第2話 初めてのお仕事

 ガタゴトガタゴト、四頭立ての二〇人は乗れそうな大型の乗合馬車に揺られる事、丸二日。太陽は高く昇り、そろそろお昼の時間になろうかという頃。

「ぼちぼちローレンツィアが見えてきますよ」

 見た所四十過ぎ。熟練のたたずまいで簡単そうに四頭の馬を操る御者が、客車に繋がる小窓を開けて乗客に声を掛ける。ノーヴェは自身の後ろの──馬車的には横の──窓を、ガラスを固定する為の溝から持ち上げ、そのまま一番上まで押し上げて落ちてこない様に留め具で固定すると、外に顔をひょいと覗かせ前方を見遣る。

 他の乗客も旅慣れていない者は、ノーヴェと同じ様に窓から顔を出して物珍しそうに遠くに見えてきたローレンツィアに視線を向ける。旅慣れた者達は大人しく、用意してきた本を読んでいる者、真っ直ぐ座ったまま器用に寝ている者、編み物をしている者、書き物をしている者、揺れる車内の中、皆器用に各々の時間を過ごしている。

「あれがローレンツィアかぁ……」

「首都は初めてかい?」

 客車の一番前に座っていたノーヴェの独り言に、御者が退屈しのぎに話を振って来る。

「村から出るのも初めてです」

 初めての長距離の馬車旅に時間を持て余していたノーヴェは、これ幸いと客車から移動して御者の横に了解を得て腰掛ける。

「ローレンツィアには観光に? それとも仕事探しかい?」

「んー……敢えて言うならどっちも、かな? バザールでちょっと探したい物があって……」

「そうかい。探し物が見つかると良いねぇ」

「でも実際どうなんです? 話には聞くんですが初めてなもので……」

「そうさな……。バザールには中原国家だけじゃなく、周辺の諸国家からもこぞって商人達が商売の為に訪れてくる。そしてそれを目当てに多くの観光客や、それを目当てにした商人と……」

「と……?」

「それを狙った盗賊や山賊といった連中もわんさかと居るぞ」

 脅かしてやろうというちょっとした悪戯心で御者はそう言うと、ちらと横目でノーヴェの様子を窺う。

「やっぱ都会は物騒なんだなー。用心しとかないとな……」

 と用心の欠片もなさそうな事をつぶやくノーヴェに、当てが外れたと残念そうに御者は肩を竦める。

「この北の街道は平地の一本道で、要所要所に軍の見張り台があるから賊が出たって話は聞かないがね。私もこの街道をかれこれ十年、一巡間いちじゅんかん毎に一往復しているが一度も賊には御目にかかったことはないねぇ」

 元々ローレンツィアから延びる東西南北の大街道は、剣の国の軍が頻繁に見回りを行っているため治安がすこぶる良い。それもあって、賊も大街道だけには近付こうともしない。安心して使える街道は人々の往来を盛んにし、ローレンツィアの自由市場が無数の商人と職人を呼び寄せ、結果人と物と金が常に盛んに行き交う活気に満ちあふれた現在のローレンツィアを形成している。

「おっと話が逸れた。そうそう、バザールの話だったね」

 とは言ったものの、何を話したものかと御者は考える。

「バザールの目玉は知ってるかい?」

「世界各地から集まる商人たちの露天市でしょ!」

「それも目玉の一つだが、それ以上の目玉がある。オークションだ」

「世界の奇品珍品希少品が集まるっていう?」

「それもある。が……それだけじゃあない。ちょっと珍しい程度の各種品々を取り扱った、誰でも気軽に参加できる小額限定のオークションが多数行われる。このオークションは出品された商品の上限金額があらかじめ決められてるのが特徴だ。どちらかと言えばこっちの方がバザールのオークションのメインになる。なにせ国が運営しているからね」

「へぇ~~~。詳しいですね」

「バザールに向かう客、帰る客をもう何千人と見てきたからねぇ。そして皆バザールの感想を語り合うのさ。実に楽しそうにね! それを退屈凌ぎに聞いていれば、そりゃあ詳しくもなろうってもんさ」

