第15話 逆流と黒
その日、事件が起きた。篠崎が練習中に怪我をしたのだ。
事の発端は、素振りをしていた部員の不注意で、ラケットが頭部に命中したというものだった。すぐに彼は顧問に連れていかれ、そのまま早退し病院へと向かっているのを見かけた。……顧問もいなくなったこの場所は、もはや練習どころの雰囲気ではない。
部員の負傷にも胸を痛めたが、俺と藤枝が重きに置いていたのはそこよりも、原因についての方だった。
「……あいつ、不注意なんて言ってたけど、俺は絶対にわざとだと思う」
藤枝が、そんな風に隣で呟いた。……その声色は低く、重たい。俺もまたそれに頷き、同意した。
「これも、あいつらの仕組んだことだとしたら───」
そのときは、俺はどうすればいいのだろう。……歯向かう?攻撃する?言葉で責め立てる?───わからない。自分で自分の目指すべきことが、わからなくなる。しかし、藤枝だけは違った。はっきりとその目に、未来を翳していた。
「───それなら俺は、あいつらを同じ目に合わせてやる。篠崎にしたことを全部、倍にして返す」
「藤枝……」
悪意で瞳を満たし、彼は力強くその手に握るラケットを震わせた。それは、紛れもない怒りであった。
「お前ら、全員集合しろ!」
そんなとき、向こうから号令の声が聞こえてきた。声を発していたのは、部長の須藤だ。顧問のいない今、この場所の管理権は彼にある。
俺達は一度その場を離れ、ひとまず彼のもとへと集合する。篠崎を除く全員が、その場に居合わせた。
「篠崎が怪我をして、先生と一緒に病院へ向かった。……ラケットが頭に当たったって聞いてるけど、誰がやった?」
「おいおい、なんだよ須藤。まるで意図的にやったみたいな言い方してさー」
一人の部員がそんな風に口を開く。そいつは、篠崎の頭にラケットを当てた張本人であった。その言動と態度を受け取り、須藤は「お前か……」とその顔を見据えた。
「お前らがグルになって、篠崎を叩いてるのは知ってる。俺は部長として、その事態を無視するわけにはいかないんだよ」
「へぇーっ!さっすが部長!でもさー、俺が意図的にやったっていう証拠はないよな?」
なおも余裕な笑みを浮かべ、そいつはへらへらとしてみせた。そんな在り方にとうとう須藤は怒りを露わにし、そいつのもとまで歩み寄ると───、
「……っ、ずいぶんと、強引だな」
須藤は力いっぱいをその片手に込め、そいつの胸倉を掴み上げた。その足は地から浮こうとしており、本気であった。
「……答えろ。───お前は、わざとやったのか?」
「───っ、」
「おい、落ち着けよ、須藤」
咄嗟に俺が仲裁に入るが、まるで蛇のような瞳で一蹴された。その威圧に、俺はそこから動けなくなる……。
「邪魔しないでくれ、榎並。俺は、どうしても許せないんだよ。言葉や態度だけで弱者を責め立てるのも見過ごせないのに、こいつらは……手まで出した。最低だよ───」
つかんだ胸倉を離さず、須藤は声を震わせた。その真剣さに、誰もが沈黙し動きを止める。まるで呼吸まで止められるのではないのかと錯覚するほどに、その時間は続いた。
「須藤……」
藤枝の声だけが、空しく虚空を裂いた。
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