第28話 意外と宇宙は身近です!?

「今日の食堂のオススメは~できたてのづくりなのれすよ~♪」


 ミッドナイトブルーの髪の少女が、広い食堂で優しく笑む。


「ひぃっ……ひぁ……ひゃがああああああああ……!?」


 少女の周りには、多数の武装した兵士たちが転がっている。

 五体をバラバラに切り刻まれながらも、〝人間の活け造り〟となって……一方、


「機械ノ・義体……イコール……操リ・人形………」


 離れた所で、ヒザを抱えて宙に浮く赤銅色しゃくどういろの髪の少女が機械的に言った。

 周りには機械の義手や義足をつけた多数の兵士が、で倒れている。


「お友達とお友達をケンカさせちゃうなんて~かわいそうなのれすよ~」

「解体サレテ・生存……イコール……一層・悲惨………」

「そんなこと~ないのれすよ~。昔から~言うじゃないれすか~。生きてれば~必ずいいことがあるって~♪」


 ミッドナイトブルーの髪の少女が、咲きほこる花のように可憐かれんに笑む。

 切り刻まれた人間の部品がゆかで大量にうごめく、地獄絵図の中心で。


「た…たすけてくれええええええええっ!!」

「なんで……なんで俺たちが、こんな目にいいいいいいいいいいっ!?」

「どうか、おたすけを……詠姫うたひめさまあああああああああああああああああっ!!」


 床に転がる生首なまくびたちの叫びに少女2人はキョトンとする………が、


「詠姫さまってことは~純人教団の人なのれすか~?」

「無意味ナ・祈リ……イコール……無知ナ・あかし………」

「……くっ、間に合わなかったか!」


 少女たちが言った直後、増援らしい兵士たちが現れた。

 惨劇の舞台と化している、ネブリーナ・テクノロジーの工場内の食堂に。


「おのれ、よくも同志たちを……この悪魔め!!」

「えへへ~よく言われちゃうのれすよ~♪」

「超常ヘノ・恐怖……イコール……超常ヘノ・賞賛しょうさん………」


 常識を蹴飛けとばすような少女たちと食堂に広がる惨劇に、兵士たちは恐怖に震え……


「これが……〝封印災害指定〟の力………」

「起こした事件の、あまりの被害の大きさゆえに……事件の存外自体が〝封印〟された、最凶のエヴォリューターたち………」

「ひるむな! 敬虔けいけんなる純人教団の信徒たちよ!!」


 だが指揮官の叱咤しったが食堂に響き、


「今こそ我らが信仰を証明する時だ! 人類を救うため奮起せよ! 偉大なる〝〟の御心みこころの元に悪魔を倒すのだ!!」


 その言葉に、兵士たちは義憤ぎふんと使命感で恐怖を抑え込み……


「総員、覚悟を決めろ………全ては純粋なる人類のために!!」


 直後、兵士たちの皮膚を破って大量のケーブルが飛び出し、兵士たちはケーブルに全身を覆われつつ巨大化。そのうえ金属の装甲に全身を包まれ……兵士たちは全員、身長20メートルを超える骨格標本のような細身の機械人形となった。


「さっき砂浜で見た~巨大ロボットなのれすよ~」

「なのましん兵器デ・機械化……イコール……人間ニ・逆行不可………」

如何いかにも! 我らは二度と人間には戻れん! だが貴様らを打ち倒せるなら悔いは無い!!」


 多数の機械人形が多数の光弾を少女たちへ撃つ。が、少女たちはジャンプして光弾を避け……床で蠢く人間の部品が爆炎に焼き尽くされた。


「〝活け造り〟が~〝丸焼きロースト〟になっちゃったのれすよ~」

「最後の慈悲じひだ! 助からぬなら同志の手で殉教じゅんきょうさせる!!」

「かると・教団……イコール……狂信者ノ・巣窟そうくつ………」

「ほざくな! 貴様らこそ数多あまたの州を滅ぼした殺人狂だろう!!」


 再び少女たちへ多数の光弾が放たれるが、全て避けられ食堂が炎に満たされる。


「ええい、ちょこまかと……ならば!!」


 ごうを煮やした機械人形たちが寄り合うと、多数の機体が溶け合うように1つの塊になり………6本の虫のようなあしを生やし、銃となった巨大な両腕とナメクジを思わせる頭を持つ、全高50メートルを超える異形の機械人形が誕生した。