 素直に感心され調子を良くした御者は、どんどんノーヴェに情報を提供する。

「でだ。お前さんは何か探し物があるみたいだから、探すのならオークションの方にしておいた方が良い。入場料代わりにカタログが売られているからそれを買いなさい。それにオークションに出品される商品が全て記載されている。そこから探した方が見つけやすいし、上限額一杯を指定すれば確実に落札出来る。露天は物凄い数ある中探し回った挙句見つからない可能性もある。偽物を掴ませたり、ぼったくってくる不届き者も後を絶たない。海千山千の商人ならともかく、露天は見物か、見て値段に見合って気に入った物だけ買うようにしなさい」

 親切にそう教えてくれる御者にノーヴェは、

「有難うございます。そうさせてもらいます」

 と素直にお礼を述べる。

 それにまた気を良くした御者は、長期滞在するならどこそこ、街の危険な場所、安全な場所、その他様々なお役立ち情報を知る限りノーヴェに話して聞かせるのだった。

 それを全て頭に叩き込みながら、相槌を打ったり、感心してみたり、時に尋ね返してみたりしながら、ノーヴェは事情通のこの御者から出来る限りの情報を引き出していた。

 そうこうしてる内に馬車はいよいよローレンツィアの街に差し掛かり、御者はまだまだ話し足りない、ノーヴェもまだまだ情報を聞き出したいと思いながらも、会話を打ち切らざるを得なかった。御者は街中まで馬車を走らせ、停留所に馬車を停めると乗客に到着を知らせる。

 乗客たちは馬車から降りると、三々五々さんさんごご目的地に向かって散って行く。ノーヴェもその内の一人となる。

 ノーヴェは御者に話の礼と挨拶を済ませ、先ずは当面の拠点となる宿を探しに向かう。御者のおじさん推薦の宿だ。近くに市街の案内板があったので、目的の宿までの道順を確認しておく。

 ローレンツィアの街並は王族の住まう王宮を最西の崖際に置き、その周囲を三重の堀と城壁が取り囲む。城壁の間には貴族達が住まう館と騎士団が詰める兵舎が置かれている。そしてその城壁と堀の外側に平民達が住まう市街が放射状に存在する。ここでまず特徴的なのは一番内側の城壁にはどこにも城門が存在しないという事だ。堀が城壁の内側にも完全にぐるりと掘られており、一見どうやって出入りするのかと疑問を覚える。その答えは地下にある。どういった構造かその全容を把握しているのは王族と一部の貴族、後は近衛だけである。他の王宮勤めの者達には決められたルートのみが知らされている。少々不便ではあるが皆王宮へ通う際はこの地下道を使っているのである。

 そしてローレンツィアのもう一つ大きな特徴が、街を囲う壁がない事である。

 地続きの街に壁をもうけないとは実に無用心、そして大胆不敵、自信過剰と街の内外から批判の声が多く挙がったが、初代剣の国の王『剣王ミツレ』は壁の撤廃を断行。

「街を囲う壁や門などと言う往来の妨げになる物は不要」

 というのが剣王ミツレの主張であった。

 当然治安や戦時の心配をする人々は多く、壁の再建を願う陳情ちんじょう数多あまたであったが、それと同時に壁がない事の便利さを歓迎する声も少なくはなかった。

 ただ、その分街道には常に街道を警備するための軍を配置。外敵に対しては、各所に見張り台を設置し常備軍を配置して、監視に当たらせている。市街においては貴族の次男坊などで構成される騎士団が街の治安を預かっている。

 こうして人々の不安を減らし、自由往来の確保、即ち経済活動の自由を確保、担保する事で発展してきたのがローレンツィアという街である。そして、中原国家群の中で経済の中心地となる事で、各国もおいそれと手を出し辛くなっている。現在のローレンツィア最大の防壁はこれであると言っても過言ではない。

 そんな街の発展の歴史が案内板の横につらつらと書かれているのを、ノーヴェが「なるほど」と感心しながら読み込む姿は、誰から見ても間違いなく田舎からのお上りさんであった。

 そんな事には頓着とんちゃくせず、ひとしきり読み終えて満足したノーヴェは早速宿へと向かう事にする。

 歩き出して一つ、二つ辻を曲がったところで何か怒鳴り声が聞こえてくる。

「どけどけどけぇ! 邪魔するやつぁぶっ殺すぞ! 死にたくなきゃあどけぇっ!」

 先頭を走る男が抜き身の長剣を見せ付け、がなり立てながらノーヴェの居る方へ向かって全速力で駆けて来る。

 殺されてはたまらんと言われた通り大人しく道を譲るノーヴェに、先頭の男は勿論、それに続く十を超える人数の男達も、ノーヴェに構う事無く路地を駆け抜けて行く。後に続く男達が何やら大きな袋を抱えているのがノーヴェの目に留まる。

(こんな昼日中ひるひなかの街中に賊か!?)

