第23話
店を出るとすぐに二人は手を繋ぎ合わせ、緩やかな敷石の坂道を上り切ったところの停留所で、角ばった淡黄色の路面電車に乗った。たそがれ時の人もまばらな石造りの町中をもたもたと走り、枝の張った街路樹をかすめ、河幅のある橋の上をがたがた震えながら走る。錆色の河は夕映えの下に濁り、両岸に犇くバラック小屋の排泄物に反照して煌く。ビニールとプラスチック、腐朽した流木、みすぼらしい襤褸、恨めしいまなざしからなる雑色のコラージュは、重苦しい悪臭に満たされた陽炎に揺らめく。
雑居ビルと広告看板に埋まる対岸へと渡り、空と土の見えない通りを、活発に動き回る人々を気にせずに抜けていく。黒く太い電線が束ねられずに垂れ下がり、虐げられた幔幕となってビルを飾っている。酸っぱい動物香料を含んだ風がビルの間を擦り抜け、堆積した廃棄物と生ごみを透過して臭いを強め、雑菌の繁殖する雫から蒸発した湿気を抱え、街中を繰り返し舐めて廻る。眉間の突き出た荘厳な顔の男が、道に転がる洗濯機に小言を言いながら、折れた物干し竿で打ち付けている。頭痛に似た音を波紋させて、紫紺の洗濯機はへこんでいく。
(ミンナ何モワカッテイ……)サバラに手を引かれて常盤は歩き慣れた風俗街を歩く。
「わたしもスンホの言うことはわかるんだけど、あの子ねぇ、被害妄想がやたら強いからねぇ、彼氏が優しくなくて足が短いって言っても、実際はそんなことないのよ、彼氏の性格はよく知らないけど、スンホの足がそもそも短くて、スンホに足が短いって言われても、大抵の人は足が長いのがあたりまえなのよぉ、前に紹介された彼氏もスンホに比べれば長いのに、スンホったら、見てみ、短いだろ? あたしの言ったとおりだろ? なんて馬鹿にした声で……」
正面の道を瞥見してから──飛手ヲサラニ褒メヨウト体育教師ガ口ヲ開クノヲ待タズニ、頤ヲ下カラ握拳デ打チ抜キ、膝頭ヲ踵デ砕キ、腰ヲ捻ッテ脾腹ニ強烈ナふっくヲ叩キ込ム。三連撃ノ痛ミニ反応シテ顔ヲ下ゲテ、苦痛ヲ声ニ呻コウト口ガ開イタ瞬間、みさいるノ勢イデ飛手ガ飛ビ込ミ、前歯ヲ薙ぎ倒シ、顎ヲ外シ、二度ト平常ノ口ニ戻ラナイ形ニ突キ刺サル──サバラの眼を見て、話す言葉を空で聞く。
「まともに話を聞くことなんかとても無理ねぇ、優しいが優しくなくて、足が長いが短いのよ、それで足の短いのも短いなんだから、ひどいわよね、スンホ自身は、あたし不幸な女だよ、男を見る目が超あるから、普通の男じゃ満足できねえし、寄ってくる男といえば、なんていうけど、ちっとも寄ってこないのよ。自分から寄っていくくせに、捕まえて文句言うの、男を見る目がおかしいどころか、頭も……」
(味ワウ感覚ガナイカラ、色物扱イシカデキナインダ)常盤は相槌を打って頬を緩ませた。
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