聖地VS東の森
北門で戦闘が始まってほぼ同時刻、南、西、そして東でも戦闘が勃発しようとしていた。
「首を落とせぇ!!」
南壁ではカイル率いる二番隊が魔獣の群れと交戦状態にあった。
カイル達を襲っているのはアイドリアン、虎のような大きさと体躯であり非常に獰猛で起床が荒い。本来ならば飼い慣らす事など不可能なはずなのだが南門の前に現れた数百匹はいるであろうそれは明確に聖地へと侵入するという目的を遂行するかのように突き進もうとする。
「ったく!! どんだけいるんだよ…!!」
カイルは斧で自分に牙を向けるアイドリアンを即殺していくが、あまりにも数が多く幾ら殺してもキリがない。
『ガアァァァァァァァァ!!!』
一気に、十匹のアイドリアンがカイルに襲い掛かった。
「あぁもううぜぇ!!
風を纏った斧で地面まで抉る斬撃がカイルの周囲に発生、たちまちその射程内にいたアイドリアンは全て惨殺される。
「だがまぁ…過剰戦力を配置しといて正解だったぜ!! 聖地への入場門一つにつき一部隊が対応…、これなら何とか魔獣を一匹も侵入させずに済む…!!」
アイドリアンの返り血を浴びて全身が血まみれのカイルは顔を拭い、斧の柄を再度握り締める。
「おいてめぇらぁ!! 南の防衛線は絶対守り切るぞぉ!! 虫一匹ぃ、通すんじゃねぇぇぇぇ!!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』
カイルの鼓舞に呼応するように、各々の武器を振るうエルフ達は声を上げた。
「他は頼んだぜぇ…隊長共!!」
南門を背に、カイルは斧を構える。
「っしゃこいやぁ!! 魔獣共!!」
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同時刻:東壁
『グウゥゥゥゥゥゥゥ……!!!』
ガロノクロス、アドシュンプが計十体、森から姿を現した。
そして息を突く間もなく、それぞれ口から水の竜巻、風の竜巻が放たれた。
「防衛陣!!」
『ウォーターバリア!!』
『ウィンドバリア!!』
だが一人の男から放たれた言葉を合図に、水特性、風特性を持つエルフ達が一斉に魔法を防御系統の魔法を放ち、巨大なバリアを形成、魔獣の攻撃を見事に防いだ。
「今です!! 隊長!!」
合図を放った男は次いでそんな言葉を放つ。
「土魔法:
防人一番隊隊長、グレン・アルム。名実ともに聖地の中で最も強いエルフである。
強面で非常に鍛え抜かれた体が特徴的だ。
彼は前に出ると魔法を放ち、ガロノクロスの一体を拘束した。
蓮螺土は
土や石で出来た太い鎖のようなもの無数に巻き付き、対象の動きを封じるのだ。
「ふん!!」
一瞬、深く息を吐き出しながらグレンはガロノクロスの頭を自身の剣で一気に斬り落とした。
「流石隊長!!」
防御陣の指揮系統を取っていたエルフはグレンの流れるような手際の良さ、その技量に感嘆する。
「気を抜くな。後九体…まだ増えるかもしれない」
「はい!」
『ガアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!』
同じように攻撃を仕掛けようとする魔獣達、だが今度は魔法を放つものだけでなく、その身で防人へ突進してくる魔獣も現れた。
異なる二つの攻撃に対応しなければならない。
魔法を防がなくては東壁が壊される。だがそこだけに注力してはエルフに向かい突進してくる魔物に対処できない。非常に危機的な状況だった。
「突進してくる魔物は気にするな!! それは全て俺が殺す!! お前らは壁を守れ!!!」
『はい!!』
グレンの声に他の防人も声を上げて答える。
グレン以外の防人達は既に突進してくる魔物たちをシャットアウト、魔法を放とうとしている魔物にのみを見据える。
だが本来、自身達に向かってくる命の危機を前に冷静になる事は難しい。しかし彼らにはそれはいとも容易い事だった。
何故なら、彼らは信頼しているのだ。自分の隊長を、グレン・アルムの強さを…。
「
刹那、突進する魔獣の一匹であるアドシュンプの足元が揺れる。そして次の瞬間、その足元の地面が上昇した。
「はぁ!!」
グレンはその上昇した魔獣よりも更に飛躍する。そして剣を構え、振り下ろした。
「
剣の刀身に土が付与される。その付与された重量が、落下の重力と合わさり、グレンの斬撃に更なる殺傷力を与えるのだ。
『ガアアアアァァァァァァァァ!!!???』
胴体を両断されたアドシュンプは断末魔を上げながら落下する。そしてその落下先には
『グアアアアアアァァァァァ!!!!!』
防人達に向かう魔獣達がいた。
「何とかなったか…」
上から様子を見ながら、落下し続けるグレン。だが彼には一抹の不安と疑念があった。
何故だ…なぜ、東門に奴らの領主がいない…?
