過去の苦い思い出が、更に心を蝕んだ。
私は、思い悩まなかった。
愛した彼へ言葉は告げず、車のキーを取り、
一人飛び乗った。
目的地に到着する頃には、日は落ち、夕暮れだった。
車を止め、更に先へ進んだ。
目の前にはオレンジ色に照らされた大海原。
東京湾、そして太平洋へと続いている。
「ねぇ、お母さんの故郷、何処にあるか知ってる?この海の向こうなんだよ。
お母さんのお友だちが待ってるんだ。
海に行けば、私たちを故郷まで連れて行ってくれるんだよ」
あの人にだけは、この子を酷い目に逢わせたくはない。
語りかけた。まだ少ししか大きくなっていない様だけど、お話はちゃんと聞いてくれているみたいだ。
「...この海の向こうに、私のふるさとがあるから、怖がらないでね...」
腹部を優しく撫でながら、涙声で、そう語った。
「今日未明、千葉県沖にて『何かが浮いている』と、漁業関係者から海上保安庁に通報があり、20代と見られる女性の遺体が発見されました。目立った外傷が無いことから自殺と見られています」
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