天才になった私⁉ (旧題:私が変わった理由は?)

大月クマ

第1話 五月病?

『君はきっと気づかないだろうね』


 何だろう?


 最近、そんな言葉がわたしの頭の中に浮かんでくる。


 わたし、伊豆ジュンはごく普通の高校生だと思います。

 成績は中ぐらい。

 身長もクラスの中では真ん中あたり……背の高いすらっとしたバレー部の伴さんや、小柄で可愛らしい漫研の神谷さんと比べたら、悲しいぐらい平凡です。

 顔は……自信が無いです。

 男の子もわたしなんて気にしていないでしょう。

 二年生になっても、浮かれた話はないですし……。


 好きな人ですか?


 えっ、あっ……いないわけではないです……。

 そういうこと言うの恥ずかしいです。

 何ですか!? こんな質問しないでください!


『君はきっと気づかないだろうね』


 そう、わたしの頭の中にこのところ浮かんでいる不思議な言葉……。

 思い起こせば、2年のゴールデンウイークぐらいでしょうか。

 連休中、妙に気怠い感じがしていました。


 五月病?


 そういうものがあるとは聞いていましたが、わたしもそれになったのでしょうか……。

 とにかく、朝目覚めてからの気怠さといったら……。

 インフルエンザで寝込んだときぐらいかな?

 熱は無さそうです。


 その気怠さをお母さんにいったら、


「そう、だったら今日は休みなさい……」


 連休明け、お母さんはいつもだったら、学校に行かせるはずなのに珍しい。と、思った事は覚えています。

 結局、その日は一日中、ベットで横になっていました。


 次の日になって、わたしは少し調子が良くなりました。

 少し気怠さはありますが、熱も無いことですし、学校に行くことに決めました。


「――行ってきます」


 ***


 その日、学校に登校すると妙な感じでした。

 みんなが遠巻きにわたしを見ています。


 連休明けに、休んだからかな?


 いじめとか、特になかったはずなのに……急にどうしたのでしょうか?


『ピンポンパンポン……。

 ――2年B組、伊豆ジュン。職員室に来るように……』


 校内放送で呼び出されたのには驚きました。


 目立たないようにしていたつもりのわたしが……何かしたっていうのでしょうか?


 そんなこと初めてです。

 昨日から不思議なことが多いです。


「……失礼します」


 あまりいい印象のない職員室。大概は怒られることか、面倒な頼み事を頼まれるか……。

 扉を開けて入ると、担任を捜しました。


 いたッ!


 奥の方……日差しの当たる場所に、髪をポニーテールにしたわたしの担任が座っていました。

 先生になって、4、5年目で、まだ主担任はわたしのクラスが初めてと、言っていたのを覚えています。


「――伊豆、来ました……」


 声をかけると、担任はビクッと肩を持ち上げてヒドく驚きました。

 わたしを見ると目を丸くしています。

 そして、つま先から頭の天辺までゆっくりと正視しています。だけど、目を合わせてくれません。


 どうしてそんな見方をするのだろう?


「――だっ、大丈夫?」


 しかも、言葉を選んでいるような……もう少し気さくな女性だったと思うのですが……。


「すこし、怠い感じがしますが、大丈夫ですが何か?」

「そっ、そうならいいんだけど……。

 私もこういうのは初めてなモノで……なんといったらいいか……。

 ゴメンナサイ……」


 と、担任は涙目になっていました。

 わたしが休んでいたたった一日の間に、何かあったのでしょうか?


 とにかく、担任はそれ以降、「戻っていいわ」と言ったきり、黙り込んでしまいました。


 ホントに何があったのだろう。


『君はきっと気づかないだろうね』


 また、あの言葉が浮かんできました。

 わたしの知らないこと。

 たった一日のはずですが、わたしの周りで何かが変わったかもしれません。


 教室に戻ったらみんなに聞いてみよう。


 ***


 教室のドアに、手をかけたときでした。

 中から声が聞こえてきます。


「伊豆、見た?」

「変わらないよね。テレビでは見たことあるけど……」

「ジュンちゃん、かわいそう」

「――普段通り接しなさい、と言われているけど……」

「どう付き合ったらしいのかしら……」


 わたしは……開けられませんでした。

 まるでわたしが、別人になったかのようなことを言っている。

 みんなが話しているのは、わたしの事だけれど……何のことか理解できません。

 ここでわたしが現れたら、みんなどんな顔をするのか……想像すると怖くなってしまいます。


 ***


 結局、わたしは一時限目の始業ベルまで教室には入れませんでした。

 わたしが入ると、一瞬、教室が凍り付いたような気がしました。


 本当に理解できない。


 でも、ここでその疑問を周りにぶつけたら「変な奴」と思われて、ますます空気が悪くなる。その方がわたしは怖いので、黙っているしかありませんでした。


「では、この問題を……」


 一時限目は苦手な数学です。

 数学担当のがみんなを見渡しています。


 当てないで欲しい……と、思っていると、


「――では、伊豆。前に出て解いてみろ」


 最悪……。

 なんでわたしなのだろう。

 苦手だって言うことを解っているくせに……とにかく、わたしは黒板の前に立つしかないです。

 黒板には、黒縁メガネが書いた難解な公式と図形が並んでいます。


 解るはずが……あれ?