「合体なんて~アニメみたいなのれすよ~」

「機体ノ・再構成……イコール……なのましんノ・特性………」

「喰らえええええええええええええっ!!」


 異形の機械人形が、両腕の巨大な銃から巨大な光弾を食堂にき散らす。


「どうだ悪魔どもめ!!」


 大量の瓦礫がれきが折り重なる食堂で機械人形が勝ち誇る……が、瓦礫の一部が砂になって崩れ、


「ふわあ~死んじゃうかと思ったのれすよ~」

「なんで死んでいない!?」

「瓦礫ニ・生キ埋メ……イコール……ナツカシイ・思イ出………」

「……おのれ、悪魔どもめぇ……!!」


 砂になった瓦礫の下からで出てきた少女たちに、機械人形は機械の身には起こり得ない悪寒を覚える……その時、


「こんな星の劣化生物が素体じゃ、ここいらが限界か」


 冷ややかな声が聞こえると、崩壊寸前の食堂のすみに若い女が立っていた。

 砂色の髪をショートボブにして、ジャンパーにジーンズというラフな格好の女だ。


「おお……〝業火ごうか〟の使者よ……!」


 機械人形が女へすがるような声をつづり、


「もっとだ! あの悪魔どもを倒すには、もっと力がいる!! だから──」

「無駄だ」


 女が切り捨てるような冷たい声で、


「それ以上の兵器じゃ、お前らの心が耐えられないぞ。まあ……」


 少女たちを見やりあざけるような声で、


「あのガキどもなら、耐えられそうだけどな♪」

「……貴様あっ!!」


 機械人形が逆上し女に襲いかかる――寸前、


「があっ!?」


 異形の機械人形が頭からぷたつに斬り裂かれ、


「う…詠姫……さま………」


 爆散して殉教じゅんきょうげた……同時に、


「見つけたぞ」


 爆炎に照らされつつ現れたのは、整い過ぎて人間味が薄く感じられる顔に切れ長の目と銀色の瞳を備え、黒曜石を思わせる黒髪を腰まで伸ばす少年。

 いずれも黒に染められた襦袢じゅばんはかま羽織はおりをまとい、腰の左右には黒塗りのさやに収められた日本刀をひと振りずつ帯びている。

 一見すると無粋ぶすいで威圧的な黒ずくめの出で立ちだが、帯や羽織のえり、刀のつばなどに瞳と同じ銀色があしらわれ、上品な光沢で威圧的な出で立ちを風情のただよう優雅な装いへと昇華させている。


「チッ、ヴァルシストームのガキか。厄介なヤツが来たな」

「〝砂漠の業火〟の一味だな」


 黒ずくめの少年……オブシディアスが銀色の瞳を輝かせ女をにらむ。


「貴様らが奪った我が曾祖父様ひいおじいさまからの下賜品かしひん、返してもらおうか」


 刀を抜き、その切先きっさきを女へ向ける少年。


「〝砂漠の業火〟って~トロニック人の傭兵団ようへいだんれしたっけ~。去年の年末の事件にも関わってた~」

「機械化ノ・なのましん兵器……イコール……傭兵団ガ・純人教団ニ提供………」


 少女たちが緊張感の無い声をつむぐ……一方、


「なめるなクソガキ!」


 砂色の髪の女がオブシディアスへ手から噴水のように砂を発射。だがオブシディアスがまばたきで放った斬撃と衝突しは空中で盛大に爆発する。と、爆炎を突き破りオブシディアスが女に肉薄、鋭く刀を振り下ろす。