東の森側からが最も戦力の融通が利くはずだ。そして予想通り、奴らは巨大な魔獣を寄越した。間違いなくこれらは奴らの戦力最大の要。
だが…ここには領主どころか、兵士一人として来ていない…。
安全に攻め込むならば、最も戦力を分配している箇所から入るのが定石。それともなんだ、ここよりも戦力が分配されている所がある…もしくは裏をかきここ以外の場所から侵入しようと考えているのか…?
考えを巡らせるグレン。その時、森の方から木々が激しく揺れる音がした。
「っ…、あれは…」
木々が揺れ、激しく風が発生。その理由は森からあるものが飛び出したからだ。
「まずい…!! まさか、他にも…!?」
それを見たグレンは顔を歪めた。
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グレンがそれを補足する数分前、西壁ではベルンの護衛団、その分隊と四番隊が対峙する。
そして北壁の一団と同じように、護衛団は全員が騎乗していた。
北壁の護衛団を指揮しているのはバンジョー、そしてこの西壁に現れた護衛団の指揮を執っているは
「四番隊か…防人の中でも最も序列の低い隊だったな」
護衛団の頭目、ベルン・ヌーイ本人だ。
「うぅ…まさか僕の担当場所に来るなんてぇ…」
四番隊隊長、アリュー。家名は無い。腰には十本にも及ぶナイフを携えている。
そしてもう一つ特徴的なのはその性格だ。彼はとても臆病であり今現在も緊張と恐怖で体が震えているのである。
「ふん、あまりにも報告通りだな。アリュー。四番隊と言えど、防人の部隊の一つ、その隊長を任されているエルフとは思えん」
「怖い…怖いなぁ……何であんな風に威圧的に喋るのぉ…」
王族後継者に相応しいベルンの圧にアリューは更に体をびくつかせた。
「アリュー隊長しっかりして下さい!」
「そ、そうは言ってもさぁ…」
部下の一人にまで言われるアリュー。
「あなたはこの部隊の隊長です! あなたがそれでは示しがつきません!!」
「わ、分かってるよぉ…。み、皆ぁ陣形しっかりねー…」
アリューは自信なさげな声で、後ろに控えている騎馬隊を見る。
「ハハハハハ!! あんな奴が隊長とは笑えるなぁ!!」
護衛団の兵士の一人がアリューのあまりの気弱さに笑う。同調するように周りの兵士も笑いを漏らした。
「気を抜くな!!」
『っ!?』
笑い出した者は前方にいた。だが漏れた笑い声が伝播し後方にいるベルンにまで届く。
それを聞いた彼女は声を張り上げ、笑った者を叱咤する。
「構えろ!! 来るぞ!!」
叱咤の次に放った言葉は、戦闘の合図だった。
「行くよぉ…」
『おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』
弱弱しいアリューの声とは対照的に、彼の部下は互いを鼓舞するように声を上げる。そして四番隊の騎馬隊は一斉に、護衛団に向かって駆け出した。
そして迎えるように護衛団も前列にいる騎馬隊から走り出す。
魔法が放たれ、あちらこちらで馬の鳴き声と剣戟の音が響き渡る。
怖い怖い怖い怖い怖い…失敗したらどうしようどうしよう…。
苛烈な戦場が形成されていく中、その場でアリューは立ちすくむ。
あぁ…駄目だ駄目だ駄目だ。またこうやって、自分を咎める咎めようとする…。これじゃあ駄目だ。
アリューには自信が無かった。自分が任を遂行する自信、自分に圧し掛かる責務をこなす自身が。
ほしい、ほしい…ほしいよ。ならぁ…やらなきゃ駄目だよね……。
体を前に倒し、足の筋肉でその体制を維持するアリュー。次の瞬間、彼は言った。
「
ドン!!と激しく地面を蹴り上げる音がしたかと思えばアリューは風を切り戦場を駆け出した。
まるで吹き抜ける突風、その戦場にいる誰もが彼の正確な姿を補足する事は困難であった。
「うあぁぁぁぁぁ!!!」
護衛団の一人を速力によって溜めたエネルギーで叩き落とし、腰のナイフで喉を一裂き。あまりにも突然すぎる仲間の死に周囲の護衛団も目を丸くする。
「き、貴様ぁ!!」
馬に乗った五人の護衛団は一斉にアリューに襲い掛かった。
自信が欲しい自信がほしい…!!もっと、もっと、もっともっとぉ!!