 チョークを取ると、わたしはなんだかその小難しい問題の解き方や回答が、すらすらと頭の中に浮かんできます。

 その浮かんだモノをそのまま黒板に書きました。と……。


「正解だ! さすが――だ」


 何か言ったような気がしました。だが、最後の言葉が聞き取れません。

 クラスのみんなを見ると「あっ、言っちゃった」と言うような顔をしていますが、何のことだか……。


「スマン。伊豆、席に戻るように……」


 いつも生徒を見下している黒縁メガネが、何故か謝りました。


 ***


 その後も、科学、国語、英語の授業がありました。

 そこでも、この前まで解らなかったことが、すらすらと妙に解ってしまいました。

 わたし、ホントにどうなってしまったのだろう。

 こんなに頭が冴えるなんて、どう考えてもおかしい……なにか、連休中にあったのでしょうか……。


 あれ?


 ふと思い出してみましたが……連休中、わたし何をしていたのだっけ?


 思い出せない……


 なんでだろう。

 たしか、家族で旅行に行く話をしていたはずなのに、行った記憶が……。


『キンコンカンコン! キンコンカンコン!』


 あっ、もうお昼か……。

 でも、なんだかお腹も空いていないし、妙に眠たいような……。

 少しだけ、眠ってから…… 


『キンコンカンコン! キンコンカンコン!』


 あれ? もう午後の時間?

 お昼ご飯を食べ損なった……あれ? 今日ってお弁当を持ってきたかな?


 もういいか、次の授業が始まるから……。


 ***


 その日以来、わたしの頭は冴えていました。解らなかった問題もすらすらと……。


 問題だけではないです。

 運動神経も飛躍的に上がりました。

 バレー部エースであったの伴さんのスパイクを受け止めたり、反対に彼女がわたしのを取れなかったり……。


 何かおかしい、とは思いつつもわたしは異変を楽しみました。


 クラスの人達も最初は遠巻きに見ていたのですが、少しずつ今までのように接してくれるようになったのです。


 そろそろ暑くなってきて、まもなく夏休みといった時でした。

 今まで出来なかったことが、すらすら出来るようなったわたしは、のぼせ上がっていたのかもしれません。


 わたしは……好きだった男子に告白しました。


 でも……彼の答えは……、


「気持ち悪い。止めてくれ。――に告白されるなんて」


 拒絶されました。

 そしてあの時、黒縁メガネが言い放ったときのように、一部の言葉が聞こえなかったのです。


『君はきっと気づかないだろうね』


 最近、聞こえなかった言葉が再びわたしの頭の中に現れました。


 何を気づかないというの?


 わたしには解らない……。

 それよりも彼に拒絶されたことがショックで……あれ?

 なんでだろう……泣きたいのに、目から涙がこぼれない。

 ショックなはずなのに……。


 わたしはひとり、とぼとぼと家に帰りました。


 ***


 何故、わたしは涙を流せなかったのか?

 自分が理解できなくなってきていました。


「――ただいま」


 家に帰っていると、何故か夕方なのに部屋の明かりが付いていませんでした。


「……お母さん?」


 ひとり薄暗いリビングのソファーに横になっているお母さんを見つけました。


 泣いていました。


 すすり泣く声が聞こえてきます。


「どうしたの?」


 わたしはお母さんに近づいて、手を取りました。が、突然、わたしの手を払いのけたのです。


「……お母さん?」

「もういいわ! 家族ごっこなんて終わりよ!!」


 お母さんは、そう叫びながらわたしを指さし、


「人形にジュンのフリをさせるのはお終いよ!」


 何のことだか解りませんでした。

 家族ごっこ? どういうこと?


「お父さんは? お父さんはどうしたの?」


 ふと、わたしはお父さんのことを思い出しました。でも、声を出してから、不思議なことをようやく気が付いたのです。


 あの日からお父さんを見ていないことを……。


「――あの人は今日……」

「――今日?」


 お母さんは流したモノをすすり上げ、涙を拭くと、


「――プログラム終了。停止コード――」

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