第77話 人造生命の異常な感情
カーリーを倒した後、俺たちは一切、妨害らしきものを受けることなく『スメールビル』のゲートに着いた。夜叉から渡されたカードをパネルにかざすとLEDが赤から緑に変わり、ゲートが厳かに開き始めた。
「いよいよだな。何としてでも五人そろって戻ってこようぜ」
俺は車に戻ると、王のトレーラーと共にゲートをくぐった。中に入った俺たちは広いフロアの壁際に車両を停めると、互いの思いを確認した。
「車のまま『付喪』のところに行くのは無理がある。……だからと言ってみんなを置いていくこともできない。……そこでだ」
俺はセルゲイからもらった携帯型APユニットを取りだし、全員に説明を始めた。
「この中にみんなの『本体』を入れていく。みんなとの受け答えはインカムでいつでもできるし、姑娘は中にいても俺にくっついていてもどちらでも構わない。ただ一つ言えることは、ここから先は生きるも死ぬも一緒だってことだ。
俺が全員に見えるようユニットをカメラの前に掲げると、姑娘が身体を丸めはじめた。
「本当はボスの肩に乗って『付喪』のところまで行きたいけど……私、狭いところが好きなんだよね。戦う時はすぐに飛びだすから、安心してね」
そういってユニットに自分からもぐり込む姑娘を見て、俺は思わず苦笑した。
「よし、行くぞ。車を置いていくのは気がかりだろうが、なに、戻ってくればいいんだ」
俺はそう言い放つと、残りの三人をユニットに収め、だだっ広いフロアに降り立った。
「確かあのあたりに、謎の動力で動くエレベーターがあったはずだ」
俺は前回、訪れた時の記憶を頼りに進んで行くと、見覚えのある場所で足を止めた。
「――聞こえるか『付喪』!お望み通り来てやったぞ」
俺が天井に向かって叫ぶと前回と同じようにスポットライトのような光が俺を包み、そのまま正体不明の力で上に向かって持ち上げ始めた。長い管のような光の中を延々と上がってゆくと、突然、光が消えて上昇も止まった。
「……ご到着ってことか」
俺がゆっくり顔を上げると前回、『付喪』と対面した五十階のフロアが目の前にあった。
「それにしても以前、来た時とは随分と眺めが違うじゃないか。模様替えでもしたのか?」
俺はフロア全体を眺め回し、どこかにいるであろう『付喪』に聞こえるように言った。
前回は一面、ガラス張りだった壁が、今回はどこを見ても機械で埋め尽くされていた。
「つまりこれがもっとも落ち着くレイアウトってわけか。……なあ『付喪』さん」
俺がいくぶん挑発的な口調で呼びかけると、突然、壁の一部が四角く切り取られ、前にせり出すのが見えた。機械とケーブルが絡み合った四角い塊は長いアームで高々と持ち上げられ、俺の手前で止まった。
「ここまでやってきたということは、『カーリー』を倒したのだな、運び屋」
不気味な声がフロアに響いたかと思うと、四角い塊からマネキンの上半身が姿を現した。
「ああ、可愛そうに殺すことしか知らない女神だったが、倒さなければ貴様に会えないと思って心を鬼にして戦ったよ」
「くく、それはいい。鬼になることも時には必要だ。……さて、約束通り、お前たちが会いたかった人間と会わせてやることにしよう」
『付喪』は最初の印象とはまるで違う尊大な口調で言うと、アームと共に上昇を始めた。
「会いたかった人間……『阿修羅』か?」
俺が呟くと目の前の床がせりあがり、上半分がカバーのように前後に開いた。寝台の上に目を閉じて横たわっているのは、紛れもなく『阿修羅』だった。
「感動の再会というわけだ、運び屋諸君。……だが私にも事情という物があってね、ただで返すわけにはいかない」
「何が望みだ、『付喪』」
「お前の身体と心だ、運び屋」
『付喪』の言葉と同時に足元からアームの生えた椅子が出現し、俺を強制的に座らせた。
「いったい、何の真似だ」
「まあ、見ていたまえ。私からのささやかなおもてなしだ」
『付喪』が不気味に言い放った直後、目の前の床からグラスの乗ったテーブルが現れた。
「そのグラスに入っているのは、君が運んでくれた液体金属『ソーマ』だ。そしてその『ソーマ』に記録されているデータは、君自身の三年分の『感情』なのだ」
「俺の『感情』?」
思いもよらない告白に、俺は狼狽した。一体『付喪』は何をしようとしているのだろう。
「これから話すことはお前にとって初耳なことのはずだ。よく聞いて身の振り方を決めるがいい。……『ソーマ』はお前の車の運転席にこの三年間ずっと、隠されていた。お前が『仲間』とやり取りを交わす度に、複雑に揺れる感情が『ソーマ』に刻まれていったのだ」
「俺の車に?……一体誰がそんなことを?」
「それを行ったのは私ではない。『ノーバディ』だ」
「『ノーバディ』だと?このビルの最上階にいるという人工生命か。……だが何のために?」
「この街の人と機械を救う唯一の存在――『来訪者』に『創造者』と会うための豊かな感情を植え付けるためだ」
「何を言っているのかさっぱりわからないぞ『付喪』!……教えろ『来訪者』とは何だ?」
