第17話 伝承の犠牲者たち(3)

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夜になるにつれて、フランとアキームの機嫌が目に見えて悪くなる。



「あの方は一体どこをほっつき歩いているんでしょうね。」



そうつぶやくなり、フランの腰から抜かれた細剣は枯草で作られた人形の兵士を八つ裂きにしていた。

ゴトリゴトリと、嫌な音を立てて藁人形は地面へと転がっていく。



「帰ってきたら八つ裂きにしてやりましょう。」



にっこりと足元に転がってきた人形を真上から突き刺しながらフランは笑う。

同じく、すでに八つ裂きにされてしまった哀れな人形を細長い槍で突き刺し、天に掲げたアキームがその隣に立っていた。


「さらし首にしてやる。」



その姿はまさに鬼神。民が自国の英雄とたたえ、敬服する軍人の姿としては納得できる威圧感が漂っている。



「いいえ。闇に紛れ、事故として処理をしましょう。」



恐ろしいことを笑顔で言い放ったフランに、風がサーっと冷たい空気を流していった。

日も暮れ、夜のとばりがおり始めた城の門前。

松明のかがり火に照らされた二人の顔は、悪魔でさえ悲鳴をあげて逃げ出したくなるほどの笑顔を携えていた。



「もう、フランとアキームったら。」



ラゼットは窓越しに見える小さな男たちを見つめて溜息をつく。



「リゲイド様の帰りが少し遅いからって心配しすぎじゃないかしら。」



女中たちに身の回りの世話を頼んだかと思ったら、フランはアキームを連れてそそくさとどこかへ出かけて行った。一体こそこそと、二人して何をしに、どこへ行くつもりだろうかとラゼットは支度が済むなり二人の姿を探していたが、廊下の窓から見えた彼らの様子に合点がいった。



「まったく、もう。」



寝具に身を包み、腰に手を当ててラゼットは二人を迎えに行こうと歩き出す。

そして気づいた。



「あ、リゲイド様っ。」



上から見下ろしてみれば一発でわかる位置に、じっと気配を殺して隠れている姿が目に映る。まだフランとアキームは気づいていないようだが、真正面からぶつかると少々面倒くさい展開になるだろうということは、さすがのラゼットも理解していた。

だからこそ、ラゼットはこそこそと隠れるようにして城の抜け穴を小走りで進む。



「リゲイド様、リゲイド様。」



ラゼットは門番を恐れてなかなか城の中へ入れないリゲイドに、小さな声でそっとその名前を呼んだ。

初めは空耳かと無視していたリゲイドも、声の出所が門外から聞こえてくることに気づいてそっと視線を走らせる。



「おまっ!?」


「しっ。」



城に複数存在する抜け穴の一つを使って門のすぐそばの隙間から顔をのぞかせたラゼットに、リゲイドの声が慌ててふさがれる。ふさいだのはラゼットではなくリゲイド自身だったかが、幸いにもフランとアキームにその声は届いていないようだった。



「こっちです、こっち。」



リゲイドはしばらく逡巡した後で、手招きするラゼットの道をとることを決めたらしい。



「お前、なんでこんな道知ってんだよ?」


「小さいころに遊んでいました。」



薄暗く細い道の先導をきるラゼットに続きながら、リゲイドはどこかバツが悪そうについてくる。

さすがに遅くなりすぎたと思っているのか、フランとアキームの予想外の行動に呆れているのかはわからないが、どこか落ち着かないリゲイドの様子にラゼットはたまらずクスリと笑い声をこぼした。



「町は楽しかったですか?」


「え?」


「オルギスの町はみな、心優しく温かでしたでしょ?」



寝室へと一番近い裏口から、周囲を探って人気のないことを確認するとラゼットはリゲイドを振り返ってそっと微笑む。

その微笑みに一瞬たじろぎながらも、リゲイドはなんてことのない表情で、ふんっと小さく鼻を鳴らした。



「それは少しいいように解釈しすぎだろ。」



全員心優しいかと聞かれれば、そうは思えないことも経験したのだから無理もない。



「まあ、でも。予想以上に平和そうにしていたな。」



リゲイドはラゼットの隣に並んで歩きながら、言葉少なにそう返答する。そして、同じ歩みでついてこないラゼットに気づいて、「ん?」と疑わし気に立ち止まった。



「平和そうでしたか。」



窓の外を見上げるように小さくこぼしたラゼットのつぶやきが妙にリゲイドの心に引っ掛かる。

それが一体、何を意味するのかを問う前に、リゲイドは窓の外の門前から例の二人組が消えていることに気が付いた。



「ラゼット。」


「え、なっ、キャッ!?」


「逃げるぞ。」



言うが早いか、ラゼットの体は突然リゲイドの腕に抱きすくめられ、明かりの少ない城の廊下をひた走る。

振り落とされないようにリゲイドの体にしがみついてみたが、軽々と抱いて走る夫の顔を見ることが出来ずに、ラゼットは小さくうつむいていた。



「なんなんだよ。お前の腰巾着は。」



部屋につくなり、床におろされた足がまだ夢を見ているようだった。

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