第92話 マトリョーシカ人形かて!!

「お疲れ様〜、テストはどうだった?」


 403号室の扉を開けたシルを迎え入れくれる温かい言葉。昨日の冷たい態度からは、信じられないほどの温もりを持つそれに、シルは涙腺が緩んでいくのを感じていた。


なぜ、ここまで感極まっているのか。自分自身のことながら、よく分からない。もしかしたら、心のどこかでマシュがこぼしたように、テストの点数のダメージを受けていたのかもしれない。


「ただいま。テストはまぁ・・・なんとか終わったよ」


 濁すような語尾の切り方。言い切りの悪いそれに、昨日までは見られなかったソファに腰を落としていたアンの綺麗な双眼がシルを捉える。空中で混じり合う視線に、シルは荷物を置くふりをして、顔を背けた。


あまり聞いて欲しくないからこそ、取ってしまった無意識下の動作。それがまた、彼女のセンサーに反応したのだろう。グイッと、ソファの皮に波を立てる音を響かせながら、アンはリラックスモードから体勢を変えた。それは、まさに虎と表現しても相違ないだろう。


 先程までの首だけを動かして見ていた姿勢から、シルにヘソを向け直す。そして。狙った獲物を逃さないように、言葉を重ねた。


「え? 随分歯切れが悪いけど、何かあったの?」


「いやいや・・・。普通にテストは終わったよ?」


「うん・・? 怪しい・・・。何か隠し事してるでしょ!」


 詰め寄るように、彼女はソファから腰を浮かす。そして、その足取りのまま、シルの方に歩み寄ってきた。質問を浴びせられることに身を構える一方で、シルはアンの腕に取り付けられた白い包帯に目を奪われる。禍々しいほどに、痛々しさを見せつけてくるそれに、いつの間にか息を飲み込んでいた。


「アン、その腕はどうしたんだ?」


「え、これ?」


 尋ねられると、アンはひょいといつもより数倍太くなった白い腕を動かして見せる。当人は平気だろうが、見ているシルの心境は焦りしか生まれない。


「午前中に戦った悪魔との時にね。ちょっと、折れちゃったみたいで。まだまだ修行が足りないわね・・ほんと。でも、博士に治療してもらったから、もう大分治っているけど」


「え、骨折がもうほとんど治ってるってどういう意味なんだ? 大体そういった怪我は何ヶ月単位で治療にあたるもんなんじゃないのか?」


「博士の能力が、治癒の方面に精通しているらしくて。あの人の手にかかったら、死んでない限り、回復できるみたいよ。だから、あの人に取ったら骨折もただの擦り傷と変わらなく見ているんじゃないのかな?」


 そうなんだ、とシルは声を漏らした。なるほど、アーミーナイトに身を置く者として、それは心強いの何者でもない。これから先、闇の一族の戦闘以外でも、怪我をする場面は大いにあるだろう。そんなとき、毎度長期間の離脱をしている暇はない。


「とまぁ、私の話はここら辺でいいんだけど・・・」


 アンは会話を一段落と言わんばかりに区切ると、突如スッと身を屈める。そして、シルがその意図に気付く前に、颯爽と行動に出た! 骨折をしていない方の手で、シルの鞄に手をかける。そして、狙いのものを見つけると、それを掴んで部屋の明かりの下に照らした。


「あ!! それは・・!!?」


「なるほど・・ね〜。これは、テンション下がるわよね〜」


 目の前でひらひらとアンの手によって、宙で踊らされる一枚の白い紙。赤く丸とバツが刻まれたそれは、どこから見てもバツの割合の方が多い。最初の方は、それを刻んだ者もやる気があったのだろう、丸とバツが丁寧に書かれており、サイズも均等だ。


だが、終盤にかかるとどうだ。もはや、マルの影も見ることができない。大量に刻まれるバツは、段々とマトリョーシカ人形のように大きくなっていた。


「100点満点で、この点数はないわよ? シル」


「すいません・・返してください・・・」


 シルは、背中を丸め、小さな声を出すことしかできなかった。この、自分のテスト用紙の前では。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る