女給仕・タチアナ・モルファ

美作為朝

プロローグ

 秋の夕暮れ。日はつるべ落としのように早く落ちる。

メル・オーツの刈り入れまでもう数週間。麦畑は黄金の季節を迎えている。

 農繁期の前のほんの一時、黄金に実った実りを見るだけで村のものは至福の数週間である。


「タム!、早く。家に入りなさい!」


 幼いタムに聞き覚えのある母の声が遠くに聞こえる。

 しかし、タムは今自分がしていることに夢中だ。

 丁度、自分の背丈ほどある麦畑に入り込んでメル・オーツをかき分けどこまでも進む。

 あたりは金色を黄金の世界。

 まるで夢の中を進んでいるようだ。

 世界はとても広い、すくなくとも貧しいタムの家の兄弟を全員詰め込んだ二階よりは。

 それに、タムがメル・オーツをかき分け進むと高足蟋蟀たかあしこおろぎが時々ぴょんと、目の前を跳ねる。

 それも面白い。

 高足蟋蟀だけではない。見上げれば、碧色蜻蛉あおいろとんぼに視線を落とせば大地には八色黄金虫はっしょくこがねむし。 

 どこまでも、続く、美しい黄金の世界に様々な虫たち。

 目立つ大きさの虫や珍しい虫を両手に捕まえつつ、黄金の世界をかき分けて進んでいく。


<ロムやアイノに見せてやろう、きっとびっくりするぞ>

 

 タムはそう思った。

 が、驚いたのはタムの方だった。

 黄金の世界の果てでの畑の畝間うねにたどり着いたタムの目の前には黒い大きなブーツが二本待っていた。

 タムが見上げると、黒いブーツの上には黒いフード付きのマントを着た大男。


「坊や、お腹は減っていないかい?」


 モルファ村でお腹の減っていない子供など居ない。しかも今はもう少しで夕飯時だ。

 幼いタムは思わずこくっと頷いてしまう。

 あたりは赤い夕暮れををすぎて暗くなろうとしていた。

 

「おじさんが、ご馳走を食べさせてあげよう」


 そういって、フードを被った黒マントの大男は、一切れのチャット・ベリーのパイをマントの中から差し出した。

 フードの中の顔は目だけが赤く光っていた。

 タムは甘いパイなど一年で一度の収穫祭のお祭りでしか食べたことがない。

 思わずタムはチャット・ベリーのパイを受け取って頬張ってしまった。

 気がついたときには、小さなタムは大男の小脇に抱えれていた。


「タム!、タムッ!」


 その宵時、村のあちこちでタムの母親が狂ったように呼び叫んでいたがタムに母親が出会うことはなかった。

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