「チィッ!」


 紙一重で刀を避け、女は数本の髪を散らしつつ後退すると、


「これならどうだ!!」


 瓦礫の散らばる床にこぶしを打ちつける。と、広い食堂の床が砂漠に変わり、瓦礫がズブズブと砂に沈んでいく。


「ひゃっ!?」


 パトラが三つ編みの先の宝玉を光らせ、宙に浮いて砂に沈むのを防ぐ。もともと浮いていたシューニャは何もしない。


「む……!?」


 片やオブシディアスはヒザまで砂に沈んでいた。


「マヌケめ! はまったが最後の〝無限流砂〟で永遠に砂に沈み続けろ!!」


 沈むこと無く砂の上に立っている女が高笑いする。


片腹かたはら痛い」


 だが、オブシディアスは腰まで砂に沈みつつも泰然たいぜんとして右手の刀を高々とかかげる……と、刀の周りに風が巻きつき白銀に輝き出し………


銀嵐破ぎんらんは!!」


 刀から白銀に輝く竜巻が撃ち出された。

 竜巻は食堂の中を荒れ狂い、屋根を突き破って全ての砂を外に吹き飛ばす。


「ひゃ~~~……………」

「竜巻……イコール…………………」


 砂と一緒に少女たちも外に飛ばされたのは余談である………ともあれ、


「ここまでだ」


 少年が元に戻った食堂の床に立ち、刀の切先を倒れる女の喉元のどもとに突きつけた。

 壊れた屋根から射し込む、勝利を祝福するような陽光を浴びて輝きながら。


「さあ、下賜品はどこにある?」

「ぐっ……!」


 太陽系ドミネイドが誇る唯一皇子の圧倒的な重圧に、女は倒れた体を強張こわばらせつつ歯ぎしりする………その時、


「む!?」


 とっさにオブシディアスが飛びのき、一瞬前まで彼がいた位置に光弾が降りそそぎ爆発する。


「見つけたぞ」


 先刻のオブシディアスと同じ言葉をオブシディアスへ発しつつ、屋根に開いた大穴から身長30メートル近い鋼の巨人の一団が食堂に降りてくる。

 その機体はどれも漆黒に染められ、胸にはひたいにツノを生やした騎士のかぶとのような紋章……プロテクスの紋章が刻まれていた。


「プロテクスを離反しドミネイドに降った〝背信者〟の徒弟とていだな」

 

 一団の先頭に立つ、両肩に大型銃を装備したリーダーらしきトロニック人が厳粛げんしゅくな声を響かせた。


「〝背信者〟? 我が師、ワイクナッソのことか?」


 対してオブシディアスは視線を鋭くし、


「黒いプロテクス……もしや〝正道派〟か──ぐおっ!?」


 反射的に飛びのくオブシディアス。リーダーの後に立つトロニック人の戦士たちが両腕に装備する大型銃を発砲してきたのだ。


「我らが〝造物主〟の御名みなの元に、神聖なるプロテクスの名誉と誇りを汚した〝背信者〟は一党もろとも粛清しゅくせいする!!」


 リーダーが咆哮すると戦士たちは2門の大型銃を装備した戦闘機に変形、オブシディアスに襲いかかっていく。


「進め聖士たちよ! 司命しめいを果たせ!!」

「何者であろうと我が師を害せんとするなら成敗する!!」

 

 オブシディアスも雄叫びを上げて両手に刀を握り、戦闘機たちに斬りかかって壮絶な戦いが始まる。


「……よし、今のうちに………」


 片や砂色の髪の女は戦闘にまぎれ逃げようとする……が、足元に小さな光弾が着弾し、その爆発に顔を引きつらせる。その光弾を腕の小型銃から撃った〝正道派〟のリーダーが女を見やり、


「我らが粛清から逃がれること、何者もかなわぬと知れ」

「ま…待て待て! あたしはそのガキと何の関係も無いぞ!! 〝砂漠の業火〟って傭兵団のメンバーで――」

「〝砂漠の業火〟はプロテクスの脱走者を頭目として結成された傭兵団であろう」

「な……!?」


 目をむく女へ、リーダーが両肩の大型銃から光弾を撃った………

                   

