第13話 打ち明けられる昔話
「……久々に動いたなぁ。疲れた疲れた」
藤枝がペットボトルから口を離してそう呟いていた。俺も彼と同様に疲弊し、コートの端に座り込んでいる。桐崎もまたタオルで顔を拭いており、おそらくクタクタになったであろう。
「やっぱり、体を動かすのはいいですね。私、テニスは初めてやってみましたけど、とっても楽しかったです」
「……けど、明日は三人揃って筋肉痛だな。急な運動だったし、脚が悲鳴を上げっぱなしだ」
俺が腕を伸ばしながら筋肉を解していると、桐崎が「ですね……」と顔を拭き終える。すると本題に入ろうと、隣の藤枝が桐崎を見据えて口を開いた。
「……あのさ、花ちゃん。花ちゃんは───やっぱりその、俺達のことも、昔のこととか……知ってみたいの?」
戸惑いつつもそう尋ねる藤枝は、やはり気が進まないようだった。無理もない───なんせそれは、俺ですら閉じ込めて鍵をかけようとしたほどの、苦いものなのだから。
「───。正直なことを言えば、私は知りたいです。お二人のこと、もっと、深く……。そのために今日、こうしてテニスを共にプレイしたのですから」
「……打ち解けようと、お前なりに努力したんだよな」
俺が再確認すると、桐崎は「……はい」と頷いた。たしかに今日のテニスは久しぶりということもあって、素直に言えばとても有意義な時間であった。彼女とボールを打ち合っている間だけは、あの頃の、あの時間のことを少し思い出してしまうくらい───それくらいに、充実していた。
「……俺は、藤枝がいいなら、話してもいい」
そんなことを口にしていた。すると、藤枝はハッとしたように顔を上げ、俺の言葉を噛み締める。
「……俺は、」
藤枝が小さく呟く。しかし、泡のように消えていく言葉はもう止めて、次のそれはしっかりと並べられた。
「───俺は、花ちゃんには、知ってもらっても構わないと思ってる」
「……決めたのか、藤枝」
「ああ、決めたよ。それにやっぱりさ……いつまでも過去に縛られんのも、やってられないって思うからさ───」
「……そうか」
その覚悟を見定めて、俺は頷いてから桐崎を見据えた。すると桐崎もまた真剣な表情になり、こちらにしっかりと顔を向け始める。
「───今から、ちょっと長い話を始める」
そうして俺は、夕陽を浴びる語り部となって、徐ろに口を開くのだった。
2
「男子ソフトテニス部、以上の成績を持ちまして、ここに表彰します」
───パチパチパチ!と、生徒達の拍手が体育館を包み込む。それを背に受けて、校長から表彰状を貰う彼の姿は、紛れもなく栄光に満ちていた。
『今回の県大会予選では、仲間と共に一歩一歩積み重ねてきた練習の成果を充分に発揮できたと思います。これを糧に、次の試合でも勝利を収めていきたいです』
マイクを手にそう宣言する彼を、誰もが瞳に収め拍手する。それはまるで、英雄の功績を讃える集団のようにも見えた。
「……須藤、すげえよな。あいつ今までの試合でも、負けたことがないって噂だもんな」
「このまま県最強までいくんじゃね?」
耳を澄まさなくても、そんな会話が聞こえてくる。無理もない。なんせ彼らの言う『噂話』というのは、すべて実話なのだから───。
───須藤
「……お前も見習っとけよ。飛雅ほどじゃなくても、せめてチームの戦力にはなってほしいんだけどな」
「……う、うん。頑張るよ……」
部員の一人が鋭い目で見据え、そう吐き捨てる。するとそれを受けた彼は、弱々しくもそう呟いていた。
テニス部での最強が須藤なら、言い方を考えずに言えば、最弱こそが彼───篠崎
「爪の垢をなんとやら、だな。後輩にすら負けてるようじゃ顔も立たねえよ」
今度もまた部員の一人がそう呟く。その度に篠崎は「ごめん……」とか細く謝るのだった。
───そんなやり取りはもはや日常茶飯事だった。弱者は蔑まれ、疎まれる。それがこの部活動という小さな檻の世界の鉄則で、規則で、秩序で……唯一無二の、ルールなのだ。
だが───そんなやり取りが行われても、誰もが敵になるわけではない。ここまで弱肉強食を強いられる場所にも、それに抗う奴もいる。
「……あいつら、ほんと懲りないよな。ちょっとは篠崎のことも考えてやれよ」
───藤枝 架瑠。彼とはテニス部で初めて知り合った間柄だったが、その根は優しく思いやりの意志を持っていた。彼は唯一篠崎に対して何かを罵ったりしない、敵対関係にない人間であった。俺はというと、別に篠崎に向かって何かをいうわけでも、また篠崎を彼らから守るわけでもなかったため、中立のような存在であったのだ。
二年生に進級し半年が経ち、部長の須藤を含めたレギュラー陣が県大会予選を行った。今日は勝利を収め帰ってきた須藤の表彰式だったのだが、こんなときでも戦力外の篠崎が責められるとは……気の毒な話である。
それとは対照に、終始笑顔なステージの上に立つ須藤の顔が、今はとても鮮明に見えた。
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