Lv999なのにステータスが初期値なんですけどっ!?
はまだない
プロローグ
「ようこそ! 私は輪廻機構天の川銀河担当の……と申します」
何もない──床も天井も壁もなく、無限に広がる空間にポツンと二つの人影がある。二つの人影は何かに腰かけている様である。それは本来ならば何もおかしくない筈の物。しかしこの空間では明らかに異彩を放っている。宙空に固定された二つの椅子だ。
向かい合って椅子に腰掛けている二人のうち一方が、もう一方に歓迎の仕草でもってそう声を掛ける。
「あなた様には生前の功績によりまして、御希望の転生先と転生特典を一つ差し上げる用意が御座います」
それを聞いたもう一人は椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がり、叫んだ。
「い…………よっしゃあああああああああ!」
その両手は高々と天に向かって掲げられていた。
都心の閑静な住宅街の一角に千坪を超える広大な屋敷があった。その屋敷の当主である山田源次郎に呼び出され一族が集められていた。
山田源次郎。当年とって九三歳。一代で会社を興し規模を拡大、世界に冠たるグループへと発展させる。その資産の大半を様々な形で社会貢献へ還元する姿勢は世界各国から賞賛され、多数の勲章、褒章を内外の国々から贈られている。
源次郎は己の死期が近いことを悟り、遺産を全て自身が設立した慈善福祉団体に寄付する事を告げる。この慈善福祉団体は、源次郎が最も信を置く者に任せてあり、一族の人間を一切関わらせないよう厳命してある。
粛々と受け入れる者、ぎゃあぎゃあと喚き立てるマヌケ共、それらを源次郎は一瞥し、もう用は済んだと屋敷から追い出す様に帰路に立たせる。
そんな源次郎を陰日向に支えてきた妻が源次郎にポツリと言葉を投げ掛ける。
「十分、楽しめましたか?」
妻の問いかけに源次郎は、
「全然だ。お前と結ばれた事以外全てが失敗だったよ」
と、迷わず答える。
幼き頃は乱世に憧れ、戦国の世について学び、武の鍛錬に励んだ。
若き頃は異世界に憧れ、あらゆる武を究めんと心血を注いだ。
源次郎の才能は見事に花開いたものの、それを真に活用する事はついぞ無かった。
今の妻と結婚し、子供を設け、一家を支える為に不本意ながら始めた金稼ぎは何故かトントン拍子に成功し、現在の富と地位と名誉を得るに至る。
だが、そのどれらも源次郎にとってはまるで無価値な物だった。
源次郎の真に欲した物は、最愛の妻以外何も手にする事はなかった。
そしてその事を、源次郎の妻も重々承知していた。
「ふふ……そう言うと思いました」
「生まれてくる時代を間違えた」
そう妻に告げてから数日後、源次郎は静かに息を引き取った。源次郎は、他人から見ればどうであるかは分からないが、当人にとっては失敗塗れの人生に幕を下ろしたのであった。
そして先程の空間である。
一人は輪廻機構とやらの職員。そしてもう一人は源次郎である。源次郎の姿は若々しく、恐らく全盛期の頃の姿であろう。
叫んで少し冷静さを取り戻したのか、掲げられた拳をそっと降ろし椅子に再び腰掛ける。
が、やはり興奮冷めやらぬようで、椅子ごと輪廻機構の職員ににじり寄って行く。
「どんな世界のどんな時代に転生させてくれるんだ? オレが好きに選んでいいのか? 特典ってなんだ? それもオレの自由か?」
矢継ぎ早に質問を飛ばす源次郎に、些かも動じた様子もなくお手本の様な笑顔のまま輪廻機構の職員が答える。
「はい。源次郎様の希望に出来る限り沿った世界への転生となります。特典も源次郎様のご希望のモノでしたら、『何でも』一つだけ転生先に持って行く事が可能でございます」
「おお……そうかそうか…………そうか……」
一つかぁと特典を何にしようか考え始める源次郎。
「記憶、経験、武器、人物など、何でも可能でございますよ」
その言葉に源次郎は思考を一旦中断する。
「ということは、武器やらを選ぶとオレの現世の記憶とかは無くなるってことか?」
「その通りでございます」
「うーむ……これは悩みどころだな……」
「時間は無限にございます。じっくりとご検討くださいませ。ただ……」
「ただ?」
「差し出がましい事を申しますが、記憶を持っていくことはお勧め致しかねます」
「……そうか、そうだな。そりゃあそうだ」
「ええ。来世と現世は別世界。下手に記憶が御座いますと来世に馴染めず要らぬ苦労を強いられますので」
「記憶を持って行くヤツは多いのか?」
「ええ。特典を与えられた方は大概記憶を持って行かれます。そしてその殆どが……」
転生先でどうなったかは聞かずとも容易に想像できる。
「死してなお自己の消滅を恐れるか……まあオレも人間だ。その気持ちは分からんでもないが、愚かな選択だな」
「善き選択を」
「よし。決めた! 特典は『レベルを999にしてくれ』だ!」
「ほう……。『レベルを999にする』、ですね?」
「ああ、そうだ。出来るか?」
「……少し調べてみましょう」
輪廻機構の職員がスッと目を閉じる。待つことしばし、特に変わった様子はないが何か分かったのだろう、目が開いた。
「現状レベル制が導入されている世界はございませんね」
ないかぁ……とがっくりうな垂れる源次郎に輪廻機構の職員が明るく声を掛ける。
「ですがご安心下さい! レベル制を導入した世界をご用意することは可能です!」
「世界自体を作れるのか?」
流石の源次郎も驚いた様子でそう尋ねる。
「それも可能ですが、今回の場合ですと今ある世界にレベル制を敷き、普及させるだけですのでずっと容易な事でございます」
「よそ様の世界をオレの趣味で改変するとか、流石にちょっと気が引けるぞ」
「よそ様の世界ではなくなるので、あまり気になさらずとも良いのでは?」
「……一理ある。選ばれる世界には悪いが、オレが現世で終ぞ果たせなかった夢に付き合ってもらうとしよう」
「では、転生先の世界についてご希望はございますか?」
それに対して源次郎は即答する。
「魔法がある世界、だ!」
「承知致しました。魔法が存在する世界は無数にありますので、源次郎様の思考データからより適した世界にレベル制の導入を行います。暫くそのままでお待ち下さい」
そう職員が言うと、源次郎の目の前からテレビ画面を消した様にフッと職員の姿が消えた。
待つこと源次郎の体感でおよそ十分。
消えた時と同じ様に唐突に職員が姿を現す。
「大変お待たせ致しました。それでは準備が整いましたので、こちらへどうぞ」
職員が手で指し示した場所に光る輪が出来る。
源次郎は勧められるまま、その輪の中に入る。
「それではこれより、レベル制導入からおよそ一万年、剣と魔法の割拠する新たな世界を存分にご堪能下さい」
職員の合図と共に源次郎の姿が光に包まれていく。
「それでは良い来世を」
職員は一礼し、来世へと旅立っていく源次郎を見送るのだった。
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