                   ◆


「でりゃああああああああああああああああああああああっ!!」


 少女の投げたクナイが機械の獣を貫き爆散させた。


「ハーッハッハッハッ! こんなガラクタ、本気だすまでもねーんだぜ♪」

「ば…馬鹿な………」


 周りに〝式獣機〟の残骸を散乱させる少女の姿に、初老の男は呆然としてから、


「汚らわしい……ミュータントめ……!!」


 憎悪に燃える目で少女をにらみつけた。

 ネブリーナ・テクノロジーの工場の中枢、〝獣火殿〟と呼ばれる広大な部屋で、たった2人の少女により式獣機の大群は全滅のき目にあっていた。


「ソれでハ、あノ外宇宙の物体ヲ回収さセてもラいマしょうカ」


 奇妙な車イスに座ったもう1人の少女が、広い部屋の中央にそびえる巨大な金属板へ目をやる……が、


「ちょ~っと待ちやがれ。アレはオレがもらってくぞ」


 つばめがクナイを〝カメレオン〟へ向け小憎こにくらしく笑みつつ、


「アレを持って帰んねーと、ししょおに折檻せっかんされちまうんでな♪」


 おどけたようで、おびえたような真剣な声。


「そレは困りマしタね。第一ノ任務は果タしたトは言え、私モ手ぶらデ帰っテは参謀閣下ニ会わせル顔がアりマせんノで」


〝カメレオン〟も手に持つピンと伸びた赤いネクタイをつばめに向け、たった今まで共闘していた2人の間の空気が急速にピリピリと張り詰めていく……その時、



 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ



 部屋の壁を突き破り、20メートルを超える朱色の虎のような四足獣が現れ、


「ここが忌々いまいましき絡繰細工からくりざいくの工房じゃな」


 虎の背で、黒い燕尾服テールコートとシルクハットをまとった少女が苛立いらだち混じりに言った。


「ハクハトウ様、丁度イいとコろニ来てクださイまシた。アの金属板ノ回収に御協力ヲ……ハクハトウ様?」

「その文字……見覚えがあるのじゃ………」


 目元を険しくして巨大な金属板……いや、金属板の表面にビッシリ書かれた文字を凝視ぎょうしするハクハトウ。


「よもや……カルージャンの遺物ではあるまいのう……」

〔……おお……その名を再び聞こうとは………〕


 不意に金属板から声が響き、場の全員が目をみはる。


「……やはり、そうなのじゃのう。わらわはシーカイ王朝のシーカイ・ハクハトウなり。答えるが良い。なんじは何者なのじゃ」

〔なんと……シーカイ星の民には生き残りがいたのですか……我がカルージャン星の民は……1人残らず死に絶えたというのに………〕

「……なんじゃと?」


 眉をひそめるハクハトウ。


「ならば、汝は……」

〔私は……カルージャン星がドミネイドに滅ぼされる直前……星の全記録を収録して宇宙に放出された……自律型コンピューターユニットです………〕


 無感情な声に初老の男を除く少女たちが息をのんだ。

 ほどなくハクハトウがさらに目元を険しくして、


「……その絡繰からくりが、この星で何をしておるのじゃ?」

〔私は……数千年前にこの星のこの地を訪れて以来……この地の民の発展をうながしてきました………〕

「もしかして……財団の同時多発エロリストが言ってた伝説に出てくる、原住民が火と弓を奪ったジャガーってヤツか?」


 つばめの疑問に〝カメレオン〟が妙に硬い声で、


「古い神話ヤ伝承は荒唐無稽こうとうむけいニ思えてモ、古代に実際ニ起きタ出来事を元ニしてイる場合ガ多々あリまス」

「確かに見た目はジャガーの模様みてえだかんな。いつの間にか、それが本物のジャガーってハナシになっちまったのか?」


