七章 5
「お……大きな手で、たたきつぶされたみたいに…………はじけた」
うッと男は口を押さえる。
「気をしっかり持て。ここからが大事だぞ。なぜ、そんな死にかたをするかつきとめなければ、また新たな死者が出る。おまえも、あんな死にかたをしたくはあるまい?」
男は何度も、うなずいた。
「では、思いだせ。ウォードに近ごろ、変わったことはなかったか?」
男は首をふる。
「べつに……いつもどおりだった。いや、なんか拾いものしたとかで、いつもより上機嫌だった。賭けのあいだも、バカについてて」
「ウワサでは占い師の呪いだそうだな。ウォードは占い師とかかわりがあったか?」
「そんな話、聞いたことない。そんな占い師がいたことだって、おれたちは最近になって知ったんだ。変死が続いてるって聞いてから……」
なんのかかわりもない人間が死んだ。
となると、占い師の呪いだという話はデタラメということになる。
しかし、ワレスのウワサが真実ではないが、まんざら根も葉もないことではないように、関連づけてウワサされる根拠があるはずだ。
「ウォードと一番、親しかったのは誰だ?」
うしろのほうでしゃがんでいる男を、全員がふりかえる。
ワレスが、その男に問いかけようとしたときだ。
階下から、あわただしく階段をかけあがってくる足音があった。やってきたのは、第五小隊の隊長ドルトだ。
ドルトは大勢派の六海州の男だ。
六海州はルーツ海をはさんで、ユイラの隣国だ。大半が漁業や海を使った貿易業で生計を立てている国だ。
男も女も長身で骨ばった、細く筋肉質な体型をしている。気が荒く、優秀な戦士が多い。肌の色はブラゴール人ほどではないが浅黒く、面ざしは長めだ。
ドルトはこれらの特徴をそなえた、典型的な六海州の男だ。
「死んだのは誰だ?」
開口一番に言ってから、ワレスがいるのに気づき、あからさまに不愉快げな顔をする。ワレスを嫌ってる男の一人なのだ。
「ふん。厄病神がいる」
このくらいの嫌味にはなれている。
ワレスは無視して、仕事を続けた。
「死んだのは第二分隊のウォード。どのように死んだかは、部屋をのぞいてみるがいい」
同じ小隊長でも、ドルトは砦に来て五、六年になる古株。
まだ半年あまりのワレスとでは格が違うのだが、あくまで対等の態度をとる。こういうところが嫌われる原因だろう。
あるいは、単純で一本気な六海州の男には、ワレスのように派手に外見を飾りたてる男は、それだけで好きになれないのかもしれない。
「おまえにつべこべ言われたくない。おれの部下のことだ。ほっといてもらおう」と、文句をつけてくる。
「夜間の塔内の監視はこっちの仕事だ。報告書を作成しなければならない。いやでも、つきあわせてもらうぞ」
報告書という言葉が、さらにドルトの神経をさかなでした。ドルトはユイラ語を書くことが苦手なのだ。そのせいで、中隊長の座をギデオンにゆずったとすら思っているらしい。
唇をゆがめ、ドルトは吐きすてた。
「ふん。盗人は仕事でさえ、人のものをとりたがる」
重いかたまりが、ワレスの胸に落ちてきた。それを飲みおろすことができない。
気がつくと、ワレスは手をふりあげていた。
「——いけません! ワレス隊長!」
ハシェドがけんめいにすがりついて、ワレスをとどめる。
ハシェドの
(……おまえの胸を貸してくれ。少しのあいだ)
だが、ワレスがしたのは、ハシェドの手をふりほどき、背を向けることだった。
「自制したのは利口だったな。ワレス小隊長。また地下に入りたくはあるまい」
声がして、ギデオンが階段をおりてくる。
「隊長どうしのケンカは、理由はどうあれ、厳重に処罰する。ドルト、おまえも言葉がすぎるぞ」
ドルトもギデオンには文句が言えない。おとなしく頭をさげる。
「文書はおれが書いておく。第二小隊は通常任務にもどれ」
ワレスは目礼した。
目の前をギデオンが通りすぎるのを待つ。
早くこの場を立ち去りたい。
もう何も見たくない。
いまいましいギデオンの顔も。
バカにしたようなドルトの目も。
つらそうなハシェドも。
「あとは頼む」
ハシェドに言うと、逃げるようにその場を去った。
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