二章 3
*
翌日。
その話は食堂に届いていた。
ワレスとハシェドの姿を見つけると、エミールが厨房と食堂をしきるカウンターを乗りこえてやってくる。
「ねえ、聞いた? 昨日の話の占い師。 殺されたんだって!」
「殺された?」
「うん。はい。今日の
ワレスたちの前に皿をならべて、小声でつけたす。
「パンにはさんでるチーズはサービスね。あんたには、キスもつけちゃう」
「そのサービスは今はいい」
「なんでさ。教えてやらないぞ。殺された占い師のこと、知りたいよね?」
それは聞きたいので妥協する。
「わかった。早くすませろ」
それでなくても、ワレスの容姿は目立つ。エミールが盛大な音をたててキスするので、まわりの兵士たちが、みんな、こっちを見ていた。
食堂の給仕なんて、ほんとに皿に盛りつけるだけの係だ。卓まで運んでくれることさえ通常はない。それが話つき、キスつきの、このようすが羨ましくてしかたないようだ。
エミールはそのまま、ワレスとハシェドのあいだにすわった。
ワレスは、ますます、そっけない態度をとる。
「今日はこのあと、森焼きに行くんだ。あまり時間がない。話は手早く手短に」
「もう。冷たいんだから。この人。これで、ベッドのなかであんなに優しくなけりゃ、とっくに愛想つかしてるんだけど」
ぶっと、ハシェドが飲みかけの水をむせる。
「あれっ。班長には刺激、強すぎた?」
いつものように、エミールがからかう。
ワレスも興味をひかれた。
知れば、嫉妬にかられることは承知の上で聞いてみる。
「そういえば、おまえはどうしてるんだ? 恋人の話も聞かないが」
「や、やめてくださいよ。隊長まで。おれのことなんて、どうだっていいじゃないですか。そんなことより、占い師でしょう?」
ワレスはガッカリした。
が、しかし、もしも、故郷で妻子が待ってるんです——などと言われようものなら、立ち直れそうにない。
「そうだな。占い師が殺されたって、どういうことだ?」と、話題をもどす。
「うん。それがさ。背中から、ブスリ、ひと突き。人間の仕業らしいんだよ」
これは砦の兵士にしては、めずらしい死にかただ。猛獣にやられたり、毒虫にやられたり、魔物に襲われて死ぬ者は多い。砦ではあたりまえの死にかただ。
しかし、人間の仕業となると、話は別だ。つまりは殺人事件ということになる。
「人にやられた? 怨恨か?」
「えん……って何さ?」
「恨まれて殺されたのか、と言ったんだ」
「じゃないの。たぶん。同じ隊のやつの話だと、占いが当たりすぎるから、あちこちで恨みを買ってたらしいって。仕事が終わって、部屋に帰るところをやられたんだって」
「では、夜か。昨夜のいつごろだ?」
「そこまでは知らないけど。だいたい、その話、聞いたの、おれじゃないし」
「誰が聞いた?」
「あっちにいる、カナリー」
エミールの示す視線のさきに、エミールより少し年下の少年がいる。ふくれっつらで食事を盛りながら、こっちをにらんでいる。
ワレスも顔くらいは見知っている少年だ。給仕のなかではとくに可愛い顔立ちをしているので、以前からなんとなく注目していた。それに気のせいでなければ、むこうもほかの兵士に対するより、ワレスには親切だったように思う。
「あいつさ。前からあんたのこと狙ってたみたい。だからさ。何かっていうと、おれのこといびるの。もちろん、ただでいびらせておかないよ。仕返ししてやるけどね。こんなふうに」
エミールはもう一度、ワレスの口にキスをした。
「やだ。スープの味がする」
大笑いしている。
少年どうしの争いに、まきこまれては面倒だ。
ワレスは無視して食べ続けた。皿がカラになると、立ちあがる。
「行くぞ。ハシェド」
「はい。ワレス隊長」
「あん。まだ、いいじゃないか」
「馬をえらびに行かなければ。また夕食にな」
「きっとだよ」
エミールが念を押すのは、知っているからだ。まだ傭兵だったとき、エミールも一度だけ、森焼き作業につれだされたことがある。
森焼きは砦の勤務のなかで、もっとも危険な仕事だ。
ましてや、中隊長が変わってからは、さらに命取りな作業を任されている。
ギデオンの意趣返しだ。
ワレスが彼をふり続けるので。
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