 ビッシリ書き込まれた文字がジャガーの模様のような金属板へ、つばめは疑問の目を向け、ハクハトウは疑惑の目を向けると、


「左様であったとしても、汝は何のために左様な行いをしたのじゃ。左様な行いをして、汝に何の見返りがあったのじゃ」


 その問いに初老の男……ペドロ・ダ・カブラルが小さく肩を震わせる一方、つばめは半眼でにらむようにして、


「そーいや、そーだな。あんな式獣機ガラクタやクローンを造るスゲエ技術をタダでくれてやったのか? ま、タダより高いモノは無いってゆーけどな♪」

「事実、高スぎル対価を支払っタのデしょウ。3年前にコの州デ起きタ事件ガ、コの外宇宙ノ遺物の仕業ダッたノなラ」


 ペドロが肩を震わせた。


「大気ノ組成や濃度ハおろカ、住民をモ変化さセた大規模ナ〝環境改造テラフォーミング〟……そノ目的は……」

〔そうです……環境から生物に至るまで……この星の全てを改変し……私に収録された記録に従い……我が故郷を再現することで……〕


 無感情な声がかすかに高揚したように感じ……


〔この星は……第二のカルージャン星となるのです……!〕


                 ◆


「抹殺!!」


 黒マントの少女の命令で、赤い全身タイツの戦闘員たちが弾丸のように前進する。


「踏みとどまれ! これ以上、奴らを進ませてはならん!!」


 迎え撃つのは重火器で身を固め、機械の義手や義足をつけた兵士たち。


「どこの特撮ヒーロー番組だ」


 目の前で繰り広げられる激闘に六音があきれたようにつぶやく……が、戦いはすぐに終わってしまう。

 戦闘員たちの一方的な勝利で。


「ぬはははは! 秘密結社〝サタンゴールド〟の力! 冥土の土産みやげに思い知るが良いのである!!」

「見事なまでにヒーローにやられるフラグだな」

「だ…誰が負けフラグなのであるか!?」


 クララが真っ赤になって抗議するも、六音は無視して倒れた兵士たちに近づき、


「さすがネブリーナ・テクノロジーおかかえの警備隊だな。義手や義足も会社からの支給品か♪」


 ネブリーナ・テクノロジーの工場内の通路で六音が茶化すように言った。


「でもあの会社、欠損した体の部位をクローン技術で再生させる医療事業も始めるって潰れる直前に発表してたよな。そっちの義体は、まだ支給されてないのか?」


 倒れている兵士たちを見る限り、機械以外の義体をつけている者はいない。


「やっぱ値段が高すぎて支給できないのか? ミズシロ財団の医療部門でもやってるけど、腕や足の1本を再生させるだけで一般家庭の年収5倍の費用だしな♪」

「しかも特殊な技術を使っているので、保険適用外で全額本人負担ですからね」


 ウィステリアが沈痛な面持おももちで、


「残念なことではありますが、技術的には可能でも全ての人が恩恵おんけいあずかれるわけではないのが現状なのですよね」

「でもネブリーナ・テクノロジーは、その費用を大幅に下げるとも発表で言ってたんですよね。今となっちゃホントかどーか分かりませんけど」

「その真偽を確かめんがため、ここに来たのである」


 肩をすくめる六音に、クララが急に厳然とした面持おももちになり、


「プロテクスの技術援助を受けるミズシロ財団でさえ避けられぬ法外な費用を、大幅に下げることなど可能であったのか。可能であったのなら、どのような技術を用いるつもりであったのか」


 視線を通路の奥へ向けつつ、


吾輩わがはいは、その真偽を確かめねばならぬのである……!」


 悲壮とも言える覚悟を瞳に宿し、少女は通路を進んでいく。

 やがて通路の最奥、頑丈そうな金属製の扉にたどりつくと、少女は右の人差し指の爪を1メートルも伸ばし……


 スパッ!


