第50話 世を忍ぶ者と夜の姉妹


 走りだしてほどなく、俺は「一つ聞いていいかな」とシートに背を預け瞑目している毘沙門に問いかけた。


「なんでしょう」


「近頃、街を荒らす不良APにお仕置きをして回っている『シノビ』という四人組を知っているかい」


「……知っています」


「これは俺の想像なんだが……『シノビ』は『四天王』じゃないのか?」


 俺が単刀直入に切りだすと、毘沙門は意外にも「その通りです」とあっさり首肯した。


「私たちは暴走行為はしても、人間に暴力を振るったり機械を破壊したりすることは決してしないという誓いを立てています。……ですが、『猿回し』と彼らの手先になって狼藉を働いているAPたちは例外なのです。


 しかし『ニルヴァニア・ファミリー』が集団で誰かを成敗したとなると、そもそもの存在意義が崩されかねません。ですから、私たち四人が『ニルヴァニア・ファミリー』とは無関係の『シノビ』となって、無法APと『猿回し』に仕置きをする役割を担っていたのです」


「なるほど……こうなるといったい誰が正義で誰が悪党だかわからなくなってくるね」


「それが今のゼロボーン・シティなのです。弥勒さまはこの混沌とした状況を作ったのは治安当局だと考えています。人間と機械の関係が曖昧になるよう、わざと治安を操作しているのだと……」


「ふむ、ひと月前の俺なら笑い飛ばしていたろうが、今となっては頷かざるをえないな」


 俺はさらに、このところずっと頭の片隅にひっかかり続けている疑問を口にした。


「治安当局の中枢が人からAPに変わっても、基本的にAPが人間を傷つける事はあり得なかった。だが寺を襲った『上級AP』は違う。なぜあんな機械が生まれたのだろう」


「生あるものの誕生にはすべて、何かしら意味があります。彼らもまた、何かの必然によって存在しているのでしょう」


「俺が会った『付喪』という上級APは「サンクチュアリの指示で動いている」と言った。つまり、一連の暴力事件はAPの暴走ではなく「サンクチュアリ」の命令という事になる」


「彼らがそう言うのなら、そうなのでしょう。もし治安当局のAPたちがすべて上級APにとって変わられているとすれば、そのような指示を出したとしても不思議はありません」


「あのマネキンみたいな連中が「サンクチュアリ」の支配権を握ったというのか」


「それを確かめるために弥勒さまは「サンクチュアリ」に向かわれたのです」


 毘沙門は最悪の想像を表情一つ変えず、口にした。俺は頭を切り変え、思い切ってもう一つの疑問を毘沙門にぶつけた。


「あと一つだけ聞きたいんだが……あんたは『夜叉』という女を知っているか?」


 俺が夜叉の名を口にすると、毘沙門の表情がふっと変化した。


「ええ、知っています。『夜叉』は私の妹です」


「なんだって。あんたがあの女の身内だとは……意外だな」


「育ったのは別々ですが、『夜叉』はまぎれもなく私の……双子の妹の片割れです」


「双子……そうか、そういうことだったのか」


 俺は「サンクチュアリ」で見かけた『夜叉』にそっくりな女のことを思い出した。あの女が夜叉の姉か妹だとすれば、疑問は一気に氷解する。


「夜叉の片割れというのは、どこにいるんだい?」


「わかりません。元々は二人とも看護師を志していたのですが、二人が『サンクチュアリ』で働いていたときに反乱が起こり、機械の看護を専門としていた妹は『サンクチュアリ』に残り、人間の看護が専門だった夜叉はこちら側へと移ってきたのです。その後、連絡が途絶えたらしく、今は生きているかどうかもわからないとのことです」


 俺ははっとした。手下が『夜叉』に初めて会った時のことを「天使のようだった」と言っていたのは、あいつがかつて看護師だったからなのかもしれない。


「俺は……一週間ほど前に『サンクチュアリ』で『夜叉』にそっくりな女を見た。着ているものは夜叉と違って真っ白な白衣だったがな」


「本当ですか。では、あなたが見たという女性は夜叉の双子の妹「阿修羅あしゅら」だったのかもしれません」


「そして『夜叉』の手下によると、あいつは今『サンクチュアリ』に行っているそうだ。もしかしたら、あんたの言う『妹』に会いに行ったのかもしれないな」


「なるほど、大いに考えられますね。それが彼女の運命であれば、致し方ないでしょう」


 毘沙門は悟り切ったような口調で言うと、再びシートに深くもたれかかった。


 俺たちはB区の倉庫が並ぶ一角まで来ると、窓越しに侵入できそうな入り口を探した。


「たしか最初に襲撃を受けた西側のゲートが、開放されたままになっているはずです」


 毘沙門の言葉に従って車を向けると、ほどなく開けっぱなしの門が目の前に現れた。恐る恐る侵入した俺たちは、目の前に広がる光景に一瞬、言葉を失った。


「これはひどい……」


 敷地内を埋め尽くしていたのは、原形をとどめないほどに破壊された機械の山だった。


 大型APであるトラックは横倒しになって煙を上げ、その周囲にフレームごと飴のようにねじ曲げられた電動自転車や、アームをもぎ取られ、全身を穴だらけにされた清掃用ローダーが転がっていた。


「人間は……どこにいるんだろう」


 俺と毘沙門が、APたちの「死体」を踏まぬよう歩を進めていたその時だった。


「誰か……助けてくれっ」


 ふいにどこからか人間の物と思われる悲鳴が聞こえ、俺たちは周囲を見回した。


「ピートさん、あれ」


 毘沙門が指で示した方向に目を遣ると、三体のマネキンが黒づくめの人物――『猿回し』だ――を追い回している様子が見えた。


「行きましょう」


 俺たちが駆け出すと、気配に気づいたのか『猿回し』を襲っていたマネキンたちが一斉にこちらの方を見た。


 カーディガン姿の男とエプロンをつけた女、そして……もう一体はサスペンダー付きのズボンを履いた、子供のマネキンだった。


              〈第五十一回に続く〉

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