「『ノーバディ』が特殊な装置を使ってどこかの時空から招いた『この街には存在しない』生命のことだ」
「この街には存在しない……」
「まだ我々『上級AP』が存在する前、『ホムンクルスプロジェクト』という人間でも機械でもない生命を産みだす計画があった」
俺は椅子に座らされたまま「知っている」と返した。セルゲイが言っていた話と同じだ。
「計画自体は頓挫したが、機械と繋がることで生き延びた人工生命が一体だけいた。それが『ノーバディ』だ。『ノーバディ』は自分の組織を二つに分割し、なんとか仲間を増やしたい一心で「もう一人の自分」を培養し始めた。人間達が諦めた研究を自分と繋がっている機械たちの力を借りて引き継いだのだ」
『付喪」の話は難解だったが、奇妙なことに俺にはそれがまるで自分自身の体験であるかのように容易く理解できた。
「同じころ、APたちの間で人間と機械の両方を造った『創造者』がどこかに存在するという説がまことしやかに囁かれるようになった。噂に興味を持った『ノーバディ』は、『創造者』を探すべく時空の歪みを人為的に作りだす装置の開発に着手した」
さきほどの人工生命の話と違って、こちらの方は俺にはちんぷんかんぷんだった。
「装置自体は完成にはいたらなかったが、培養中の組織がたまたま試作機の近くに置かれていたある日、組織が容器ごと消え失せて代わりに見たことのない『人間』が研究室内に出現したのだ」
「人間……」
「調べてみると消えた組織の質量と、現れた人間のそれとが同じであることが判明した。つまり何かの手ちがいで培養中の人工生命と、どこかの時空にいた『この街には存在しない生命』とがそっくりいれかわってしまったのだ」
「その人間が『来訪者』ってわけか」
「その通りだ。『来訪者』の存在は人間にもAPにも知らされず、この『サンクチュアリ』の中だけの秘密となった。ところがある日、なんらかの手違いでビルの外に出た『来訪者』が車両型のAPに撥ねられてしまったのだ」
「車両型のAPに……」
「瀕死の重傷を負った『来訪者』に『ノーバディ』は自分の組織を分割して与え、その結果、『来訪者』は一命をとりとめた。だがその手術は同時に奇妙な現象をももたらした」
「奇妙な現象?」
「それまで『来訪者』はこの街のいかなる生命ともコミュニケーションできなかった。だが『ノーバディ」の組織を移植された途端、機械とだけはコミュニケートできるようになったのだ」
「機械とだけ……それはいったい、いつの事だ?」
「三年前だ。『ノーバディ』はこの出来事を『創造者』による啓示と受け止め、より複雑な感情を『来訪者』に与えるべく運河の外へと送りだし、かつてここで技術者をしていた僧侶に身柄を預けたのだ」
「……つまり俺がその『来訪者』だというのか!」
「僧侶は『ノーバディ』から、三年後に感情の育った『来訪者』を『サンクチュアリ』に戻すという命を受けた。そこで僧侶は『ソーマ』を組みこんだ車と四体のAPを『来訪者』に与えた」
「親父が……まさか、そんな」
「一体は優秀な技術者の人格、一体はその娘の人格……」
「大埜建友と娘の沙羅……それが王と姑娘の元になっていたというのか」
初めて知る事実に、俺の頭はパンク寸前だった。
「残る二体のうち一体は音楽好きの男……後に『チップマン』と呼ばれる人物だ」
「あの『チップマン』が『レディオマン』の原型だと?……信じられない」
「最後の一体は、そこにいる『阿修羅』と姉の人格を元にして産みだされたという話だ」
俺は脳天をハンマーで殴られたような衝撃を覚えていた。……つまり『キャサリン』の元になった人格は『阿修羅』と『夜叉』のものだったのだ。
「こうして三年が経ち、『来訪者』は約束通りこの『サンクチュアリ』へと戻ってきた。……お前がこの椅子に座り、『ソーマ』と接続されることは運命だったのだ」
「いやだ、俺は『創造者』になど会わない。……すべて『ノーバディ』とやらの妄想だ」
「そうかもしれん。だがやってみる価値はある。『ノーバディ』はもし、お前が『創造者』と会うことに成功したら、自分も接続してすべてを支配しようと考えているようだが……」
『付喪』がそこまで言った時、椅子から金属のベルトが現れて俺の手足を拘束した。同時にフロアのあちこちから小型レーザーがついたアームが現れ、一斉に俺に狙いをつけた。
「そうはさせん。その前に私が接続し、『ノーバディ』になり代わって全てを支配するのだ」
『付喪』がそう言い放つと一体の女性型マネキンが現れ、俺の口にプラスチックの漏斗をあてがうと、テーブルのグラスを手に取り、近づけた。
「さあ、この街のAPすべてと一体化するのだ。そうすれば必ず『創造者』はお前の前に姿を現すだろう」
『付喪』の狂ったような笑い声が聞こえ、女性型マネキンが漏斗の口に当てがったグラスを僅かづつ傾けるのが目に入った。
〈第七十八回に続く〉
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