 そのサテンゴールドに輝く爪で、頑丈そうな扉を紙のように斬り裂いた。

 そして部屋に踏み込むクララに続き、六音とウィステリアも部屋に入ると……


「うげ……なんだ、こりゃ………」


 サッカー場のように広い部屋には、大きな培養ポッドが無数に並んでいた。

 大きなガラスのつつの部分に培養ポッドが……


「もしかして……クローンの製造装置か……?」

「……………………」


 六音が眉をひそめて室内を見回す一方、クララは無言でポッドの1つに近づき、その台座の機械部分に伸ばした爪を突き刺す。


「……やはり、予想通りなのである……!」


 顔を強張こわばらせ唇を噛むクララ。直後、伸びた爪が指先の部分で折れ、1センチほどの球になって少女の手に収まる。


「産業スパイは困りますね」


 その時、部屋の奥から声がして人影が現れた。


「……げ、生きてたのか御曹司おんぞうし……」

「やはり、生きておられたのですね、ミゲルさん……!」

「もちろんですよ、ウィステリアさん♪」


 傷ひとつ無い青年の姿にウィステリアが目元を鋭くし、六音は目を丸くする……が、青年の背後に立つ2つのポッドを見ると目元を引きつらせ、


「……ちょっと待て。ホントに生きてんのか……?」


 2つのポッドのうち、1つにはライトブルーのタキシードを着たミゲルの、もう1つには黒コゲになったミゲルの……が収まっていた。


「おかしいとは思ったんです」


 フリーズした六音の横でウィステリアが声を低くして、


「そもそも長らくやまいせっていたあなたが3年前に突然、ボクシングの大会で優勝できるほどの健康体になったこともそうですが……」


 鋭い視線をミゲルに送りつつ、


「数ヶ月前のパーティーで火焚凪かたなさんがあなたに使ったのは〝魂斬たまぎり〟と呼ばれる、生身なまみの体ではなく魂を〝斬る〟ための霊剣術の技だったんです」


 視線の鋭さの中に一抹いちまつあわれみを混ぜつつ、


「あのとき火焚凪さんは、あなたの魂の〝腕〟をつかさどる部分を斬っていました。ですから医学的な治療はもちろん、クローン技術で新しい物に取り換えたとしても、あなたの腕は二度と動かないはずだったんです」


 さらに慈母じぼのごとき慈悲じひを瞳の奥に宿し、


「ですが先ほど町でお会いした時、あなたの腕に不自由な様子は見られませんでした。そうなると……」

「……このバカ息子は、ことあるごとに体を丸ごとクローンで造った新品に取り換えてたってことですか……」


 再起動した六音のドン引きした声。


「……あれ? でも体を新しくしても、斬られた魂をそのまま移したら、結局、腕は動かないんじゃ……?」

「察するに魂を移植するほどの技術は保有していないのである。新たな体の脳に古い体から記憶を複写することで人格を連続させているのである」

「何か問題がありますか?」


 強張こわばった顔のクララの声にミゲルは胸を張り、


「なんにせよ、それによって人間が〝死〟を乗り越えて生き続けることに変わりはありません。」


 広い部屋に並ぶ無数のポッドを見渡しつつ、


「これこそはいにしえのジャガーから……宇宙よりの来訪者からもたらされた〝火と弓〟のうちの〝火〟……すなわち命という〝火〟を永遠につなぎ、永遠にともし続け、永遠の命を人間に与える究極の技術なのですよ!!」

「……妄言もうげんなのである……!!」


 陶酔とうすいするミゲルにクララはギリッと奥歯を噛みしめ、


「そのような忌まわしい技術わざ! このクララ・K・ハウザーが今日を限りに滅ぼしてくれるのである!!」

「出来ますかね♪」


 クララの怒涛どとうの重圧と怒号を受け流しミゲルが貴公子然と笑む──と、無数の培養ポッドが一斉に開き……


「……げ……なんだ、このシュール過ぎる光景………」


 流れ出る培養液と共に、ポッドの中からボディースーツを着たミゲルが


「ふふふ、驚くのは早いですよ♪」


 貴公子然としつつ狂気をもにおわせる笑みをミゲルが深める……と、ポッドから出てきたミゲルたちが変化を始め、全身を獣毛で覆いつつ鋭い爪を伸ばし、ジャガーのような頭を持つ怪人となった。


「どうですか! 私のクローンを素体にした〝カルージャン〟ですからね! 記憶の無い人形とは言え、先ほどの社員たちを素体にした物とはわけが違いますよ!!」

「ああ、お前にだまされてた社員たちか」

「……っ!?」


 六音の冷ややかな声に凍りつくミゲル。


「アイツらもカワイソーにな。3年前の事件のあと町を助けてくれた恩人が、家族や恋人を殺した犯人だったワケだからな」

「だ…黙りなさい!!」


 貴公子然とした笑みが憤怒ふんぬに塗り潰され、


「それを何のために、どんな思いで私や父が行ったか分かるのですか!? 3年前にカルージャンを作ろうとしたことも、それ以前から式獣機を造っていたことも、全ては邪悪なエヴォリューターを滅ぼし地球を救うためですよ!!」

「ま、地球どころか自分の会社も守れなかったんだけどな」

「全てはミズシロ財団の陰謀でしょう!!」

「そうそう、そのコトで1つ気になってたんだ」


 逆上するミゲルにも飄々ひょうひょうとして、


「ネブリーナ・テクノロジーが潰れた時、再建に手を貸そうって名乗りを上げた企業は無かったのか? たとえば中東あたりの企業とか、具体的にはエジプトの州知事が経営してる企業とか」

