第14話 君が眠りに着く前に
「当たれ!」
俺が引鉄を引くと姑娘の身体から一瞬、紫の火花が散った。次の瞬間、ドローンの一機がまばゆい光と爆炎を放ち、四散した。
「すげえ!おじさんやるじゃん」
「飛んでる奴は撃つ前に一瞬、全ての動作が止まる。こっちにとっちゃむしろ好都合さ」
うろたえたように隊列を組み直すドローンを視野に収めながら、俺は姑娘がエネルギー弾のチャージを終えるのを待った。やがて残った二機が代わる代わるこちらに狙いをつけるのが見え、俺は銃身を下げてタイミングを図った。と、次の瞬間、鋭い音がして銃弾が車体を掠めた。
「なんだっ、新手か?」
俺はそのまま姿勢を低くすると、往来に目をやった。すると後方を走るトラックの陰からカーボンブラックのバイクが姿を現した。
「畜生、やりづらくなりやがった」
俺が小さく舌打ちすると、左手に何かが巻きついて銃身を上げさせた。姑娘の尻尾だ。
「撃てってことね。了解」
俺はこちらに機銃を向けている敵機に向けて、引鉄を引いた。次の瞬間、残った二機が爆炎と共に夜空に砕け散った。
「なんだ?一発で鳥が二羽も墜ちちまった」
俺が背後を振り返ると、ジーナが両手で得意気にポーズを決めているのが見えた。
「どうだいおっさん、あたしの電磁スリングショットは。いい腕だろう?」
俺に向けてつき出されたジーナの右手には、青い火花を散らすYの字型の武器があった。
「ようし、残るはあのバイクだけだ」
俺は再び身を低くすると、蛇行しながら付けてくる黒い影に視線を固定した。バイクを運転している人物はどうやら片手にショットガンのような物を携えているらしい。
「運転しながら狙い撃ちしようってのか。舐められたもんだぜ」
俺がエネルギー弾のリロード状態を見ようと目線を下げた、その時だった。
「ふにゃあ」
姑娘の弱々しい泣き声と共に、ゲージが見る見る下がってゆくのが見えた。
「もうだめ、ボス。エネルギー切れみたい」
俺は思わず天を仰いだ。くそっ、こんなことなら戸棚からミルクを持ってくるんだった。
思わず己の運の無さを嘆くと、後方の敵がショットガンをこちらに向けるのが見えた。
――しまった、あのバイクもAPか。どうりでジグザグ運転しながら発砲できるわけだ。
俺が頭を引っ込めた瞬間、リアウィンドウが衝撃と共に砕け散った。
俺は仔猫に戻った相棒をシートに降ろすと、運転席に向かって「ガフ、何か武器はあるか?」と尋ねた。
「うん、あるよ。……ちょっと待って」
ガフがそう応じた途端、トランクの蓋が勢いよく開いて中から照準器付きの砲台が姿を現した。
「すごいじゃないか、ガフ。これならショットガンにも負けないぜ」
「でもね、それ弾を一発づつ込めないと駄目なんだ」
「えっ、そりゃあ難儀だな。……で、弾はどこにあるんだい」
俺が尋ねると後部シートの座面が開き、中に収められているグレネード弾が見えた。
「それ、使っていいよ。四発しかないからうまく当ててね」
俺はガフに礼を述べると砲台に近づき、弾を込めた。よし勝負だ、そう思って照準器を覗きこんだ次の瞬間、破裂音と共に車体が大きく傾いだ。
「うわっ、なっ……なんだっ」
「やばい、タイヤをやられちゃったよおじさん」
「何っ」
気が付くとジーナの言葉どおり、ガフの車体は右側が道路すれすれまで沈み込んでいた。
「たのむガフ、もう少しだけ持ちこたえてくれ」
「そうしたいんだけど……なんだか頭がぼんやりしてきちゃったよ」
「どういうことだ、ガフ」
俺は後部シートにしがみつくような格好のまま、運転席に向かって問いを放った。
「パンクのショックかな。時々こういう事があるんだ、ガフは。あたしが運転するよ」
ジーナがそう言ってハンドルに飛びついた、その時だった。
「ボス、あたしをガフと接続して」
助手席の上でそう言ったのは姑娘だった。
「あたしの思考ケーブルをガフのコネクタと接続すれば、ガフの身体を動かせるはずよ」
「そうか。……ジーナ、すまないが子猫ちゃんのお尻についてる蓋を開けてみてくれ。ケーブルが入っているはずだ。そいつを引っ張りだしてガフのコネクタと接続して見てくれ」
俺が早口で命じると、ジーナは「わかった、やってみる」と言って姑娘を抱きあげた。
ジーナが作業をしている間、俺は砲台にしがみついてバイクを照準に収めようと試みた。
「まだかジーナ。……撃ってくるぞ!」
俺がそう警告した瞬間、再び破裂音がして車体が路面と接触した。
「うわっ」
火花を散らしながら走行する車の上で、俺はなんとかしてバイクを視野に収めようと必死になった。
「ボス、繋がったわ!こうなったらこっちものものよ」
姑娘の声が聞こえたかと思うと、突然、急ブレーキがかかり車体が前のめりになった。
「今よ、ボス!」
俺は急ハンドルを切られてバランスを崩した敵に、斜め上から狙いをつけた。
「あばよストーカー」
俺が引鉄を引くと放たれた銃弾がバイクを直撃し、破壊されたバイクと共に吹っ飛んだ運転者が遥か遠くの街路樹に激突するのが見えた。
「ようし、片付いたぜ。……ガフ、姑娘、お手柄だ」
煙を上げながら止まった車体の上で俺が勝どきを上げた、その時だった。
どこからともなく、不気味なとどろきが地面を伝わって響いてきた。
――いったいなんだ?まだ諦めてないってのか?
いきなり前後から現れた無数の黒い影に、俺は事態がまだ収束していないことを悟った。
〈第十五回に続く〉
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