 全員が走り去ったのを確認した後、賊らしき男達がどこに行ったかなとノーヴェは男達が走り去った方へ行って見ると、あらかじめ用意していたのだろう馬車に乗り込み颯爽さっそうと逃げ去って行く様子が目に飛び込んでくる。

 それからさほど間を置かず、同じ路地から二人組の男が飛び出して来た。

 二人組の一人、大剣を片手で軽々と持ったまま走って来た、この剣の国では良く見掛ける錬達れんだつの剣士然とした男が、ノーヴェに目を留め声を掛けてくる。

「おい、兄ちゃん。今し方ここいらで大きな袋担いだ野郎の集団を見なかったか?」

 どうやらさっきの賊を探して居るようで、当然隠し立てする義理も何もないノーヴェは見たままの事を伝える。

「さっき馬車に乗ってあっちの方向へ行ったよ」

 と、ノーヴェは南の方角を指差す。

 剣士はノーヴェが指差す方を見るが、もう賊の姿は影も形もない。

「ちぃっ! くそっ! 逃げられたっ!」

 苛立いらだちをあらわにする剣士をもう一方の男が「まあまあ」となだめている。

 剣士と一緒に現れたもう一人は、背丈ほどもある杖を持つ学者風の男である。背は剣士よりも頭半分ほど高いため、余り鍛えては居ないのだろうヒョロリとした印象を受ける。

「どうすんだクォート。報酬減らされっぞ」

「まだ失敗した訳じゃありません。それに私たちの仕事は賊の討伐じゃないですからね? おっと、これ以上はこんな往来でする話ではないですね。まあ任せておいて下さい。こんな事もあろうかと……」

 クックックックッとこの国では珍しい眼鏡を光らせ、ちょっと不気味なわらいを浮かべる学者風の男。

(学者っぽいのはクォート)

 と記憶にとどめて置くノーヴェ。

「襲撃時に捕まえた方達から取れるだけ情報を取ってから追うとしましょう。色々と準備も必要ですしね。一旦逃げられてしまった以上、慌てて追いかけても好い事などありませんからね。さ、ヴェンティ行きますよ。焦らないと言ってものんびりしていて良いと言う訳ではないですからね」

「わーってるよ!」

 ヴェンティと呼ばれた剣士はノーヴェに百ミツレ金貨を一枚握らせる。

「兄ちゃん、情報ありがとな! 見ての通り急ぎの用事があるからもう行くが、まあ治安は良い街だからな。バザールだろ? 楽しんでいってくれよ!」

「ヴェンティ! 何をしています! 置いて行きますよ!」

 少し離れた所からクォートがヴェンティを急かして来る。

「ああ、今行く!」

 じゃな。とヴェンティはノーヴェの肩をポンポンと叩いて、クォートの方へと駆けていく。

 二人は何やら話し込みながら元来た道を駆け戻って行った。

 大した情報でもなかった様に思うノーヴェだったが、貰ったお礼の金貨を敢えて返そうとは特に考える事無く、得したなと考えていた。

(はー。ローレンツィアに着いて早々騒動に巻き込まれるとか……やっぱり都会は凄い)