「そ…それは………」

「無かったんだな。反エヴォリューターや反ミズシロ財団の企業にしてみりゃ、自分たちの活動を後退させる事案だったのに」


 上目うわめづかいでミゲルをにらみつつ、


「ま、〝第二のアラブの春〟の顛末てんまつも効いてたんだろーが……結局は、他の企業もネブリーナ・テクノロジーを見限ってたってコトか」

「馬鹿な……!!」


 ミゲルが戸惑いつつ声を荒らげ、


「世界を滅ぼすエヴォリューターを打倒せんと邁進まいしんしていた私たちを、どうして見限ったりするんですか!?」

「そりゃあ次のトップの〝うつわ〟の違いだろ♪」


 自らを誇るような満面の笑みで、


「クローンで健康になったっても3年前まで寝たきりだった〝ナルシスト〟なんざ、傍若無人ぼうじゃくぶじん悪逆無道あくぎゃくむどう、ついでに酒池肉林しゅちにくりんの〝大魔王〟の前じゃ虫ケラほどの役にも立たないからな♪」

「……!?」


 目をむいて絶句するミゲル……だったが、うつむいて肩を震わせ、


「どこまでも、馬鹿にして………やりなさいカルージャンたち!!」


 ガバッと顔を上げ、火を吐くように号令した。


征伐せいばつ!!」


 刹那、クララも号令しジャガー男と赤い全身タイツの戦闘員たちが衝突する。


「ば…馬鹿な………」


 だが、町での時と同じく戦闘はすぐに終わってしまう。

 無論、戦闘員たちの勝利で。


「素体が違うと言うならば、なおのこと貴様らに勝ち目は無いのである」


 厳然と言い放ったクララが、右手の爪をすべて伸ばしミゲルへ歩を進めていく。


「先に地獄へ行って父親を待っているが良いのである」

「……っ!?」


 怒りと悔しさで顔を歪めるミゲル。


「……仕方が、ありませんね………」


 だが、不意に悟ったような、あるいは吹っ切れたような笑みを浮かべると、


「いいでしょう……私も覚悟を決めましたよ……!!」

「っ!?」


 今度はクララが目をむいて絶句した。

 全身を白い獣毛で覆い、両手の指に鋭い爪を伸ばし、ミゲルを見て。


「もはや私も後戻あともどりは出来ません! しかし! あなたたちを地獄の道連みちづれに出来るなら本望です!!」


 巨大な獣の頭から猛々たけだけしい咆哮ほうこうとどろいた。


「おのれ……倒される前に巨大化とは、様式美……いな、〝美学〟を知らぬ無粋者ぶすいものなのである……ぬおっ!?」


 眉をつり上げたクララが飛んできた培養ポッドをジャンプして避けた。獣頭の巨人がポッドを蹴散けちらしつつ少女たちに迫ってきたのだ。そして――


「げ!?」


 六音に太いくいのような爪が振り下ろされる……が、爪が〝消滅〟した。


「ぐあああっ!?」


 巨人が腕の無くなった右肩を左手で押さえ苦悶する……同時に、


「ウィス先輩……!」

「下がっていて下さい、六音さん」


 六音を背にして、白金色の髪の少女が巨人の前に立ちはだかった。


「……あくまで私の邪魔をしますか、ウィステリアさん。それも、あの次期当主の……水代煌路のためですか……!」


 苦痛と怒りに顔を歪める巨人が目の前の少女をにらむ。


「いいでしょう。それなら……あなたたちを葬ったあとに、あなたの最愛の〝弟〟もきにしてあげますよ!!」


 巨人の怨嗟えんさに〝姉〟の気配が一瞬変わった気がした……直後、


「……クララさん、六音さんをお願いできますか」

「逃がしませんよ! 全員ここで――うおっ!?」


〝姉〟の瞳が金色に輝き、荘厳そうごんな光が巨人の視界を塗りつぶした………ほどなく、光が薄れ視界が戻ると、巨人は見渡す限りの白金色の草原に立っていた。


「こ…ここは……」

「……私の〝異元領域〟ですよ、ミゲルさん」


 白金色の草原に、白金色の髪の少女が天女てんにょのごとく優雅に舞い降りる。


「どうか、お覚悟ください」


 慈母のごとき笑顔に、極寒の殺意をにじませながら。


「コロちゃんを傷つけようとする人は、全力で手を下すと決めているんです……!」


 天女のごとき少女の笑みが、死神の笑みに見えた………




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