腰から五本のナイフを取り出したアリューはそれらを別々の馬に投げつける。投擲されたナイフは見事に馬の喉に突き刺さった。
「な、何!?」
落馬によって横転する護衛兵たち、そして次の瞬間…瞬く間に流麗なる殺戮が繰り広げられた。
「もっと、もっとやらないとぉ…自信がぁ…」
馬からナイフを抜き取りながらブツブツと呟くアリュー。次に彼が見据えたのは数十メートル先にいるベルンを囲む一団だった。
「護衛団の頭を殺れば、自信がつく…俺の存在価値が認められる…。欲しい、自信が。足りなぁい自信がぁ!!」
再び、アリューは疾風輪舞で加速。一目散にベルンの元へと、一輪の風が空を切る。
「うあああああぁぁぁぁぁ!!!」
「やはり、調査通りだな」
アリュー、性格は気弱で過度な緊張持ちだが常に自信を欲しがっている。
卓越した戦闘技術を持っているが、その性格からあまりそれを生かせていない。
しかしここ一番、重要な任務や命を懸けたやり取りにおいて爆発的な力を発揮する。恐らく、四番隊隊長と言う肩書も奴を常に追い込み、自信を欲させるのに拍車を掛けるためのものだろう。
「全く、厄介な」
忌々しい顔で、向かい来る風をベルンは見る。
「ベルン様は我々が護る!!」
ベルンを囲む十数名の兵士、護衛団の中でも最も手練れな者達がアリューの前に立ちはだかる。
数、多い…。全員殺す…のは、無理。先に俺が死ぬ…。ならぁ…!!
「ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
正に吹き抜ける風、十数名の護衛団をアリューは突風が吹き抜けるが如く避けて、掻い潜った。
先に頭を潰せばぁ、指揮系統は乱れる…! それどころか、この戦争を終わらせられる…!! そしたら俺は讃えられる…自信がぁつくぅ!!
アリューの眼はまるで獲物を狩る野獣の眼光であった。
「……」
ベルンに対し繰り出されるナイフ、彼女はそれを避けようともせずただ圧のある眼光で見つめ返すだけだった。
殺ったぁ!!
殺しを確信したアリュー、しかしそれは耳に響く金属音で崩れ去る。
「危なかったねー。私が来なかったらどうするつもりだったの?」
「ふん、地獄からお前を呪っていたさ」
「それは怖いねー。けど、楽しそう!」
「あ、あれぇ…?」
金属音はアリューのナイフ、そしてテノラのナイフがぶつかり合った音であった。
殺人の未遂に、突然現れた美少女にアリューは混乱する。
「君強いねー! 才能あるよ!!」
「え、あれ? 俺、失敗した…?」
アリューの腕が震える。ナイフが軋み合う音が残滓のように耳に残る。
「準備は出来たか?」
「うん! 東、南、西の飛行部隊準備完了だよー」
「よし、作戦は第二段階だ。やれ、テノラ」
「はーい。皆ぁー!行けぇ!!」
その言葉に遠くの森がざわめき立つ。
「な、何ぃ…?」
不安がるようにアリューが周囲を見渡す。だが、彼の位置からでは何一つ観測が不可能であった。
「隊長!!」
しかし西門の見張り台にいる防人達からは何が起きているのかを、明確に捉える事が出来た。
「ど、どうしたの!!」
「北と南、そして東からエルフを乗せた謎の飛行物体が…それも大量に!!」
「……では、私達も行くとしよう」
「りょーっかい……うぉえぇ!!」
テノラは大きく口を開ける。そして汚い嗚咽音と共に飛行型魔獣、リュドルガを二体吐き出した。
「な、何これ…」
「えっへへへ。ざーんねん。これが目的だったんだぁー……後、油断してるよ。君」
「がはぁ……!?」
突然のテノラの蹴り、それはアリューの腹部に最悪の形で当たった。吹っ飛ばされたアリューは腹を押さえながらその場で呻く。
「中々に良い余興だった。やはり聖地には面白い人材がいるな…私が王座に就いた時には、最高の待遇で貴様を迎えてやろう……まぁ、今そこで死ななければの話だがな」
そう言い残して、ベルンとテノラは別々のリュドルガに乗り軽々と西門を飛び越えて行った。
ゆ、弓部隊に…駄目だ。あの高さじゃ届かない…。
霞む視界の中、アリューは飛行する二体の魔獣を見詰める。
い、痛い…。骨が、やられたか…。これじゃあ…、身体強化を使っても、追いつけない……!!
自分で追うという選択肢を取ろうとするアリュー、しかしそれも先程テノラから食らった一撃による負傷で困難であった。
と、いうか…それよりもぉ…。
「貴様、ベルン様を殺そうなどと、良くもまぁそんな愚かな行為をしようとしたものだ」
「楽に死ねると思うなよ」
アリューは自分が先程ベルンを殺すために無視した十数名の護衛団に囲まれた。
駄目かぁ…やっぱり、俺は…駄目な奴だったぁ…やっぱり、俺が隊長なんてぇ……無理があったんだよぉ。
「死ねぇ!!!」
護衛団の一人が持つ槍が倒れているアリューに向かって放たれる。
その時だった。
「なっ!?」
「お前は……!!」
アリューに突き刺さる前に槍は突然介入したエルフによって真っ二つにへし折られた。
そしてエルフを見た護衛団たちは思わず目を丸くする。
「っトウ!」
そのエルフは地面に転がるアリューを抱えると跳躍し、その場から距離を取った。
「あ、あなたは……」
逆光でアリューからは姿が良く見えない。分かるのは特徴的な影のみだ。それを察したのか、エルフは彼の質問に答える。
「ハァイ! 私の名前はブランカ、よろしくデス!!」
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