 などと、他人事の様に感じているノーヴェ。

 取り敢えず、先程確認した宿へと向かう事にする。

 歩くことおよそ五分、目的の宿へと到着したノーヴェは店主に御者の紹介で来た事を告げる。

「へぇ……あの旦那がねぇ……。珍しい事もあるもんだ。おう任せとけ! 安くしとくぜ!」

「ありがとうございます」

 気前の良い店主の返事に、丁寧にお礼を述べる。

「とりあえずバザールまでの二巡間お願いできますか?」

「うちは安宿だからな。普段なら素泊まり一泊四〇ミツレってとこだが……大サービスだ! 朝晩食事付きの二巡間三〇〇ミツレでどうだ?」

「ぜひ!」

「おう!」

 即決のノーヴェにそうこなくっちゃな! と店主のおやじさんが応える。

「先払いしておきます」

「おう。うん。丁度だな。毎度あり! 部屋は二階の一番奥の部屋だ」

 店主が部屋の鍵をノーヴェに手渡す。

「一応鍵は付いてるが、貴重品は自分でちゃんと持っておけよ。盗られても補償はできんからな。飯は好きな時に奥に声を掛けろ。嫁が何か作ってくれる。一階は食堂になってるからな」

「助かります」

「はっ! 良いって事よ。それより、これからどこか出かけるかい?」

「ええ。オークションのカタログを買いに行こうかと思ってます」

「ああ、そりゃあ良いねぇ。カタログなら……」

 おやじさんがカタログの販売所までの道順を丁寧に教えてくれる。何とささっと手書きの地図まで作ってくれる親切さだ。

「他は大丈夫か?」

「はい。今日の所はカタログ買って探し物探しですね」

「そうかい。一応気ぃつけてな。この時期は色んなヤツが街にいるからな」

「はい!」

 おやじさんに改めて礼を述べ、余分な手荷物をおやじさんに預け、自身は街へと繰り出す。

 教えて貰った最寄のカタログ販売所へと向かっていると、街の各所に設置してある案内板の一つとにらめっこしていた赤髪の女の子が、ノーヴェに気付き声を掛けて来る。

「あ、ちょっとちょっとそこのお兄さん。道を訊きたいんだけど……」

「すみません。オレも今日来たばかりで……」

 人に教えられるほどローレンツィアの地理に明るいはずもないノーヴェは、やんわりと断りを入れる。

「あ、じゃあさ、ちょっと地図見てくれる?」

「まあそのくらいなら」

「えーっと……『ローレンツィア総合人材派遣組合』ってとこに行きたいんだけど……」

 ノーヴェは案内板の地図から『ローレンツィア総合人材派遣組合』の建物を探す。割と大きな建物のようでそれは直ぐに見つかった。

「ここだね」

 ノーヴェが地図の建物の場所を指差す。

 現在地からは少し離れた場所にあるのが分かる。

「う~~ん……」

 それを見た女の子は、チラとノーヴェに視線を投げかける。

「地図は覚えたから、良かったら案内しようか……?」

 とノーヴェが女の子の視線に負けてそう尋ねてみると、

「助かるー! ありがとありがとっ!」

 ノーヴェの手を握りブンブンと振って感謝の言葉を述べる。

 突然女の子に手を握られ、ちょっとドキっとするノーヴェ。

「い、急ぐ用事もない、ので、だ、大丈夫」

 言葉もついたどたどしくなっている。

「あたしはティオ! 傭兵稼業をしようと思ってこの街に来たんだ」

 シャキンと腰の裏に挿してあった二本の短剣を素早く抜いてみせる。

「見ての通りの双剣士。レベルも今年でやっと二十超えたんだ。あ、ちなみに歳は十八よ。へへー。中々凄いでしょ!」

 と得意気とくいげに自己紹介を始めるティオ。

 背丈はノーヴェより頭一つ分ほど低いくらいで、体型はお世辞にも大人びているとは言いがたい、色気とは無縁そうな薄い肉付き──良く言えば引締まった──のティオ。その年齢を聞いてノーヴェは、

(年上だったんだ)

 とちょっと失礼な感想を抱いていた。

「オレはノーヴェ。今月十五になったばか……」

「年下じゃん!」

 ノーヴェの十五発言に喰いつくティオ。

「え、うん……。何か問題でも?」

「え? うーん……別にないや!」

(ないのか)

