レポート14:『猫、拾いました』
電車を降りて、駐輪場へと向かい、自転車を押す。
するとホームで長重が待っており、途中まで一緒に帰ることにする。
「……ん?」
ふと横道に何かが置いてあることに気づく。
ただの段ボールかと思うも、気になり近づいてみる。
「……っ!」
その中身を覗くなり釘付けになる。
自然と、そこから離れられなくなる。
「真道?」
背後から長重の声が聞こえるも、振り返ることを拒んでしまう。
その目先のものを追うように長重も近寄ってくると「あ」と声を漏らし、満面の笑みを浮かべていた。
「可愛い~♪」
箱の中にいたのは小さな獣。
『ミー、ミー』と鳴き声を放ち、大きな瞳を潤ませている。
灰色と黒の縞模様で、掌サイズの身体。
生まれて間もない碧眼の子猫だった。
「―――」
ゆっくり、恐る恐る手を伸ばす。
猫の顔まで近づけて止める。
猫は大人しく座ったまま、匂いを嗅ぐと、チロチロと舐めてきていた。
「人懐っこいね」
子猫を撫でる長重と、甘えるように手へ顔を摺り寄せる子猫。
その光景にほのぼのしながら『捨て猫、か……』と複雑な心境になる。
「私の家、ペット
見たことはないが、長重が実家でウサギを飼っていることは知っている。
いつだったか、彼女が話していたから。
「……知ってる」
けれど今は、親元離れた一人暮らし。
訳ありの家庭という似た境遇で、それを知っているのは、全て自分に非があるから。
「え……?」
ただ呟いただけの言葉に聞き取れなかったのか、長重は首を傾げる。
「真道、飼えない?」
それも一瞬、彼女はすぐに子猫の心配に移る。
猫は好きだが、飼うとなれば話は別。
うちはマンションではあるが、ペットを禁止されているわけじゃない。
むしろセキュリティ万全で、防音対策も完備された、ちょっとお高めの3LDK。
問題なのは、命を預かるということは責任が伴い、飼うために保護者への相談と同意は免れようがない。
兎にも角にも、ひとりで決められるようなことではなかった。
「聞いてみる」
スマホを取り出し、LINEを開く。
友だち覧の『瑠璃』をタップし、メッセージを送る。
『猫、飼ってもいい?』
さすがにすぐには既読がつかない。
一応どんな猫か知らせた方がよいだろうと、長重が抱き抱えた子猫を撮影し、送信する。
「―――」
スマホをポケットに仕舞おうとする寸前、一人と一匹の存在に思い止まる。
「ふふ」
子猫と彼女が互いに嬉しそうに微笑み合っている。
そんな和む光景に自然とスマホのシャッターを切る。
さり気なく、子猫を手に微笑む長重の一枚も収め、ご満悦になる。
「……よし」
「オッケー取れたの?」
「んにゃ?」
その言葉に長重は「どうする気?」と、怪訝な表情を見せる。
もしかしなくとも、きっと瑠璃は反対する。
だから、子猫自身に問うてみる。
「お前、
人間の言葉なんて、生まれたての子猫にわかるはずもない。
ただ動物も人間と同様、少しの仕草で何を考えているのかはわかるらしい。
そのため、じっと子猫の反応を窺ってみる。
「わぁっ!?」
すると子猫は、長重の腕から飛び出して、こちらの首元へと跳んできていた。
狙っていたのか、頭からパーカーへと突っ込んで、服の中を動き回った末、胸元から顔を出した。
「満足そうな顔」
服の中が暖かいようで、子猫は眠そうに落ち着く。
まるで本当に、笑っているかのように見え、こちらも自然と、笑みが零れる。
「本当に大丈夫?」
「とりあえず、実力行使」
「心配だなぁ……」
肩を竦める長重をよそに子猫を撫でて『ミー』と鳴く姿に癒される。
帰路を歩きながら、長重の瞳がこちらを映し続けている。
それだけで、本気で心配なのだと伝わってくる。
「俺は、勝ち目のない勝負は挑まない主義なんだ」
「勝算があるってこと?」
「まぁ、な」
反対されるかもしれない。
下手をすれば、家から追い出される可能性だってある。
でもそれは、昔の話。
瑠璃なら、話せばきっとわかってくれる。
そんな根拠もない自信がある。
