第48話 セミロング・グッドバイ


 俺が異変に気づいたのは、泥のような眠りから覚めて身を起こした時だった。


 いつも耳の奥で響いている意志を持った機械の鼓動。それが聞こえなかった。


「王?……どうした王。自分で電源を落としたのか?」


 俺はソファーからキッチンに移動すると、大声で家主の名を呼んだ。不気味な静寂の中、俺が途方に暮れていると突然、キッチンの隅にいた調理ロボットが唸りを上げ始めた。


「……なんだ?」


 俺が訝っているとモニターが瞬き、王の姿が映し出された。


「ボス、急な話で申し訳ない。実は私、休暇を取らせてもらったよ。私がいない間、食事に難儀するかもしれないけど、冷蔵庫の食材で何とかしのいでおくれ。勝手な事してほんとに申し訳ない。できるだけ早く戻るつもりよ、お願いね」


 王の映像はいつもより早口でまくしたてると、ふっと消えた。俺はふらふらとリビングに戻ると再びソファーに身を投げだした。 


 ――王、いったいなにがあった?こんな行動をとるなんて初めてだ。


 俺はあまりのことにしばらくは立ちあがることすらできなかった。だが、じっとしているわけにもいかない。俺は端末を取りだすと、なぜか姿が見えない姑娘を呼びだした。


「はい、あたし。……あ、ボス。……え?……うん、知ってるよ。パパ、休暇を取るんだって。どこに行くかは聞いてないな」


「お前は心配じゃないのか?親父が急に行方をくらませて」


「別に。……すぐ帰ってくるよ。ボス、心配しすぎ」


「お前は今、どこにいるんだ」


「ガフの所。夕方には戻るよ」


 そういうと、姑娘は一方的に通話を切った。「家族」に黙って姿を消されたり、一方的に通話を切られたりと、俺にとっては経験のないことばかりだった。


 俺はトレーラーの奥の機関部に足を向けると、王の本体を収めたホルダーをあらためた。


「……いない。調理ロボットがそのままということは、誰かに連れだされたのか?」


 俺は絶句した。娘の姑娘と違い、王は自分単体で勝手に動くことはできない。休暇を取るといっても、基本的にはトレーラーごと移動しなければならないのだ。


 俺は覚束ない足どりで外に出ると、近くに停まっているキャサリンに乗り込んだ。


「キャサリン、大変だ。王がいなくなった」


「どういうこと?トレーラーハウスなら、そこにあるじゃない」


「そうじゃない、王の本体がいなくなったんだ。ビデオメッセージが残っていた。すぐ帰るなんて言っていたが、こんなことは初めてだ」


「……そうだったの。でも慌ててもしかたないわ。ここは王を信じましょ。……そうだ、今日は外で私とランチしましょう。どこがいい?」


「……どこでもいいよ。行先は君に任せる。そこらのデリでドーナツとコーヒーを買って食べよう」


 俺は投遣りに言うと、シートに背を預けた。俺ともあろうものが、「家族」が一人、姿を見せないだけでこの有様だ。親父が言った通り、俺はキャサリンたちに依存しているのだ。


「じゃあ、行くわね」


 キャサリンは口調の端に困惑をにじませながら、賑やかな往来へと滑りこんでいった。


 サイドウィンドウからぼんやり外を眺めていた俺は、走り出して間もなく異様な風景に目を奪われた。歩道のあちこちに、壊れた機械がまるで死体のように転がっていたのだ。


「キャサリン、あの機械たち……おかしくないか。壊れたというより壊されたみたいだ」


「本当。……あのバイク見て。銃で撃たれたような痕があるわ」


「……本当だ。あっちの送風機はバーナーで焼かれたみたいに黒焦げだ」


 俺は思わず「キャサリン、速度を落としてくれ。もっと良く見たい」と叫んでいた。


 さらに進んで行くと、少し先に人だかりのできている一角が見えた。


「なんだろう。……手前で止めてくれ。ちょっと見てくる」


 俺は車を降りると、人だかりの方へ歩み寄っていった。何かを囲んでいる人垣の背を掻き分け、奥にある物を見ようと身を乗り出した瞬間、俺はあっと叫んでいた。


「……コンラッド?」


 路上に横たわっていたのは、頭と口から血を流しているコンラッドだった。


「どうしたコンラッド。誰にやられた?」


 俺が呼びかけると、コンラッドは呻きながら「マネキン人形……」と口走った。


「マネキンだと?」


 俺は言葉を失い、その場に立ち尽くした。やがてどこからともなくパトカーのサイレンが聞こえ始めた。


 ――さっきの機械といい、コンラッドといい、この街にいったい何が起こっているんだ?


 俺はふらつく脚でキャサリンの元に戻ると、パトカーとすれ違うようにその場を離れた。


             〈第四十九回に続く〉

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