 明るく笑うティオに何やら調子が狂うものの、何となく悪い気はしないノーヴェだった。

「で、ずっと北の国境近くの小さな村に住んでたんだけど、急に入用な物ができて、それがバザールで見つかるかもと思って。それで今日着いたとこ」

「へーそうなんだ! 見つかるといいね! 因みに、どんな物探してるの?」

「んー……。具体的にコレって決めてるわけじゃないんだけど、MPを上昇させるタイプの装備か何かがないかなと」

「ふむふむ。……出来れば装備が?」

「だね」

「じゃーあたしも暇な時に探してみるよ。探し物は得意な方なんだ、ぜ?」

 ちょっと格好付けた様にティオが協力を買って出る。

 初対面の人にそこまでしてもらうのは……と、ノーヴェが断ろうと口を開こうとすると、ティオの人差し指がノーヴェの唇にぴとっと触れる。

「これは道案内のお礼だよ。どうか貰ってくれたまえ」

 こくり、と素直に頷いてしまうノーヴェ。ちょっと顔が赤くなってるのを自覚する。

「連絡はどうしようか」

「暫く同じ宿に滞在してるから、そこにメモでも預けておいて貰えば」

「オーケーオーケー。……後で、案内してね……」

 自力で辿たどり着く自信がないのだろう。

 そんなティオに思わずくすっと笑ってしまうノーヴェの背中をティオが軽く叩く。

「あ、こいつぅ~。笑うんじゃーない!」

「あっはっはっはっはっ」

 慣れない大都会に来て早々思わぬ知己ちきを得て、ノーヴェは楽しくて仕方がない様子である。そんなノーヴェの様子に、良い友人が出来たとティオも笑みを浮かべるのだった。


 ちょっと道を間違えたりもしながら歩くこと十分少々、ノーヴェとティオは『ローレンツィア総合人材派遣組合』の建物の入口前に到着した。

 実物の組合の建物はかなり大きく、横幅は百ミート以上はありそうに見える。外から見える窓の数通りであるなら、五階建てであろう。奥行きは入口からはうかがい知れないが、地図で見た縮尺が正確であるとするなら、二百~三百ミートはあると思われる。ローレンツィア市街でも一、二を争う巨大施設である。そのため、入口は担当部署毎に随所ずいしょもうけられており、ノーヴェとティオが居る場所は正面入口と言われる場所である。

 正面入口から最寄もよりの部署は主に組合への登録申請や、依頼の受注、報酬の支払いなどを主に行っている。

折角せっかくだし一緒に中入ってく?」

「……そうだな。ちょっと見学していこうかな」

 道中の遣り取りで、ノーヴェの口調も砕けたものになっている。

「よーし! じゃあごーごー!」

 入口は誰でも出入り自由な様で、特に警備の人が居たりなどはせず、すんなりと建物内に入ることが出来た。

 意外と天井が高く建物の中は広々としている。外からだと五階ある様に見えたが、建物中央を縦断する本館に関しては、三階建てであった。ノーヴェがあちこちキョロキョロと観察しては感心していると、入って直ぐの所にある受付案内の看板が掛けられたカウンター、そこの美人なお姉さんから声を掛けられる。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

「登録申請、です!」

 ティオが元気良く返事をする。

「登録申請ですね。かしこまりました。それでは通路右手側、手前から二番目の部屋が登録受付所になっておりますので、そちらへどうぞ」

「はーい」

 言われた部屋に向かうティオと付き添いのノーヴェ。

「登録申請の方が『二名』来られましたのでよろしくお願いします」

 受付のお姉さんが連絡を入れる声が薄っすらと聞こえたが、ノーヴェはそちらに意識を向けていなかったため、お姉さんの勘違いに気付くことはなかった。もちろん、ティオが気付くこともなかった。

 ティオとノーヴェが部屋に入ると、それなりに先客が居る様で、用紙に何やら記入している姿が見受けられる。それとは別にソファに退屈そうに腰掛けて、何か待っている様子の人達もチラホラ。

「登録申請の方ですね。こちらへどうぞ!」

 部屋の中央あたりにカウンターが設けられており、カウンター越しに女性職員から声を掛けられそちらへ行く二人。

「ステータスの提示をお願いします。クローズの状態で結構ですよ」

 ティオがステータスカードを出現させ、職員に見せる。

「ティオさん……レベルは……はい、ありがとうございます。ではこちらの用紙に必要事項をご記入下さい。記入が終わりましたらまたこちらの方へお願いします。後ほど合同で簡単な説明会がありますので、しばらくこの部屋でお待ち下さい」

