レポート23:『その男、前生徒会長という優男』
「部長!?」
「
振り向いた黒木より先に反応し、驚愕を露にする富澤に「やあ」と軽く挨拶をする。
氷室は意味深な笑みを浮かべており、自分も現れた存在に対し、じっと見つめていた。
「前生徒会長か……」
見た事のある顔にそっと呟く。
五市波高校における生徒で知らない者はいない。
色白の長身、黒髪のくせっ毛と黒縁の眼鏡、緑色のつぶらな瞳が特徴的で、優男として名高いイケメン――『
1年生の頃、よく壇上に上がっていた姿を目にしていたため、よく覚えている。
けれど、それだけで得る情報は精々、顔と名前だけだろう。
遠くから眺めるだけで、一生縁のないはずの先輩の性格まで把握しているのには訳がある。
『長重美香』が生徒会に入ってからの疑念。
五市波高校の生徒会は生徒会長の指名によって役員が決まり、また排除も可能としている。
特定の誰かと友好関係を築きながら、都合のいい組織を形成できる。
その結果、長重美香ただ一人が残され、昇級して今年、生徒会長に任命された。
そこから生まれた疑問の数々。
どうして長重でなければならなかったのか、どうして『長重美香』だけを残留させたのか。
聞けば、榊先輩はバスケ部の首相ということで、あるとき氷室を経由して調べてみれば、長重以外の生徒は仕事をすっぽかす連中であったために排除したとのこと。
至極当然な言い分に納得はしても、体のいい言い訳にしか聞こえなかった。
先輩にはまだ、隠している何かがあるのではないかと、そう思わずにはいられなかった。
そういう疑念が悶々と胸の内に蔓延っていた。
偶然か、必然か。
その相手が今、目の前にいる。
ここで巡り合わせてくれたものに少しばかりの感謝を覚える。
誰かの差し金であろうと、関わる機会を与えてくれたのだから。
「何でここに部長が……」
氷室の顔色を窺ってみれば、思いのほか平然としており、先輩の登場に驚きは少ないことにおかしく思う。
「……ん?」
ふと、榊の視線がこちらへと向いており、頬を緩ませる姿に小首を傾げる。
普通であれば見逃してしまうような出来事に漠然と、けれど確かな違和感が、この瞬間にはあった。
「校長に呼び出されてな……『今なら
その言葉を耳に、今度はこちらの頬が緩む。
誰の差し金かと思えば、自分のよく知る人物だった。
どうやら現状には、春乃瑠璃が一枚噛んでいるようで、気を引き締める。
彼女が絡んで、何もなかった試しがない。
策略家である彼女が関わっているのであれば、必ず何かを企んでいる。
それが何であれ、誰に対してのものかと言われた時、十中八九『
それがありがたいようで、彼女の要望もちゃっかり含まれていたりするのだから、抜け目ない女である。
そんな彼女の思惑など知る由もなく、榊先輩は扱き使われており、肩を竦めていた。
「黒木、多田野、久保」
「……何だよ」
「この勝負、負ければ退部らしいな」
「なぜそれを……っ!?」
「そんなことはどうだっていい」
頭を掻き、榊先輩は呆れるように嘆息する。
その後、鋭い眼光が三人を捉える。
「この勝負、俺が承認する」
「はぁ!?」
「ふざけんな!」
「そうだそうだ! 第一、監督が認めるわけ……」
「お前らの日頃の態度」
「「「……っ」」」
榊先輩の一言に三人は息を詰まらせ、瞬時に口籠る。
どうやら思い当たる節があるようで、痛いところを突かれているのだと、見て取れる。
「授業中は居眠り。成績の悪さ。目に余ると他の教師から指摘を受けている。さらに監督は陰の後輩いびりにも気づいている」
「な……っ!?」
榊先輩は全てを見抜いている。
まるで、今日この時この瞬間を狙っていたかのように手際がいい。
それほどまでに淡々と事実を提示していた。
「いい機会だ。ここで勝てば、実力を認め、次の試合、レギュラーメンバーとして志願してやってもいい」
素行の悪さを見逃す代わりにチャンスを与える。
賭けどころか、良くも悪くも榊先輩にはメリットしかない。
それを黒木先輩はわかっているのか、目の色を変えていた。
「……言ったな。約束守れよ」
「ああ。ただし負ければ……」
言わずもがなと、先輩は口を噤む。
部長の威厳を垣間見た瞬間だった。
「さて……」
話は終わりのようで、榊先輩はこちらに朗らかな笑みを向けてくる。
それを合図にそれぞれが作戦通り、ポジションに移動していく。
自分もポジションに着こうとしたその時、榊先輩の口が僅かに動いているのが目に入った。
「見せてもらうよ、君の実力」
小声で何かを呟いたようなのだが、何を言っているかは聞き取れなかった。
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