「ダメだった時は?」
「氷室に押し付ける」
「そこは人任せなんだ……」
けれどやっぱり、確信は持てず、どうにかなるさと、呑気なことを考えてしまう。
考えすぎても仕方がない。
今はそれを考えることしか、できないのだから。
「それじゃ、私ここだから」
「ああ」
交差点で長重と別れ、離れていく背中を遠めに眺める。
その行き先にあるマンション。
駅から歩いて15分ほどの位置。
ここからなら自転車で、5分ほどで家に着く。
子猫が胸元から落ちないように注意しながら、自転車を漕ぐ。
時々視線を子猫へとやれば、お風呂に浸かる人のように笑っていた。
「お前はおっさんか」
そんな子猫に思わず笑って、あっという間に自宅へとたどり着く。
9階建てのマンション、その駐輪場に自転車を停める。
「大人しくしてろよ」
胸元の子猫を腹部まで移動させ、パーカーのポケットに手を突っ込む。
そのままマンションの玄関へと向かい、警備員に会釈して通り過ぎる。
これで猫の存在はポケットに手を突っ込んだ膨らみで誤魔化せる。
まぁ、ペット禁止ではないため、特に隠す必要もないのだが。
「―――」
広いエントランスの端にあるエレベーターに乗り、7階まで昇る。
下りた先には、4部屋ずつ区分された正方形の廊下が広がっている。
セキュリティは万全で、防音設備や耐災害性のある設計のため、家賃は少し高い。
だからこそ、ひと気は少なく、住民の数さえ全体の3分の1も満たしてはいない。
707号室の部屋の前に立ち、鍵を開ける。
ゆっくり戸を開けて覗いてみるも、ひと気などなく。
瑠璃はまだ、帰ってきていないようだった。
「さて、どうするか……」
頭を掻いて、瑠璃が帰るまで何をするか考える。
すると子猫は胸元から飛び出して、家の中を散歩していく。
「ふむ」
辺りを見回しながら歩く当たり、視察といったところだろう。
ここがどういう家で、どんな家具の配置で、その中のどこに自分の縄張りをつくるか選り好みしている。
これが猫という生き物の習性なのかもしれない。
「そこがお前の特等席か」
ベランダへと繋がるリビングの窓辺。
日当たりが良く、心地のいい場所。
どうやらそこが気に入ったようで、景色を眺めるように尻尾を揺らして座っている。
「餌は、フード? いや、猫缶? ミルク……」
飼ったことのないペットに絶えず湧き出る疑問の数々。
実家で小4の頃に夏祭りですくった金魚(30センチ近く)を飼ってはいたが、猫と触れ合う機会など、近所で見かける程度のもの。
「動物病院、ペットショップ、あたりか……」
野良だった場合、何かの病気を抱えていることがある。
一回検査を受けて、その時に詳しい情報を仕入れようと思う。
「とりあえず、風呂入るか」
洗濯物を取り込み、お湯を張る。
子猫を抱え、風呂場へと向かい、子猫の身体を洗う。
不思議なことに子猫は水を嫌がらず、気持ちよさそうに身を委ねていた。
湯船に浸かれば、器用に犬掻きをしている。
猫なのに……。
「お前、スゲーな……っておおぉいっ!?」
感心した直後、子猫が徐々に沈没していき、慌てて救い上げ、安否を確かめる。
すると呑気に『ミー』と鳴き声を上げ、一安心する。
風呂から上がり、子猫の身体を拭く。
フサフサだった毛がボリュームを失っている。
拭き終わると子猫はすぐさま走り出し、リビングにある扇風機のスイッチを入れる。
「ニャー」
唖然と、猫らしい鳴き声を耳に風を浴びる子猫を凝視する。
『賢すぎる……っ!』と驚けば、毛並みが元に戻った子猫が胸元へと飛び込んでくる。
「おっと」
『ミー』と笑むように鳴いて、甘えるようにじゃれてくる。
自然と頬が綻び、ふとお腹に手を当てる。
「腹減った……コンビニ行くか……」
すると子猫が頭上に乗って『ミー』と鳴く。
「お前も来るか?」
「ミー」
まるで、自分もついてくると言わんばかりに元気のいい一声だった。
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