 なるほどそれで暇そうに待ってる人がいるのか、とノーヴェが得心していると、

「では、そちらの方もどうぞ」

 と職員に促される。

 ノーヴェは促されるまま反射的に、何も考えていなかったのだろう、ステータスカードを出現させ職員に見せる。自身は登録に来たわけじゃない事などすっぱり頭から抜け落ちている様である。

「はい。ありがとうございます。ノーヴェさん……レベルは…………?????」

 何か可笑おかしな物を見た.。いやいやそんな事あるはずがない。私の目が可笑しくなった? バグってんの? 一瞬にして職員の頭がパニックを起こす。

 目をシパシパさせ、ゴシゴシとこすり、目薬なんかもしたりなんかして、改めてノーヴェのステータスカードを見直してみる。

 そこには当然999という数字が並んでいる。

 職員は驚きの声を上げる事も出来ず、余りの事に脳が仕事を放棄。意識を明後日の方へと放り投げてしまった。

 そのまま良い姿勢のまま後ろにバターン! と倒れそうになるのを、横に居た別の男性職員が咄嗟とっさに受け止め事なきを得る。

 女性職員を受け止めた男性職員はキッとノーヴェの方をにらみ付ける。

「貴様! 一体何をした!」

 突然の事態に一瞬にして剣呑けんのんな空気が辺りにただう。周りの登録希望者達も各々武器に手を掛け臨戦態勢を取っている。そんな中オロオロするしかないのはノーヴェである。何せ何もしていないわけだから、何をしたと言われても困ってしまう。が、周囲はノーヴェが何かしたと疑っている。これは困ったどう弁明したものかとノーヴェが思案していると、女性職員が意識を取り戻す。

「……っは! 何かとんでもない物を見る夢を見ました……」

 女性職員が何事もなく目覚めた事で、周囲からの緊張感が少し和らぐ。

「あっ! これは大変失礼致しました! えーっと……そうそう、ステータスカードの確認の途中でしたね。どうして私気を失っていたんでしょう……?」

 女性職員が普通に業務に戻ろうとするのを見て、「やれやれ人騒がせな」と言った風情で周囲の警戒が解かれる。男性職員はまだ少しノーヴェを疑っている様で、女性職員の様子を窺っている。

 再度提示されたステータスカードを見た女性職員は、

(あ、夢じゃなった……)

 再び夢の国へと旅立って行く。

 かと思われたが、何とか踏み止まったようだ。

「おい、どうした? やっぱり何かされ……」

 助けに入った男性職員の目にも、ノーヴェのステータスカードが映る。

「は……(むぐっ)」

 驚愕の叫びを上げかけた男性職員の口を、女性職員が咄嗟に塞ぐ。

 それでハッと正気に戻った男性職員は、女性職員を連れて少し離れた場所へ移動する。

 ノーヴェは取り敢えずステータスカードを消し、しまったなと内心焦りながら、かと言って下手に慌てて詮索されるのも避けたいという思いもあり、所在無げに二人の職員の様子を窺っていた。

 しばらく二人でコソコソと相談を続け、取り敢えずの結論を得たのだろう、女性職員の方が若干硬い笑顔を浮かべながら戻ってきた。

「ででででは、こ、こちらの用紙に、ききき、記入をお願いしましゅ」

 詰まり詰まりの噛み噛みである。

 差し出された用紙を黙って受け取るノーヴェ。用紙を持ってティオの所へ行く。

「受付のおねーさん凄い事になってたね。ノーヴェのってそんな凄いの? 流石にちょっと見てみたくなっちゃうよ」

「いや……うん……まあ……、その内、機会と気が向いたら……な」

「ふ~~~ん……。凄いのは否定しないんだね」

「えっ!? あっ、いや、その、全然凄くないぞ!」

「あはははは。いいよいいよ。見せてくれるの楽しみにしてる」

 当然だが、ノーヴェの否定は全然信じて貰えてなかった。しかし無理に見ようとはせず、軽くからかわれていたのだと気付きノーヴェは苦笑を浮かべる。

 二人は用紙の記入項目に目を通し記入していく。名前、年齢、緊急時の連絡先等々である。

 そこでふと、ティオがある事に気付く。

「あれ? そう言えば何でノーヴェも?」

「何か向こうの勘違いで。まあオレも街でお金を稼ぐ必要もあるし、取り敢えず登録しとく位は良いかなと思って」

 傭兵ギルドはまた別に探せば良いかと考えていたノーヴェは、軽い気持ちで居た。

「ほー。じゃあ登録終わったらパーティー組んじゃう? 組んじゃう? いやむしろ組むしかない」

「まあその辺の話は後でゆっくりな?」

「おーけー! 楽しみだなー」

 二人は書き上げた用紙を受付に提出。特に問題もなくその場で受理され、番号が刻まれた登録証が渡される。

 他の登録申請者も全員登録証が行き渡った所で、職員が説明会を行うむねを伝える。「やっとか」と言う反応が多いのは、皆さんそこそこな時間待たされて居たのだろう。

 受付所の隣室にゾロゾロと移動し、職員から一通りの説明を受ける。

 曰く、

「依頼、報酬の受領の際には登録証が必要。失くした場合は再発行可。ただし有料」

「依頼、報酬の受領は本館中央の斡旋所」

「依頼の受領は基本自由。但し、強制参加と受領拒否、組合からの指名がある場合もあり」

「依頼、報酬の相談窓口もあり」

 と言ったところだった。

 短い説明会を終えて、ノーヴェとティオは早速斡旋所へと行って見る事にする。

 本館中央に設けられた斡旋所はかなり広い面積が取られており、数百人は優に入れる様に思える。ノーヴェとティオが斡旋所に着いた時には、実際百を超える人が用意された椅子やソファーに腰掛けたり、柱や壁にもたれている。依頼を探している様子もなく、何かを待っているようにも見える。

 それ以外にももちろん貼り出された依頼を真剣な眼差しで見ている人、斡旋所内に幾つもあるカウンターで何やら話しこんでいる人、様々な人たちで賑わいごった返している。

 斡旋所は共用ではあるものの、派遣の用途によってエリアが分けられている様で、似たような雰囲気の人たちが特定の場所に集中しているのが窺える。ノーヴェとティオが居るのは、如何にも荒事あらごと専門と言った風貌ふうぼうの人達が多い場所だ。そこは護衛や傭兵仕事を専門に紹介している区画であった。

「はー。すっごいなー」

「本当にな。これは凄い……」

 ノーヴェとティオが感心している様は、正しく新人そのものであった。

 ノーヴェは斡旋所の広さや、人の多さに。

 ティオは周囲に居る傭兵達の装備や体格などから、実力を推測し。

「折角だし、どんな依頼があるか見てこようぜ」

「さんせー!」

 二人が通称『傭兵ギルド』──ノーヴェの両親が言っていた傭兵ギルドとはここの事である。図らずも一つ、目的の前提を達成していた──の専門板の依頼を眺めていると、慌しく駆け込んでくる二人組の男。

 それがヴェンティとクォートであるとノーヴェは直ぐに気付いた。何せさっき会ったばかりである。

「緊急! 国からの緊急任務だ!」

 ヴェンティが声を張り上げ敢えて周りに聞こえるようにしながら、依頼内容の書かれた用紙を傭兵ギルドのカウンターに叩きつける。

 依頼の受注は主に正面入り口の受付で行っているが、斡旋所のカウンターでも受け付けている。特に欲しい人材が明確な場合や急ぎの場合はこちらに直接持って行った方が早いのだ。

 それを待っていたと言わんばかりに、いや、その通り。ここに詰めていた多数の傭兵達は正にこれを待っていたのだった。耳聡みみざとい彼らはオークションの物品保管庫が襲撃された事を聞き付け、国が主宰しゅさいするオークションが襲われた以上緊急の依頼が来ると踏んで待っていたのだ。

 国からの依頼は取りっぱぐれがないため、傭兵達には人気の依頼の一つである。また、緊急の場合は報酬が高額である傾向があり、更にこれが強制任務となるともう一つ報酬のランクが上がると予想され、こんな旨い話を逃す手はないというものだ。

「この任務は強制任務となる! 今ここに居るレベル二〇以上の野郎共は全員参加だ!」

 その言葉を聞くや否や、

「よっしゃああああああ!」

「キタキタキター!」

「これはいい稼ぎになりそうだねぇ」

 等々、思い思いの言葉で歓迎する。

 突然の状況に置いてけ堀な感のあるノーヴェと、これはチャンスと目を光らせるティオ。

「こうしてココで待ってる様な奴らに言うまでもねぇとは思うが、一応言っとくぞ! 作戦目標は奪われた全オークション品の奪還。相手はツヴェルフ傭兵盗賊団だ!」

 ツヴェルフ傭兵盗賊団との名を聞いて、一気に傭兵達が色めき立つ。

「おおう。まじか……正規軍でも討伐出来なかった奴等じゃねーか……」

「カネ次第でどんな場所でもどんなモノでも盗んで来るって言う、あいつらか」

「一時期各国こぞって討伐隊を送り込んでた事があったな……。今もこうして活動してるってことは、まあ結果は推して知るべしって事か」

「通りで駆け出しを排除するレベル二〇制限があるわけだ。相手に取って不足はねぇな」

「こりゃ楽しめそうだ」

 中々名うての盗賊団であるようだ。

 ツヴェルフ傭兵盗賊団はその名の通り、雇われて盗賊稼業をする盗賊団である。依頼人は誰でも、組織でも、国でも構わない。依頼に見合った金銭を用意さえすれば、必ず獲物を盗んでくる。今まで依頼をしくじった事はないというのがもっぱらの評判だ。今回のオークション品強奪も誰か、もしくは何処どこかの組織、ないしは国からの依頼と言う事である。剣の国が主宰するオークション品を奪った今回の依頼は、相当な額の金が盗賊団に支払われているだろう。下手をすれば、その依頼者とも敵対する可能性のある今回の任務はかなり危険度の高いものと見て間違いはない。だからこそ、である。

「報酬は! 当然はずんでくれるんだろ?」

 という声が上がるのは当然だろう。

「参加料で一人一万ミツレ!」

 ぴっと人差し指を立てるヴェンティ。

「成功報酬で更に九万ミツレ!」

 続いて中指を立てる。

「オークション品を奪い返したヤツには更に百万ミツレ!」

 薬指を立て、

「盗賊団団長ツヴェルフを討ち取った奴にも百万ミツレだ!」

 最後に小指を立てて〆る。

『うおおおおおおおおおおおおおおお!』

 想定以上の高額報酬に、傭兵達の歓声が周囲を震わせる。

「今から一時間後までに各自準備を整えて東区画の騎士団支部前に集合! その後の予定はそこで今回の討伐隊の指揮官から説明がある! 遅刻して稼ぎ時を逃すんじゃねぇぞ!」

 ヴェンティが依頼内容を告げている間、クォートは窓口で依頼の発注の手続きを行っていた。それが済んだのを確認し、二人は急ぎ来た時同様慌しく戻って行った。

 二人に気付かれる事なく見送ったノーヴェと、登録初日から旨い依頼にありつけてウッキウキのティオ。

「じゃーあたし、準備して行って来るね!」

 とレベル制限からノーヴェは対象外と判断したティオは一人で行こうとする。

「待って。オレも行かないとだから、一緒に行こう!」

「えっ!? ノーヴェって今月成人したばっかなんじゃ?」

 言外にそれで二〇超えてるはずがないと言うティオ。一月ひとつき足らずでレベルを二〇以上上げた人物など今までに存在しない。レベルアップとはそんなに簡単なものではないのだ。故にティオが驚くのは無理からぬ事だった。

「まあ一応、二〇は超えてる……かな?」

「ふ~~~~~ん……。まあいっか! ノーヴェも一緒に行けるなら心強いよ! 道案内的に!」

 ちょっと探るような視線をノーヴェに向けるティオだったが、考えても分からない事は考えてもしょうがないと、あっさりと思考を放棄。遅刻せずに集合場所に行けるメリットを優先した。

「じゃあ改めて、よろしくノーヴェ!」

「オレの方こそよろしく。ティオ」

 ぎゅっと二人握手を交わす。

 周りの傭兵達は急ぎ準備に向かっている。端から準備万端整えて来ていた傭兵達は、のんびりしている者やさっさと集合場所へ向かう者、様々だ。

 ノーヴェとティオの二人もまた、準備を急ぐ傭兵達と同じく組合から駆け出していった。

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